十余二(柏の葉)の変遷 / 高田原開拓碑と三井組

ちばらきチャンネル

十余二の中心部は柏の葉という地名に変わりました。地名が変わっただけでなく13ある小金牧の開拓(開墾)地の中で、おそらく一番数奇な変遷を繰り返したのが、十余二(とよふた)だと思います。ま、自分が中学生の頃からここの変遷をこの目で見てきているので、そう感じているだけかも知れませんが。書くべき記事が滞っているので、簡単に書こうとしたら・・・結構な長文になってしまいました(^^;)

※TX柏の葉キャンパス駅&ららぽーと柏の葉は、柏市若柴の住所になります。
 一番紛らわしいのは...
 住所:柏市柏の葉にあるのが⇒十余二小
 住所:柏市十余二にあるのが⇒柏の葉小

さて、若柴交差点から守谷街道沿い流山方面に進み、TXの陸橋をくぐると・・・

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以前コンビニ、現在サイクルベースあさひの脇に、ひっそり佇む厳島神社があります。そこに高田原開拓碑(=高田台牧開拓碑)があり、その碑に書かれている内容を少しわかりやすく書き直します。
この地はもともと高田台牧だった。
明治2年より入植して開拓したんだ。
その時、初期入植者は自作農(土地が自分のもの)になる筈だった。
なのに、約束と違い大隈や鍋嶋などの所有になって80年ほどになった。
そして、昭和22年から始まった農地改革によって、初志貫徹が実り
ようやく入植者の所有となった。
高田台牧に限らず小金牧の開拓は、明治新政府が窮民や職を失った旧幕臣を救済すべく、始めた事業でした。この事業は、三井組(現三井物産・三井不動産)が開墾社として取り仕切りました。

なんで三井なの?
三井は官軍(明治新政府)に戦費資金を貸していたから、それ返してもらわないとね。

開墾事業で、またお金かかるのでは?
最初は「開拓したら自分の土地になるよ♪」と言ったけど。
でも開拓したら「ここは、三井組の土地、あなたは小作人」
っていうか、地主は大隈様や鍋島様ですよ。
...と。三井組代理人で農民出身の現場監督官、市岡晋一郎。

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なんで大隈重信が出てくるの?
そりゃ大隈・鍋島は、新政府の肥前(佐賀県)だし、三井組としたら直接恨みを買うより、名義をそちらにしていた方が万事うまくいくでしょ?逆に三井組としたら、そういう密約を取り付けなければ、この事業に参画できなかったのかも知れませんが。結局、開墾した719町のうち714町を三井組が取るといった結果になりました。

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ざけんな!開拓民代表の石塚与兵エ(衛)は、約束違反だぁ!と法廷闘争しますが、なにせ訴訟相手は新政府重鎮の大隈重信。大隈は2度も総理大臣になりましたから、原告敗訴の連続で裁判やったって勝ってこない。

それから80年近くたち、日本が太平洋戦争に負けて進駐軍(GHQ)統治となり、財閥解体・農地改革が断行され、ようやく初期入植たちが開拓した土地を自分のものに出来た。めでたし、めでたし。

・・・で。終わるなら数奇な変遷とタイトルをつけません。
十余二開拓地はそれからも、数奇な変遷が続きました。




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一旦、時間を戻しますが・・・
昭和になってから、十余二に陸軍の飛行場(柏飛行場)が建設されます。
右端に読める「秋水」とは日本初のロケット戦闘機。

秋水と燃料庫

5機が作られましたが、実戦配備されることなく終戦を迎えました。
現在でもそのロケット燃料庫は残っています。

三井組の市岡晋一郎は教育熱心な一面もあり、開拓民や付近の子女のために学費免除の私立三井尋常小学校を十余二に開校させます。私立三井尋常小学校は、明治31年に村立十余二尋常小学校に引き継がれてましたが、その十余二尋常小学校も飛行場建設のために消滅します。

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  写真上 1947年(昭和22年)   写真下 1961年(昭和36年)

終戦後、柏飛行場(十余二)は食糧難と戦地引揚者救済のために再び入植者を受け入れます。下の写真には滑走路にそって人家が立ち、畑が整備されているように見受けられますが。現実は、1950年(昭和25年)から勃発した朝鮮戦争のため、米軍は再び柏飛行場の拡大接収をはじめ、結局ほとんどの開拓地は国に買収され、十余二開拓村は消滅します。

下写真の右に見えるゴルフ場は、1961年(昭和36年)に開場したばかりの三井不動産の柏ゴルフ倶楽部です。ゴルフ場のほとんどは、十余二でなく若柴になりますが、ここの地権者が元々三井不動産であったのか?開拓とは別に新たに買収をしたのか?そこらへんの経緯はよくわかりませんが、高田台牧=十余二が柏の葉として再生を果たすにあたり、三井が再び台頭してきます。


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  写真上 1984年(昭和59年)   写真下 2013年(平成25年)

さて、柏飛行場は1979年(昭和54年)に米軍から全面返還され、十余二は柏の葉として開発がはじまります。現在の道路が滑走路に沿っている事が見て取れる思います。

2013年(平成25年)の写真の下(南側)に整然とならんでいる、柏の葉1〜3丁目の住宅街は三井不動産による分譲です。また、右に見えていた柏ゴルフ倶楽部は2001年(平成13年)に閉鎖し、三井はここを潰して柏の葉キャンパス駅や、ららぽーと柏など造られ、柏の葉の開発は三井不動産が主導することになりました。

私が中学生(昭和46〜49年)の頃の柏飛行場は
ススキと葛が生い茂る荒れ地で、不法投棄のゴミが散乱するような場所でした。
所々に市岡晋一郎が推奨した桑の木が残り、そこにカラスが巣を作っていました。

格式ある柏ゴルフ倶楽部は、2度ほどプレーすることができました。
格式あるゴルフ場とは?
それは、運転手控え棟があるゴルフ場です。
やんごとなき方々は、我々庶民と違って自分で車を運転して、ゴルフ場に来ませんから(^^;)

柏ゴルフ倶楽部40年の歴史の中、政財界の重鎮がさぞかしここで様々な密約を交わしたんだろうなぁ、と思いに耽りながらプレーをした懐かしい思い出が...って、嘘です。
同伴プレー者に迷惑かけまいと、それだけしか頭にありませんでした(^^;)


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現在、飛行場の北側だった部分は東大キャンパスになっています。来月10月24日(金)・25日(土)は、開かれた大学として、恒例の東京大学柏キャンパス一般公開があります。

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来週9月28日は、IPMUカブリ数物連携宇宙研究機構主催の
一般講演会「物質の科学と素粒子物理の深い関係」
柏の葉カンファレンスセンター(三井ガーデンホテル2F)

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この写真の左側に再開された十余二小学校がありますが、その原点は私立三井尋常小学校を創設した三井組の市岡晋一郎。開拓民にとっては敵役となってしまった市岡ですが、教育熱心だった市岡はこのようなに変貌をとげた十余二をきっと草葉の陰で喜んでいるでしょう。

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冒頭の高田原開拓碑は、道傍にひっそり、ほとんど気づかれぬ存在の石碑ですが、朝鮮戦争中の昭和29年に建立されています。

明治初期からの十余二開拓の初期入植者としては、歯を食いしばって開拓した土地が80年経ってようやく、自分たちの手に入ったかと思いきや、戦後新たな入植者が入ってきましたから、旧開拓民と新入植者の間には十余二の土地に対する温度差もあったようです。開拓碑に初期入植者と刻んでありますが、ここ十余二を開拓したのは、我らである!と石塚与兵衛らの強い自負の念を感じます。


実は柏飛行場での不思議な体験を7年前に記事にしています⇒【こちら】
ここには、なにかしらフロンティア魂という量子が満ちている場だなぁ・・・と感じている私です。

出典:歴史的農業環境閲覧システム(独立行政法人農業環境技術研究所)
出典:地図・空中写真 (国土地理院)



2014年09月20日

posted by たすけ at 11:37 | Comment(2) | TrackBack(0) | ちばらきチャンネル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

十余一と十余二 / 街道で運ばれたもの

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十余一(とよいち)と十余二(とよふた) 9/14(日)に、柏市十余二から白井市十余一に向かいました。9/15(祝)は、迷走し予定外で十余一を通過することになりました(苦笑)

十余一(とよいち)と十余二(とよふた)は小金牧の開墾順で最後の方につけられた名称ですが、小金牧の開墾順については⇒【小金牧その後 / 明治〜平成】をご参照ください。

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地図の出典:歴史的農業環境閲覧システム(独立行政法人農業環境技術研究所)

地図は1880〜1886年(明治13〜19年)頃の様子ですが
白井市十余一(迅速図では十余市)は、木下街道が通過し、柏市の十余二は、守谷街道が通過しています。両方とも古い旧道なのですが、いまでも交通量の多い街道です。

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9/14(日)は、白井市郷土資料館にて「房総の街道」講演会を拝聴。
そうか!なるほど!と会得したのが
房総は江戸(東京)のエネルギー供給地であった...ってことでした。

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現代ではBBQくらいしか木炭や薪(=薪炭)を使いませんが...昭和30年代くらいまで、風呂焚きは、薪やコークスでした。私も子供時分、風呂焚きや煙突掃除を手伝っていました。
流石に台所のコンロはプロパンでしたが、つい50年くらい前まで、炊事・風呂焚きに薪炭は当たり前のエネルギーでした。

昭和40年代まで、江戸(都内)庶民は風呂付きの家はなく、銭湯通いが大多数。炭は江戸の庶民には高値だったらしいので、武家用が主だったらしいですが。それにしても、人口100万人が暮らす江戸の町に、どれだけ大量の薪炭(エネルギー)が必要だったか?

それを考えれば、守谷街道や木下街道に限らず
房総の街道で運ばれていた、もっともポピュラーな荷物は薪炭であろうと。なるほど・・・

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小金牧を開墾した筈なのに、なぜ松の植林が目立つのか?
後日、林業に詳しい方に話を伺ったら、油分の多い松は燃料としても適しているし、土に埋めても腐りずらいので基礎材には欠かせないのだそうです。そういや、松明って書くし、松ぼっくりもよく燃えますものね。

燃料が無ければ暮らしていけない、酒・味醂など醸造業でも燃料は不可欠、林業=エネルギー供給業という視点にあらためて気づかされました。

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さらに、講師の山本光正先生曰く
江戸の経済(商業)を支えていたのは百姓である。
では、土地を持たない小作人はどうやって銭を手にいれたか?

馬を飼い、荷役の下請けで、駄賃を稼いでいたのだ。
但し、手した駄賃は、飲む・打つ・買うで、結局還元される仕組みになっていた...と(^^;)

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さて、小金牧に野馬が放牧されていた江戸時代は、牧の仕事を手伝うことで馬を払い下げてもらう事ができましたが、牧が狭められ馬を得ることができなくなったら、どうやって駄賃を稼ぐのか?

馬が手に入らなくなったら、人力ですよ(^^;)

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木下街道は、印西市〜市川市を結ぶ街道で、中間点の鎌ヶ谷〜市川の区間。
明治末〜大正まで10年弱ですが東葛人車鉄道が通ってました。

講演では、東葛人車鉄道の話までは及びませんでしたが、なぜこの話題を最後に持ってきたか?
自転車仲間の方々には、もう察しがついていると思いますが・・・

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この講演会を私に教えて頂き
「白井の梨」の購入にお付き合い頂いた輪友が、この方だったからなっし〜!(笑)

2014年09月19日

posted by たすけ at 21:14 | Comment(2) | TrackBack(0) | ちばらきチャンネル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

旅がらす(烏)は実在する!

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質問:旅がらすの意味を教えて下さい。

回答:烏は留鳥ですから、ほかのカラスの縄張りにいつまでもいることが出来ません。
  したがって、お尋ね者のやくざや宿無しのことをそのように呼んだのでしょう。

...なんて、もっともらしい回答に思えますが・・・
留鳥ではないカラス旅がらす(渡り烏)は実在するんです!

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これが、渡り(旅)をするカラスのミヤマガラスとコクマルガラス
渡りをするカラスは、学術調査があまり進んでないようですが。

【利根運河の生態系を守る会の定例講座】によると・・・
朝鮮半島経由で九州〜中国四国〜紀伊と渡ってくるらしいです。

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...と、なれば。神武東征に出てくる八咫烏(やたがらす)も実在したのかもですねー。
この謎が、なんとなくわかっただけでも一人興奮していた私でしたf(^、^;

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しかも、留鳥であるハシブトガラスやハシボソガラスと、渡り鳥のミヤマガラスとコクルマガラスは、同じ森をねぐらとしているらしいです。餌場の縄張りは互いに荒らさず、留鳥カラスと渡りカラスはともに宿を同じにしている。やはり、安易にインターネットの回答を鵜呑みにせず、実際にフィールド観察している人の話を聞かないと、駄目ですねぇ(^^;)
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第30回運河塾 野田の自然と歴史再発見の会場

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私自身のポタリングの原点は、この地図の矢印近辺を散策するちばらきポタです。
...ってこのサイト、ずっと放置したままだったf(^、^;

たまに遠出するのも良いけど・・・
やっぱり私はこのちばらき地域(フィールド)の歴史&自然を探求し続けたいなぁf(^、^;

PS.インターネットの回答を鵜呑みにせず...
 これは自戒を込めて&鳥にかけて記述したのですが。
 本記事を書いた数時間後に、何故だか私の動画すべてに低評価が1つづつ加わりました。
 野鳥の行動はわからない事が多いのですが、人間の行動はなんとわかりやすこと(苦笑)

2014年08月24日

posted by たすけ at 16:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | ちばらきチャンネル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神々廻〜結縁寺〜草深(怖録)

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神々廻〜結縁寺〜草深(怖録)...読めますか?
神々廻⇒千葉県白井市神々廻(ししば)
結縁寺⇒千葉県印西市結縁寺(けちえんじ)
草深(怖録)⇒千葉県印西市草深(そうふけ)怖録(おそろく)


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日本一の梨汁ブシャー!美味しかったなっしー♪

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■千葉県梨の生産地ベスト10(平成18年統計)

ふなっしーで有名になった船橋市の梨ですが、千葉県は日本一の梨王国
その千葉県内一位の生産地は、千葉県白井市です⇒【千葉県PDF資料】

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春に梨の花を撮らせて頂いた白井市神々廻の梨園さんにお邪魔したのですが、最盛期ですからまさに戦場(^^;) 流石日本一の梨の生産地、しかもこだわり(成長ホルモン剤不使用etc)の梨なので、すでに収穫前から予約が殺到しており、この梨も予約注文で売り切れ状態です。

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梨の収穫と同時に出てきた鳥の巣。
こんな美味しい梨園で育ったなんて羨ましいなっしー♪
お裾分けした知人は、売切れた幸水を諦め、豊水から注文すると言っていました♪


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これが、印西市結縁寺にある結縁寺
【ツインレイク、ツインリバーと茅葺三昧ポタ】
【結縁寺ご開帳ポタ】
こーゆーポタリングが私の自転車生活の原点なのですが、いつでも来れると思っていながら...とうとう7年越しになってしまいました、しかも、車で(苦笑) 勿論、同乗の家内と娘は興味ナッシングですから、車から降りもしません(^^;)
嗚呼、やっぱり自転車仲間が出来て良かったなぁ・・・と思うばかりです(^^;)


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これが、印西市草深怖録にあるオソロク倶楽部⇒【オソロクっていいお店ですねー】
自転車仲間ワンチャンさんのブログ記事を頼りに場所を確認し(盆休みでしたが)...その先、総武カントリーのコースを横断して下がった先に広がる印旛の里山の道も確認。

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「スゲ〜!!絶対ここ走りに来よう!」...と興奮する私。
「なんで、こんな道に入って行くのよ!」...と立腹する家内と娘。

嗚呼、やっぱり自転車仲間と来るべきだなぁ・・・と思うばかりです(^^;)

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追伸:「9月に白井の梨ポタやりましょう!」
なんて自転車仲間に言っていたのですが、梨園さんの繁忙期にそんな物見遊山はかえって迷惑になると思いまして、大勢でのポタは中止の方向で考えていますm(_ _)m

2014年08月22日

posted by たすけ at 19:09 | Comment(4) | TrackBack(0) | ちばらきチャンネル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

勝浦式担々麺を食べにサイクリング

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■シニアの自転車生活

漠然ながらも子供時分から、年老いたら南紀か房州で、晴耕雨読の隠居生活を送りたいと思っていました。どちらにしても白浜or勝浦の、海と山のせめぎあう地。

結婚前に、そんな話を家内にしたのですが・・・
家内の理想郷はスーパーorコンビニが徒歩3分以内で、庭の手入れの不要な集合住宅。
つまりは、巨大な冷蔵が歩いて行ける範囲の住環境という事で・・・却下(T_T)
庭付きの家を持つ事は承諾してもらえましたが、隠居後の理想郷はあえなく露と消えました(苦笑)

そんな話を、自転車仲間のBさんに話したかどうかは忘れましたが・・・

「8月の夏休み、いつなら上総に行ける?」
「えっ?私が決めるんですか?Bさん決めてくださいよ。」

「ほれ、こんなプラン立てたよ。」
「えっ?これじゃ皆さんにはゆるゆる過ぎるんじゃないですか?」
「どっちにしても、私は小湊鉄道経由で現地集合で参加しますんで・・・」

「ほれ、じゃ、これなら、さらにゆるゆるでしょ?」
「えぇぇ!?これじゃ、走り屋さんは消化不良でしょ?」
「どっちにしても、私は一人、上総中野駅から向かいます。」

...って。8月15日は平日じゃん!
平日ダイヤでは、集合時間に間に合うためには「プラン通りの列車」に乗るしかありません。
『うぅ...ハメやがったな (--;) 』



・・・てな訳で、8月15日にBさんが企画された
【勝浦式担々麺を食べにサイクリング】に強制連行されました(笑)

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長閑な上総の里山を軽快に下り、元祖勝浦式担々麺「江ざわ」でラーメンを堪能♪
アップダウンも少なく、プランは完璧! 時間も余裕しゃくしゃく♪
いやぁ〜、楽しかったなっし〜♪(^-^)
ド貧脚の私でも、このルートなら【たすけリミッター】の汚名を返上できるかも?

・・・と思ったのですが、やはりスピードについて行けませんでした(T_T)

かなりゆっくり走ってもらったのですが
登坂で遅れ始め、常に待ってもらっている状態(恥)

漕ぐのに必死で、里山の風景もほとんど撮ることなく
あっという間に鵜原の海岸まで来てしまいましたf(^、^;

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鵜原理想郷⇒【勝浦市HP】
鵜原駅から徒歩約7分。リアス式海岸が続く明神岬一帯。
大正初期にここを別荘地とする計画があり、「理想郷」と呼ばれるようになった。
静かな入り江の彼方に青い海が広がり、散策するには格好の景勝地です。

やっぱり、勝浦はいいなぁと思いながら...って。脚がべらぼうに重い(T_T)
暫く一人休んでから、ハイキングコースの階段をゆっくり登りはじめたら
階段の上で、私を待っていてくれたBさん(感謝)

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この看板ところでGibsonさんの指す方向に、手弱女平(たおやめだいら)があるらしいのですが、我々が進んだのは毛戸岬(けどみさき)。ここで【足弱男平】と、自虐ネタを用意していたのですが(^^;)

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さて白鳳岬の石切場を見た後、下り降りて鵜原港(鵜原海岸)
この突端に、紀州〜銚子〜野田(流山)の醤油伝播の証しの小さな「大杉神社」があるらしいのですが、今回はとてもそこまで行く気力なしf(^、^;

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鵜原から海岸沿いに勝浦方向に自転車で向かった先にあったのが
尾名浦のめがね岩⇒【かつうら潮風散歩道】
一行、全員がこの風景に見惚れいます(^-^)

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鵜原駅前近くの、ファミリーレストラン 肉のこだまで本日の反省会でしたが、私はスマホからfacebookの投稿途中で寝落ちの失態^^; きっとまた、いんべやぁ(行くべよ)勝浦♪

企画して頂いたBさんには、感謝感激の梨汁ぶっしゃー♪
そして常に、私を待っていて頂いた、自転車仲間に感謝♪

やっぱり、一人より仲間と一緒の方がサイクリングは楽しいです♪
それに、いっぱい自分の写真も撮ってもらえるし♪

また、機会がありましたら、宜しくお願いします!...現地合流&離脱システムで(^^;

2014年08月19日

posted by たすけ at 21:03 | Comment(8) | TrackBack(0) | ちばらきチャンネル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日本の原風景の中を走るいすみ鉄道(ムーミン列車)

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千葉県の旧上総国(かずさのくに)は房総丘陵と呼ばれる標高300m程度の山が連なり、峠が無数にあります。その丘陵地帯と日本の原風景の中を縫うように走るローカル鉄道が3路線あります。今回はその中で、40年ぶりにムーミン列車を走らせている『いすみ鉄道』に乗車しました。

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いすみ鉄道は「千葉県+大多喜町+いすみ市」で、63.7%が株主となっている第三セクター方式の鉄道事業者。2009年から元ブリティッシュ・エアウェイズ旅客運航部長の鳥塚亮氏が代表取締役社長に就任しました。
ムーミン列車の車窓に広がる風景を見ていたら、まるで機関車トーマスが走っている箱庭風景とオーバーラップしました。もしかしたら、鳥塚社長も上総の田園風景に、英国の田園風景をオーバーラップさせているのかも?



タイトルを拙い英語にしていますが・・・
是非、海外の人にもこの千葉の風景を見て欲しいなぁ・・・

当日は天気も良く比較的良い条件で、いすみ鉄道の前面展望風景を撮る事ができました♪
動画を見て、お気づきでしょうか?
大多喜駅の先から、窓のゴミ(汚れ)が無くなっています。
きっと運転手さんが、拭いてくれたのでしょう。
こんな細やかな心遣いに、嬉しくなってしまう私です。

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これは昭和49年(1974年)に、中学校卒業の春休みに、房州1周の乗り鉄をした時の大原駅です。
当時はいすみ鉄道ではなく、国鉄木原線でした。(木更津ー大原の意味)


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これが40年後、2014年現在の、大原駅です。
昭和63年(1988年)3月に木原線が廃止され、いすみ鉄道となりました。

40年前・・・
当時はボックスシート(対面シート)で対面に、若い夫婦と赤ちゃんが座っていました。くずりはじめた赤ちゃんに若い母親が「ごめんなさいね」と言いながら授乳をはじめました。
私の記憶に残っているのは、若い母親の乳房ではなく「おい、真っ赤になってるじゃねーか」...と。耳まで赤くなった私の様子を笑いを堪えながら見ていた若い父親の顔の方です(^^;)


今ならねぇ・・・
「可愛いですねぇ。男の子ですか?女の子ですか?」
と会話する余裕もありますが、なにせまだ丸刈り頭の15歳の少年ですから、母親の方を見てはいけないと、必死にうつむくだけで、車窓の風景など見る余裕すらありませんでした(笑)

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ここが、いすみ鉄道本拠地の大多喜駅。
次回来る機会があったら、ここで途中下車して大多喜の街探をしたいと思います(^^)

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今回、勝浦式担々麺ツアーで下車した、終点ひとつ前「西畑」駅

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結局、ここから終点上総中野駅まで自転車で向かったので、この写真も撮れました(嬉)

小湊鉄道といすみ鉄道とJR久留里線

この路線図の関連記事は⇒【こちら】

■いすみ鉄道(旧木原線)・・(大原駅〜上総かずさ中野駅)
■小湊(こみなと)鉄道・・・・・(五井駅〜上総かづさ中野駅)
■JR久留里(くるり)線・・・・(木更津駅〜上総かずさ亀山駅)


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これは、いすみ鉄道と小湊鉄道が接続する、上総中野駅のホームから木更津(小湊鉄道)方面を撮った写真。次回は小湊鉄道の車窓に広がる里山風景を撮ってみたいと思います(^-^)

2014年08月18日

posted by たすけ at 20:12 | Comment(2) | TrackBack(0) | ちばらきチャンネル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いんべやぁ勝浦タンタンメン / 千葉の三大ラーメン制覇

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いんべやぁ勝浦タンタンメン 誰が言ったか知らないが、千葉県の三大ラーメンは
『アリランラーメン八平長南』、『竹岡式ラーメン梅乃家』、『勝浦坦々麺の江ざわ』だそうで・・・

すでに『アリランラーメン八平長南』『竹岡式ラーメン梅乃家』を制覇した、自転車仲間のBさんが千葉の三大ラーメンコンプリートを果たすべく企画された・・・
いんべやぁ勝浦タンタンメン(サイクリングツアー)に参戦させて頂きました♪

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いんべやぁ⇒行ってみよう⇒Let's Go! Katsuura!

ふなっしーと並んでいるのは、勝浦カッピーだっぺよ!


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勝浦...て。千葉県のこの辺

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勝浦のタンタンメンとは?
What's Katsuura-style dandan-men?
Usual dandan-men is served in sesame-flavored broth, whereas Katsuura-style dandan-men features soy-sauce-based broth.The roots of Katsuura-style dandan noodles date back to about 50 years ago.


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勝浦タンタンメン食べつくしマップ

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最初、江ざわに行く前に「はらだ」に寄ってみましたがお盆休み

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なので、当初の予定通り「江ざわ」に向かいました。

やたらとふなっしーが登場してますが...今までは、鮮明に写ってしまった人物画像をモザイク処理等フィルターかけて処理をしていたのを・・・

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意味もなく、ふなっしーを入れている場合の他...

鮮明にフレームインした通行人などをなっしーで隠す。
ふなっしーにピントを合わせて、人物の顔をぼやかす。
なっしーマスコットは、そんな風に使っています(^^;)

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行きに寄ろうか 帰りに寄ろか どうせ寄るなら 行き帰り
でお馴染みの??元祖『勝浦タンタンメン』江ざわの担々麺
上担々麺は、ひき肉のトッピングが多く入っているそうです。

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自転車仲間9人全員がオーダーしたのはチャーシュー担々麺
特別辛い訳でもなくて、スープも飲み干して完食です♪旨かった♪

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けど、一人、大辛をオーダーしたIWAさんは
流石にスープは飲み干せなかったようです^^;

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勝浦ツアーの締めくくりで、入店したのがファミリーレストラン肉屋のこだま
この店を教えてくれたのが、冒頭の鵜原駅前にある観光案内のおばちゃん♪

鵜原駅観光案内所のおばちゃん、ありがとなっしー♪
約束通り、カッピーくんを冒頭で紹介しといたよぉ(^-^)/

2014年08月17日

posted by たすけ at 11:31 | Comment(3) | TrackBack(0) | ちばらきチャンネル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

千葉県非公認ゆるキャラ「ウラケン」ブレイクなるか!?

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facebookにログインしたら...流山&利根運河のタイムランにいきなり飛び出て来た!

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えっ!?なに?ナニ?何??これ?

流山市のゆるキャラではありません・・・FBを見たら・・・

千葉県非公認ゆるキャラ「ウラケン」!

ウラケンFB⇒https://www.facebook.com/chiba.uraken

ウラケン01.jpg
千葉県民の裏の姿から生まれたゆるキャラ「ウラケン」。

真っ黒いカラダに赤いお鼻、お尻には千葉県のマーク入り!
腕についてるピーナッツは、ウラケンの先輩『Pさん』です。

千葉県出身を恥ずかしがりながらも、東京、神奈川にはヘコヘコ、埼玉、茨城には威嚇を欠かさないヒール犬。口は悪くて見た目も腹立たしいが、根っこにある千葉「愛」だけはどの千葉県民・千葉のキャラクターよりも熱い。

熱くなり過ぎて全国のキャラクター達にも噛み付くかもしれないので、お気をつけください。
言い過ぎた時は先輩のピーさん(落花生)が代わりに謝ります。ごめんピー!
ウラケン02.jpg

たしかに、ふてぶてしい(笑)

ウラケン03.jpg

あれ?でも可愛いじゃん?

ウラケン04.jpg

この、哀愁姿がたまらん!

・・・で。思わず、FBでウラケンに話しかけました!・・・

はじめまして!利根運河近くに住む、流山市民です。
ところで動画はyoutubeにはアップなさらいのですか?
FBにログインしないと見ることできない...って勿体ないです。

ウラケンさん紹介の記事を拙ブログに書かせて頂きたいのですが
FBから何枚か画像拝借しても宜しいでしょうか?
他の人物が写っている写真は使いませんので。
何卒宜しくお願いいたしますm(_ _)m


・・・で。5分後、早っ!(笑)

ウラケン05.jpg

素敵なご提案だっぺ!!今後YouTubeにUPしてみるっぺ!

ぜひブログでも紹介してほしいっぺ!
ひゃっほうU゚Д゚U ゴラァワン!!

お写真もお断り頂いたので使用してOKだっぺ!

ちなみにブログで紹介したらウラケンも読みたいので
メッセージなどで教えてもらえると嬉しいっぺ!

※褒めだけでなく
酷評さえも受け止める腹づもりは済んでるっぺよ!(震えながら)


(爆!)(爆!)(爆!)

いいキャラしてるなぁ〜(^-^)

ウラケン06.jpg

なんだ?チーバくんのパクリ!? ふなっしーの二番煎じ!?

とか、とか、散々言われているんですかね?(笑)

でも、イーンですっ!

酷評&アンチの増加は、注目されてる証!




ここには写真貼れないけど、うんがいい!朝市
「ウラケンと一緒に写っている人」がみ〜〜んな、いい笑顔になってるし♪(^^)

こーゆー、ゆるキャラ、私は大好きです!

頑張って欲しいなぁ(^-^)

2014年08月10日

posted by たすけ at 18:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | ちばらきチャンネル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夏休み、虫取り少年等が…夢の下田(しただ)の杜 / 柏市

ちばらきチャンネル

まるでトトロが、今にもバサッバサッと出て来そうな下田(しただ)の杜のお屋敷

トトロの森.JPG

下田の杜01.JPG

「おーい!こっちこっち!」
「呼んでる!入っていいんだよ!」
「おまえから行けよ!」
「え〜ぇ!?4人一緒に行こうぜ!」


下田の杜02.JPG

下田の杜03.JPG

果たして、そこには優しい笑みを湛えたjoypapaさん待っていてくれました♪
下田の杜へようこそ!⇒【下田の杜 里山協議会 公式HP】
夏休み次の活動は・・・8月3日(日)10:30〜13:00 下田の杜ウォーキングガイド
のような活動予定や過去の活動などが上記HPに掲載されています。

歴史文化講演会「柏南部周辺の歴史を考える」.jpeg

これは、昨年11月17日に行われた
歴史文化講演会「柏南部周辺の歴史を考える」の資料画像より抜粋

私、下田の杜に初めて入りましたが、野馬土手もしっかり残っていて
何百年も前から変わらぬ日本の原風景が残っていました♪

下田の「杜」と「森」の違いは?【『下田の杜』について】
に説明があるように「杜」の半分以上は私有地であり自由に出入り出来る訳ではありません。
joypapaさんに手招きをして頂いたおかげで、私たちは広々としたお屋敷の中に入ることが出来ました(嬉)

しかも、地主の優しい奥様?から、庭のみかん(日向夏)までご馳走になり、すっかり有頂天になった少年4人組は...いつの間にか、手にしたカメラを補虫網に持ち替えていました。(えっ?)




下田の杜04.jpg

「なぁ!納屋、覗いて見ようぜ!」

少年の日の思い出02.JPG

「おい!こっち面白そうだぜ!」

少年の日の思い出01.JPG

「なんか、出そうじゃない?」
「あ!おまえ怖いんだろ?」
「怖くなんかないよ!でも、これ以上マズイんじゃないか?」
「大丈夫だよ!探検しようぜ!探検!」


少年の日の思い出04.JPG

「この穴なんだ?」
「これはきっと、酒井根の合戦の時の秘密の抜け穴だよ」
「ほんとか?」
「た・・・たぶんな」


少年の日の思い出03.JPG

「こっちは?」
「これは、秘密基地の入り口じゃないか?」
「え?じゃ、奥に財宝隠されてんのかな?」
「た・・・たぶんな」

「あっ!今なんか、前を通った!」
「ナニ!?」
「なに!?」
「何!??」


「おーい!早く戻ってこーい!」

かくして。joypapaさんに呼び戻され、4人は庭に戻ってきました。

「あのね!あのね!ボクたち、ボクたち、見たんだよ!」
「おいっ!それは俺たちだけの秘密だろ!」
「あ...見てない...やっぱり見てない!」


「そうか、そうか」(´_ゝ`)

相変わらず、にこやな笑みを湛えるjoypapaさんでした。
...めでたし、めでたし。



まぁ、こんな妄想録が書けるくらい、ホントに愉しい夏休み初日でした♪(笑)

光が丘ぎょうざ亭01.JPG

光が丘ぎょうざ亭02.jpg

この日のお昼は、光が丘団地そばの、ぎょうざ亭でした♪
とても上品な、ぎょうざ屋さんで女性ウケするお店かな?

鉄ポタさん.JPG

柏中央公民館〜柏三小通り〜光が丘まで鉄ポタさんにご案内頂き、懐かしい道・初めての道、さすが地元民の取るルートは無駄がありません。帰路も途中まで案内して頂いて感謝です(^-^)

joypapaさん、鉄ポタさん、ワンチャン、東葛人さん
愉しい夏休み、ありがとうございました♪

ライラック(喫茶店).JPG

そう、そう、柏中央公民館前のこの喫茶店も懐かしかった♪

また、童心に返れるポタで遊んでくださ〜い!(^-^)/

2014年07月24日

posted by たすけ at 03:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | ちばらきチャンネル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

蔵のギャラリー・喫茶 結花(ゆい)/ 松戸市下矢切

ちばらきチャンネル

蔵のギャラリー・喫茶 結花(ゆい) 松戸市下矢切89-4
営業時間11:00〜18:00 定休日(日・月)

矢切の渡しの歌ですっかり「や ぎ り」の濁音で定着していますが...
地名としては「や き り」の清音で、結花と書いて読みは「ゆい」
引用(参照)PDF⇒【結花(ゆい)がここにある理由】

矢切(やきり)の結花(ゆい).jpg
“結花”の名前の由来は日本のかつての農村に存在した、労働力を提供し合う助け合いの仕組み=「結」と、下矢切に咲いた一つの花が、やがて地域に実を結ぶようにという願いを込めて「花」という字を合わせています。

結花の有機コーヒー.jpg

結花ごはん.jpg

5月24日(土)初訪問で有機栽培のアイスコーヒーを頂きましたが
結花ごはん(木・金・土)は電話で予約確認した方が良いかも⇒【結花HP】より
断腸亭さんの柴又〜矢切〜水元ポタ解散後
蔵ギャラリー結花(ゆい)を訪れたのですが、その木造建築(構造)に大変感動しました。

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結花の店内に置かれていた「一眞のほろ酔い随想」
詩は文字で書かれた絵画と観うるし、
一方絵画は輪郭線で描かれた詩歌に他ならないと言えよう。
構造は美しくなければならないというのは自身に課した命題だから、
私にとっては構造こそが詩歌であったと言える。
この感性...クロモリフレームに構造美を感じるサイクリストならわかるかも?

増田一眞著書.jpg

蔵のギャラリー・喫茶 結花(ゆい)のオーナーは
「増田一眞」さんで、木造構造設計では知る人ぞ知る有名な方でした。
参照⇒【建築士事務所協会見学会(千葉・茨城・埼玉)】
こんな幼稚園(保育園)が、取手・我孫子・松戸・市川などにあったんですねぇ。
木の温もりのなかで伸び伸び育った子供は、きっと感性豊かに成長するでしょうね。

蔵の移築工事.jpg

見世蔵「結花」の移築について、様々なサイトやブログを読ませて頂きました。
参照⇒【増田一眞氏の新テキスト『伝統木構法の架構学と現代への展開』】
参照⇒【伝統絶やさず未来へ残したい・増田一眞さん (松戸市)】
パワーの源は?と尋ねると「普請道楽かな」と一言。
「むきだしの骨組みが意匠になっていて無駄がなく、武骨でいて人を包みこむ柔らかさがある。
木は100年ぐらい経ってちょうど安定する。そこで手を入れてやればさらに100年使えるんです」と土蔵の出来栄えに満足の様子。
「昔は移築が当たり前だった。組手、差し口など組ばらしが容易で一代で終わらないように物を大切にしたものです。人間の寿命が伸びたように建物の寿命ももっと高めないといけないね」
リンク先を読むと、私財を投げ売ってまで、この見世蔵を移築した理由に納得します。
...でも、本人(夫)はそれでいいのでしょうが、家族(妻・娘)は大変ですよね(^^;)
泣いたのは妻の美恵子です・・・。
「これまで散々苦労して、老後になってようやくホッとできると思ったのもつかの間、今度は移築だなんて、あなた気でも狂ったのではないの!?」
きっと、次々に自転車を衝動買いする夫を持つ奥様は、大いに賛同する部分でしょう(^^:)
カメラやら工作機械やらオーディオ機器やら、家計を省みずに次々に衝動買いする...
道楽夫が世の中に如何に多いことか(^^;)
一目惚れ
問題の見世蔵は、明治8年(1875年)築でした。
一階で使用されている材は「ケヤキ」、二階は「マツ」です。
一階の天井の梁(はり)は、格(ごう)天井で、三尺毎に升目状に組まれています。

二階の天井梁は三重に重なっており、かなり重厚な造りです。
特に一階の玄関の大梁は2尺×1尺で、長さが4間(7m20cm)もあり、大変見応えがあります。大工さんの話では「樹齢800ほど経っている」とのことです。
増田氏は一目見るなり、その存在感に圧倒されたそうです。
まさに一目惚れでした・・・。

結花(一階喫茶).jpg

一階の玄関の大梁.jpg

結花(一階玄関の大梁)この大梁に吃驚しました!
蔵のカフェ&ギャラリーはあちこち探訪しましたが、これほど立派で美しい梁は見たことがありません。専門家が一目惚れするくらいですから、是非、結花に行ったらこの大梁を先ず見てください。

結花(二階ギャラリー).jpg

二階の天井梁(三重).jpg

結花の二階ギャラリーと三重梁
許可を得て図々しく撮らせて頂きましたが、写真ではここに漂う清浄な空気が伝わらないのが残念です。どうしていい空気なんだろ?接着剤を使った集成材を一切使っていないから?
とにかく、とても落ち着く空間でした。



蔵のギャラリー・喫茶 結花(ゆい)の動画を作りました。
野菊の墓の「民子」は愛する人と結ばれず、ラブレターを握ったまま亡くなりましたが・・・
きっと何年たっても こうしてかわらぬ思いを
持っていられるのも あなたとだから
ずっと心に描く 未来予想図は
ほら 思ったとおりに かなえられてく

ここ最近、輪友や同級生の娘の結婚記事が続いたのですが...
結花のギャラリーに「花嫁姿で矢切の渡し」の舟に乗る写真がありました。

なんと!その花嫁は結花オーナーの娘さんだそうです(感動)
娘に「薫(かおる)」や「文(あや)」と名付けたところに、「一眞のほろ酔い随想」の原点があるように感じました。5月24日のポタ記事が、文芸方面にあちこち派生(スピンオフ)していますが、全てはここを訪れた事で思い浮かんだ事でした(^^;)





ここからは、Google マップのストリートビューを利用します。
閲覧環境によって見えない場合はご容赦ください。

流山市では古い町並みの再生&活性化を図っていて・・・【流山市一丁目(浅間神社)付近】←ここに見える【見世蔵と薬局】がイタリアン&ベーカリー生まれ変わっています♪

国木田独歩の「武蔵野の俤(おもかげ)は、今わずかに入間郡に残れり」は現在の所沢市周辺の事を指していますが・・・【所沢市元町付近】←たぶん、このあたりに結花の見世蔵(灰屋薬局)があって、おそらく独歩もここを歩いたに違いありません。

蔵のギャラリー・喫茶 結花.jpg

本来なら、1875年(明治8年)築の見世蔵は、埼玉県所沢で再生されるべきものでしたが...
「増田一眞」さんの執念とご家族の愛、そして多くの人々の力で松戸市矢切で再生されました。

野菊の墓文学碑01.jpg

野菊の墓文学碑02.jpg

「野菊の蔵」やきり観光案内所01.jpg

「野菊の蔵」やきり観光案内所02.jpg

結花のランドマークは松戸矢切郵便局ですが...せっかくなら「矢切の渡し〜野菊の墓文学碑」を経由されて行くことをおすすめします。一昨年にできた「野菊の蔵(やきり観光案内所)」に無料貸自転車があり、ここから結花まで1.5kmです。

寅さん記念公園レンタサイクル.jpg

渡し舟を使わず、柴又側(葛飾区)から自転車で行く場合には、寅さん記念館の2階にレンタサイクル(有料)があります。寅さん記念公園から結花までなら、最短で4.5kmです。

結花への地図 (1).jpg
この地図はクリックで拡大します。

【坂川にかかる矢切橋】←地図上の「野菊のこみち」は、畑の中のダートもありますが矢切橋で合流しますので、自転車なら舗装道で行った方がいいと思います。

結花への地図 (2).jpg
この地図はクリックで拡大します。

寅さん記念公園レンタサイクル02.jpg

柴又(寅さん公園)から、直接結花に行く場合は、新葛飾橋を回って行くのが最短距離です(^-^)


2014年06月10日

posted by たすけ at 01:31 | Comment(2) | TrackBack(0) | ちばらきチャンネル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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