原子力規制委員会(規制庁)と脱原発市民の声

日記(言いたい放題)

ソロモン諸島沖でM8.0の地震 ニューカレドニアで避難命令が出された日に筆。
どうせ官僚(霞ヶ関)が意のままに成立させた原子力規制委員会(規制庁)だから、信頼はしていませんでしたが、ここまで官僚(役人)がクズだとは思いませんでした!久々に怒り爆発です!

原子力寄生委員会(寄生庁)

左:日本原電に活断層の評価報告案(草稿)を手渡した名雪哲夫審議官。
中:その事実関係をはぐらかす弁明を続けた、名雪上司の森本英香次長。
右:とどのつまり、原子力に寄生し続けている、寄生委員長の田中俊一。

続きを読む ⇒


2013年02月07日

posted by たすけ at 06:58 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記(言いたい放題) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

選挙の結果を決めるのは、投票する者ではなく集計する者だ

日記(言いたい放題)

選挙の結果を決めるのは、投票する者ではなく集計する者だ。
投票する者は何も決定できない。投票を集計する者がすべてを決定する。
まぁ、訳に若干の違いがありますが、旧ソ連のスターリンの名言です。...名言か?

ずっと嘘だった


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2012年12月27日

posted by たすけ at 23:53 | Comment(3) | TrackBack(0) | 日記(言いたい放題) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アインシュタイン先生、教えてください。/ 戦争に始まりがあるのなら・・・

日記(言いたい放題)

「戦争に始まりがあるのなら、どうやって回避すればよいのか?」

カルマは無意識の壁 イデアの上昇と下降
ロゴスは美意識の奴隷 憐れな妄想と野望
この世の中を形作るのは 精神なのか物質なのか アインシュタインに聞いてみな

質量とエネルギーの等価性

「宇宙に始まりがあるのなら、どうやって無から有が生じたのか?」≒E=mc2
アインシュタイン先生、教えてください。
あなたは、原子爆弾(核兵器)の製造には関与していませんが、E=mc2は核兵器製造の基礎となりました。あなたが、この世に生まれなくても人類は「質量とエネルギーの等価性」を見い出し核兵器を生み出していたでしょう。でも、どうして宇宙の始まりの「解」が戦争に利用されてしまうのでしょう?

・日本や米中露&欧州がロケット(人工衛星や探査機)を打ち上げると成功祝賀報道。
・北朝鮮が打ち上げると、ミサイル発射と報じて危機感報道。
・国連も安保理決議1874号への明白は違反行為だと、さらなる北朝鮮への制裁を検討。

もちろん北朝鮮の核開発は賛同できるものではありません。しかし、ことさらミサイル発射という大見出しで、危機感を煽る必要はあるのでしょうか?北朝鮮に弾道ミサイル技術を使用した発射を実施しないように定めた、安保理決議1874号の「解」は何でしょうか?

宇宙と人間の愚かさ

無限なものは二つあります。
宇宙と人間の愚かさ。
前者については断言できませんが...



アインシュタイン先生、教えてください。
あなたは、第一次世界大戦の時には・・・「2%の人間が兵役拒否すれば、政府は戦争を継続できない。なぜか、政府は兵役対象者の2%の人数を収容する刑務所を保有していない。」と発言し、反戦運動を支援しましたが。第二次大戦の時には・・・「もはや、兵役拒否を許されない」と戦争遂行を正当化しました。

・今ことさら戦争への危機意識が高揚すれば、一番得をするのは誰なんでしょうか?
・徴兵制度を是とし、自衛隊を国防軍に名称変更するという政党でしょうか?
・それとも、先にミサイルや核兵器を持ち武器輸出(軍事産業)で潤う国でしょうか?

あなたのおかげで、科学技術(手段)は格段に進歩しました。
人類共通の手段であるはずなのに、なぜその進歩を許されない国があるのでしょうか?

目的は混乱している

手段は完璧で、目的は混乱している。
というのが、私の見た現代の特徴だ。



アインシュタイン先生、教えてください。
あなたは、厳格な規律と権威(軍国)主義のミュンヘンの学校から逃げ出すために、医師に嘘の診断書(神経衰弱)を書いてもらい「教育とは、学校で習ったことをすべて忘れた後に残っているものである。」という名言を残しています。学校で習った事とは、学問以外の、軍事教練や倫理(道徳)も含んでいるのでしょうか?

・中国や韓国の子供たちには、戦前の日本帝国主義の野蛮さを徹底的に教えられ。
・中国や韓国では、日本は現在もなお領土拡大の野心は捨てていないと教えられ。
・米中露と敵対する国では、これらの覇権主義で民衆を苦しめていると教えられ。

現代はマスメディアやインターネットの恣意的報道やプロパガンダで、誰(どこ)が味方で、誰(どこ)が敵であるかの二元論ばかり。愛国や国防という名の下に、戦争への準備がヒタヒタと進んでいるように思えてなりません。戦争に始まりがあるのなら、どうやって回避すればよいのでしょうか?

平和はただ分かりあうこと

平和は力では保たれない。
平和はただ分かりあうことで、達成できるのだ。






「戦争に始まりがあるのなら、どうやって無から有が生じたのか?」
ミサイル発射の号外配布や、裸足で逃げ出す児童の映像を繰り返し流し。
北朝鮮のロケット(ミサイル)発射を不意打ちとか、騙し打ちだと言い。
ホントにそうなの?北朝鮮を擁護する気持ちは毛頭ありませんが・・・



北朝鮮は「地球観測衛星(光明星3号)」の飛行ルートの詳細と発射予告を、国際機関(IMO)への事前通告し、ほぼその通リに発射されたではないか?

2段ロケット落下地点

果たしてロケット開発は、弾道ミサイル開発と同意としても・・・
TV画面やネット上では、このロケット2段目の落下地点を強調し、有事への危機感を煽っているように思えてしまう。


カルマは無意識の壁 イデアの上昇と下降
ロゴスは美意識の奴隷 憐れな妄想と野望
現実は単に人の心が映し出した でっち上げた影絵だ
テレビも新聞も国民がなんにも 知らねぇと思ってFuck Up!

大切なことは

大切なことは、
何も疑問を持たない状態に、陥らないようにすることだ。


未来に対して希望を持つ

過去から学び、今日のために生き、
未来に対して希望を持つ。

2012年12月12日

posted by たすけ at 14:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記(言いたい放題) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

もののけ姫と松虫姫

日記(言いたい放題)

■泡沫(うたかた)日記

もののけ姫のメインテーマは「生きろ」でした。
このテーマを大きくと捉えるとここまで7記事に渡って書いてきた(2記事は風刺が主^^;)

人間の幸せは物質的なものだけではない、自然と調和して生きることも大切である。
しかし、物質的発展や犠牲がなければ、進歩や幸福を手にすることはできない。
異なる価値観の中で、人と人、人と自然は、どう共存するべきであろうか?
しかし、先ずは生きろ。この世に差別はある。だが生きろ。先ずは生きろ。


私はこのように捉えていますが、実はもう一つ隠された...
というか宮崎監督が、たぶん意図的に挿入したテーマがありました。
このテーマは私の本業にも関わることなので、補足させてください。

エボシ御前

もののけ姫のキーパーソンに、エボシ御前がいました。
金属採掘加工(たたら場)を砦で囲んでいたのは、物部氏を妄想しますが、そこでは貧しい家(人身売買される)の娘や、らい病患者を引き取り、動けるものは、たたら場で働かせていました。
※.現在は、らい病ではなくハンセン(氏)病と言います。⇒参照

ドライな視点で見れば、単に安い労働力の確保に見えるかもしれませんが
社会的弱者の救済、つまりは社会保障の一例であると私は見ています。
これは(社会保障)は、持てる者(豪族や大企業)と為政者(政治)でしかできない事です。

『もののけ姫』や『千と千尋の神隠し』にハンセン(氏)病へのテーマが含まれています。
詳細は⇒元ハンセン病患者が語る激動の半生とジブリ作品に込められた宮崎駿の想い
[1]〜[4]ありますが⇒[3]に宮崎監督とジブリ作品に触れています。

『もののけ姫』や『千と千尋の神隠し』をDVDやTV放映で見る時
「生きろ」のテーマがここにもあると言うことを、知って頂ければ...と思います。

松虫姫

最後の写真は、フリーさんのご案内で行った印西市の松虫姫神社と松虫姫御廟です。
松虫姫も、ハンセン病だったとされています。⇒参照
まぁホントに転地療養&食事療法で治ったのなら、ハンセン病ではなく現在でいうアトピー性皮膚炎だったかも知れませんが^^;。でも、この松虫姫伝説を宮崎監督が知ったらアニメ映画化してくれるかなぁ?・・・・なんて思っていたら既に松虫姫のアニメ動画がすでにありました(^^;)



松虫寺のお話(後編)は⇒こちら

松虫姫は東大寺(奈良の大仏)を建立した、仏教大々々好き聖武天皇の皇女(お姫様)です。聖武天皇は大喜びで、立派な薬師堂に建て直し、医王院松虫寺となるわけですが。

じゃ、お墓も松虫寺にあるの?
高貴な皇族ですので正確には松虫姫神社に祀られて、薬師堂の裏手に松虫姫御廟があります。なんでそういう埋葬(神仏習合)になるかというのは、⇒こちらの横山さんのコメント解説がわかりやすいです。

ところで史実では...
松虫姫(不破内親王)は、後年娘たちと淡路国に配流され
795年(延暦14年)12月に和泉国に移され。それ以後は消息不明。....って^^;

消息不明なのに、分骨された御廟があるの?
まぁ歴史なんてそんなもん...っていったら語弊がありますが、特に古代史はそんなもんです^^;
なので、ホントはこうだ、ああだと、言われても、リンダ困っちゃう♪(^^;)

そうそう!今回古代史関連のサイトを色々廻っていたら....
『教科書に載らない古代史』人物編&出来事編 関 裕二
見〜つけた♪見〜つけたぁ〜♪(笑)
「正史」とは創られた「歴史」のことである...んだんだ、そのトーリ!(^^)

まぁ、ネット版だと...ん?その先を知りたい!!
というところまでで、終わってます。...よくできてやがる(笑)
私が読んだ中で面白かったのは、下記の著作かな。
まぁ、ちょっと古代史に興味が湧いたかな?って方にはおすすめします(^^)






ふぅ〜・・・久々に長編シリーズを書いてしまいました。

[神道vs仏教と大和朝廷]
[金にする理由は何があるんでしょうか?銅じゃダメなんでしょうか?]
[阿弖流為(アテルイ)伝と日高見国]
[阿弖流為(アテルイ)伝と常陸国]
[阿弖流為(アテルイ)伝ともののけ姫]
[もののけ姫と松虫姫]
[風刺:神仏習合と第三極]
[風刺:太陽と日本と橋下]


11月...たぶん1日だったと思います。白鳥の渡りを見た時に
VA PENSIERO SULL´ALI DORATE
何故だか急に、この時の気持ちが蘇りました。サスケさんへのレクイエムです。

VA PENSIERO SULL´ALI DORATEを初めて聴いたのは、よく覚えてないんです。でも、なんだか、悲壮と希望と雄々しさが入り混じったこの合唱が耳に残って、時々PCを落とす前にyoutubeで聴いています。

あれ?曲が削除されていますね^^;⇒じゃここで

斎場に置かれたサスケさんの黄金のアンカー(ロードバイク)を拝見し、鳥見神社をはじめ、白鳥伝説やたくさんの事を教えて頂いたサスケさんを偲んだ時、この曲が浮かびました。

そして今回フリーさんに鳥見神社を案内して頂き、あらためて[VA PENSIERO SULL´ALI DORATE]が歌われる歌劇ナブッコ(Nabucco)を詳しく読んで、何故だか心が突き動かされました。
VA PENSIERO SULL´ALI DORATEの歌詞(和訳)や詳細は⇒こちらの方が私は好きです

「VA PENSIERO SULL´ALI DORATE」は、バビロンの捕囚で強制労働に連行されたヘブライの人々(≒ユダヤ人)が祖国を懐かしんで歌う合唱です。今回、あらためてその背景を学び、日本が統一国家となる陰で、幾多の蝦夷(≒縄文人・原日本人)の悲壮と希望があったのだろか?と思いを馳せました。

東葛人さんサスケさんはじめ、多くの自転車仲間に出会い、多くの題材を教えて頂き、
Romanさんkawasakiさんはじめ、自らの"脚"で書かれた秀逸な郷土史サイトに出会えて
ホントに感謝の念に堪えません。




拙ブログも、いつの間にか1000記事を超えていました。
1000記事を区切りに、またブログ内の整理を始めなきゃと思ってます。
リンク切れも多いようなので、修正した過去記事を再アップするかも知れませんし、前々から言われている、本業に関する記事も今後は増えていくかも知れません....って。これ以前も書いた気が(苦笑)

長文・駄文の記事にお付き合い頂き、心より感謝申し上げますm(_ _)m

2012年11月21日

posted by たすけ at 23:57 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記(言いたい放題) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

阿弖流為(アテルイ)伝ともののけ姫

日記(言いたい放題)

11月某日の朝。ゴミ出しに外に出たら、上空に大編隊を組んだ大型の渡り鳥。
「うわぁ〜すごい数ですねぇ」
「なんでしょう?シラサギかしら?」
「首を伸ばして飛んでいるので白鳥でしょう。」

およそ150〜200羽の大軍団は、菅生沼の方向飛んで行きました。
※.不思議だったのは南西方面から飛んできたことでした。白鳥は北西から渡ってくるものだと思っていましたが、もしかしたら、たまたま流山の上空でそういう方向に飛んでいただけかもしれません。

torimi_munakata_map.gif

鳥見(トミ・トリミ)神社に興味を抱いたのは、サスケさんのブログ「シニアの自転車日記」で、思い出深い記事は【鳥見神社に関連する「アイヌ語の幻影」】という内容です。...以下、抜粋
@ 鳥見神社十八社の連なる地域は古く「言美(コトミ)郷」と記され、言美(コトミ)郷に類似するアイヌ語の語韻は「トミ ウシ;土民の屯所」、「トミサン ペッ:軍勢を出したる処」、「トミルペ シュペ:軍路」等の例があり、「鳥見(トミ)」が軍に関係する。
A 鳥見神社の存する地域の連鎖を行軍の経路として、同地域を「祈りの場所」であると同時に、弥生時代以前からの「地域防衛を担った拠点」と想定。
B 鳥見神社の祭神がニギハヤヒであることから、ニギハヤヒ王朝の東国進攻軍がこの地を占領して「軍の基地」とすると共に、「祈りの場所」として「鳥見神社」を置いたものと推定。

「鳥見(トミ)神社」、「祭神:ニギハヤヒ」、「アイヌ語トミ → 軍」などのキーワードからの連想論述ですが、まことに興味深々です。
先日、小林の鳥見神社を訪れた時に、ふと、このくだりを回想していました。そして・・・

アテルイとアシタカとサン

写真左は、来年2013年にNHKで放映予定の
「火怨・北の英雄 アテルイ伝」主演・大沢たかおさん。
真ん中は、もののけ姫のヒーロー:アシタカ
写真左は、もののけ姫のヒロイン:サン
う〜ん...似ている。アテルイとアシタカ ...って。私の妄想はこんなんばっか^^;

日本書紀の【景行紀】
「東国に日高見(ひたかみ)国があり、その国の人は蝦夷(えみし)と呼ばれ、男も女も髪を椎(つち)のような形に結って、身体に刺青(いれずみ)をした勇敢な者達です。また土地は肥えていて広大です。彼の地は攻略すべきです。」
身体に刺青(いれずみ)をした勇敢な者?...これってサンの事じゃん!
やっぱり、もののけ姫の見すぎですかね?(苦笑)



動画の0:32秒のあたりで、蜘蛛の化物(妖怪)にアシタカが追われるシーンがあります。
もののけ姫には石火矢(小型バズーカのような鉄砲)やアサノ公方が出てきますので、時代背景は戦国時代なのでしょうが...でも、私はこの物語は、大和朝廷の東征に立ち向かった、蝦夷(アシタカやサン)が主人公であると思って見ています。
※もし時代想定を江戸時代としたら、アサノ公方(=浅野家)は真壁藩・笠間藩時代もあったので、茨城にアシタカやサンが居たことになりますね(^^)v

さて、もののけ姫では、たたら場(鉄器製造)が重要な役割として出てきます。鉄を作るのには大量の炭が必要で、炭を得るためには森林伐採(自然破壊)が必然となり。征服者に棲み家を追われた動物(猪・猿・山犬)たち、ひいては神々の怒りがサンに託され、蝦夷でありながらも征服者と協調できるアシタカが、両者の争い止めようと努力する。

アテルイと田村麻呂が友人であったように。私は、アシタカの役割をそんな風に見ています。

日本人なら森羅万象に神々が宿り(八百万神)、神々は時として祟をもたらす恐ろしい鬼にもなる。
...なんて世界観は理解可能だろうけど。一神教の国々の人はそんな世界観を理解できるのかなぁ。

別所の地蔵尊と熊野神社

ましてや、別所の地蔵尊と熊野神社の関係ような別当寺⇒神仏習合(≒本地垂迹は理解不能じゃないかな?なんてことを考えていたら⇒こちらの記事
もぅ!野田首相の突然の解散宣言で、ここだけを先走ってアップしてしまいました^^;

砂鉄の産地と鹿島・香取

左の地図は、砂鉄の産地で、右の地図は古代霞ヶ浦&印旛沼周辺の地図。
「日本書紀」でも日本各地に土蜘蛛が登場しますが、これは妖怪や昆虫ではなく先住の蝦夷(=縄文人)や鉱山で働く人々を蔑称したもので、それが砂鉄の産地や鉱山と合致すると云います。

平安時代初頭に、坂上田村麻呂が東征(東北の蝦夷を制圧)する以前。ニギハヤヒ王朝(物部一族)がこの地に侵攻し、水上交通及び軍事上の要となる場所に、武運や武器の神様として鹿島神宮(祭神:タケミカヅチ)と香取神宮(祭神:フツヌシ)を建立します。

タケミカヅチは、物部氏の祭神ではなく、中臣氏の祭神では?
これは、物部氏の没落後に、中臣氏が乗っ取ってしまったか、あるいは、元々政略的にタケミカヅチを祭神に据えたのか。今だって政党党首は、政略的にすぐにコロコロ変わるじゃないですか

...いけね。また脱線しそう(苦笑)

蝦夷の分布と原発地図.jpg

こちらは、平成の世の原発地図。
だらだら長いシリーズ記事になってしまいましたが、そろそろまとめに入ります。
勘の鋭い方なら、もうお気づきでしょうが、上記の砂鉄の産地と重なります。長野(諏訪)を除けば原発も砂鉄も海岸沿いが共通項になりますので、場所についてはこじつけにしかなりませんが・・・。

国家繁栄の名の下に、鉄器(電力)を確保し。
そのために、民から領地(土地)を奪い、懐柔(補助金)し。
既得権者(豪族&電力会社&原子力村)は、歴史(資料)を改ざんし。
為政者(豪族&官僚)は優雅な暮らしで、美術品(箱物施設)作りに熱を上げる。

なんだ、現代も、千年前も、二千年前も、何も変わっちゃいないんですね。

facebookの方に頂いたコメントに、茅葺き家のロハスな生活に対して
「ひとつの生き方ですね。全員がこうなっても社会は成り立ちませんけどね。」

仰る通リで...
人類の進歩は限りない征服と物欲の上に成り立ち、世界遺産をはじめ多くの美術品は、そうした虚栄的欲望の具現です。奈良時代、ペルシャ・中国・朝鮮半島からもたらされた装飾品に目を輝かせた女性たちと、ヴィトン・シャネル・ティファニーなどのブランド品のXmasプレゼントを期待している現代女性に、なんの変わりもありません。

持てる人が作り上げた欲望の具現品に、持たざる人の憧れはつづくでしょう。
きっとあと千年経っても、持てる人と持たざる人の差はありつづけるでしょう。

もののけ姫のラストでは、ダイダラボッチ(シシ神)が倒れて、人間の築き上げたものをことごとく吹き飛ばし、その後山々に緑が戻ります。足尾銅山の煙害等により荒廃してしまった足尾の山は、人間の手(NPO足尾に緑を育てる会)で緑を復活させています。

でも、原発は山に緑を残したまま、人の立ち入りを禁じてしまいました。

甲六
「原発事故は、ダイダラボッチ(シシ神様)だったんだ。」
モロの君
「人間は愚かだから、自分で造ったものを自分で恐れている。」
ヒイ様
「原発のお陰で、また山や森が動物たちの安住の地になったのじゃ。」
エボシ御前
「ざまあないな」
ジコ坊
「いや〜まいったまいった、バカには勝てん」

果たして....バカは誰?        こんな妄想癖のある私?^^;

あともう1記事補足事項を書いて、やっとこのシリーズを終わります。
posted by たすけ at 22:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記(言いたい放題) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

阿弖流為(アテルイ)伝と常陸国

日記(言いたい放題)

ちばらきチャンネル

悪路王(アテルイ)首像.阿弖流為(アテルイ)は朝廷から見れば反逆の大将ですから、大沢たかおさんのようなイケメンでは都合が悪い訳で、岩手県水沢市埋蔵文化財調査センターに保管されている、アテルイ像ではこんなイメージだそうです。⇒参照:悪路王

それにしても、アテルイに悪路王とは気の毒なネーミングですが、現代の岩手県水沢の悪役顔と言えば、小沢一郎。
検察&最高裁まで、よってたかって小沢いじめ。⇒参照
官僚は、よっぽど小沢一郎が恐ろしいようです。⇒参照

マスコミも、解散&総選挙一色で
小沢氏の無罪確定は全くと言っていいほど、報道しません
小沢氏はよっぽどついていない...というか。
そういう風に世論操作されているのか?


冒頭参照先の「悪路王」記録には、アテルイや蝦夷の野蛮さが強調されていますが、そりゃ朝廷側が残す記録はそうなるのは当然で。現在、中国・韓国で、あることないこと日本軍の野蛮さを強調しているのとなんら変わりないです。

....おっと、また脱線しそう(苦笑)

さて、興味深いのは、岩手県水沢市埋蔵文化財調査センターに保管されている悪路王(アテルイ)首像は、水戸の黄門様が鹿島神宮へ奉納した首像の複製であるという事。

江戸前期。水戸黄門(徳川光圀 以下黄門様)はかなりの歴史オタクで、『大日本史(=本朝史記)』編纂のために史局員を日本各地へ派遣して史料蒐集を行いました。これが水戸黄門漫遊記につながっていくわけですが、黄門様自身は鎌倉遊歴と藩主時代の江戸と国元の往復や領内巡検をしている程度で、漫遊したわけでないようです。黄門様の死後も『大日本史(=本朝史記)』編纂は水戸藩の事業として継続されやっと明治時代に完成しました。

水戸藩では史学=国学が下級武士から百姓(名主)まで大流行します。それが水戸学となり幕末には天皇重視の尊皇思想となっていきますが、石岡市八郷の佐久良東雄などもその一例です。そんな訳で、水戸藩内では遠い昔、阿弖流為(アテルイ)という原日本人が、勇敢に戦ったという事はよく知られていて、社殿を東北地方(アテルイの故郷)に向けている鹿島神宮に奉納したのかもしれません。これは京都清水寺にアテルイ・モレの顕彰碑を建てた気持ちと同じでしょう。

さて、水戸藩内では猫も杓子も国学ブームなので・・・

おい!鹿島の神宮様にアテルイの首像があるんだってよ!
ほんとけ?そんなら、おらが村の鹿嶋神社にもアテルイの首をお祀りすっぺよ!

鹿島神社のアテルイ首像(城里町).jpg

【歴史の里ロマン紀行】(東茨城郡城里編)より
■ここ鹿島神社は蝦夷の大将「アテルイ(阿弖流為)」こと悪路王の面があることで有名である。悪路王がアテルイのことであるとは断定できないが、現在ではほぼ悪路王=アテルイと考えられている。ここに保管されている悪路王の面は恨みに満ちた壮絶な顔をしており、昔はミイラとして保管されていたと伝えられる。

吃驚しました!⇒鹿島神社(城里町)-悪路王面-
こんな寂れた田舎町の鹿島"神社"に阿弖流為(アテルイ)の首像が残されていたなんて。
でも、鹿島"神宮"に水戸光圀が奉納したとされる首像に比べれば、いかにも素朴で
江戸時代に流行したミイラ再生技工で作られた"やっちゃった感"が拭えないでもありませんが^^;
(左の方は、ミイラだったものを木造彫刻で復活させた首像だそうです)
額髪を剃り上た、ざんばら髪...これどうみても武士でしょう(^^;)
阿弖流為(アテルイ)がちょんまげ結っていたとは思えません(^^;)

でも、Romanさんがおっしゃるように、この鹿島神社に漂う妖気というか、もののけ感は案外本当にここが阿弖流為(アテルイ)の霊魂が宿る神社なのかもしれません。是非一度、こういうのが三度の飯より大好きな東葛人さんをお誘いして、訪れてみたい神社です(^^;)

昔大和朝廷が進出する前は常陸や東北は蝦夷(えみし、カイ)民族の土地であったとされています。蝦夷民族というよりも縄文人というべきかもしれません。

私も、蝦夷というより縄文人という呼び方に賛同します。印波郡(印旛地区)に点在する鳥見神社に伝わる獅子舞(鹿舞)は、大和朝廷以前に、東征してきた物部一族の繁栄祈願の舞であり、同時に滅亡に追いやった縄文人の神々祟りを鎮める舞ではなかったのか?
縄文人の一族によっては、侵攻してきた物部氏に恭順するものあっただろうし。阿弖流為(アテルイ)のように、勇敢に抗戦した人もあっただろうし。それやこれやを、ひとつの物語にしたのが、もののけ姫ではなかっただろうか?

この項、あともう少しで終わります^^;
posted by たすけ at 22:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記(言いたい放題) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

阿弖流為(アテルイ)伝と日高見(ひたかみ)国

日記(言いたい放題)

阿弖流為(アテルイ)東北(岩手県)の原住民の総大将...大和朝廷からは蝦夷(えみし)と蔑称されますが、縄文時代より、ずっとこの地で自然と調和しながら平和に暮らしてきた原日本人です。

日本とは太陽の昇る国=日高見国という説があります。

日本書紀の【景行紀(=景行天皇の頃)】
東国から帰還した武内宿禰(たけうちのすくね)が以下のように言上
「東国に日高見(ひたかみ)国があり、その国の人は蝦夷(えみし)と呼ばれ
男も女も髪を椎(つち)のような形に結って、身体に刺青(いれずみ)をした勇敢な者達です。
また土地は肥えていて広大です。彼の地は攻略すべきです。」
武内宿禰が280歳〜360歳と諸説あり・・・え?^^;
景行天皇は、紀元前13年生、紀元130年崩御...143歳!?アンビリーバボーですね^^;
もし、実在したとすれば4世紀前半くらい?...てなカンジです。

記紀は710年以後(8世紀以後)に書かれたものなので、700年も前の事など正確に書ける筈などありません。何より、当時の政権にとって都合の悪い事は、書かないでしょうから。まぁ、現在の原発の事故隠しや、特捜の自白調書でっち上げに比べれば、罪は軽いもんですよ(苦笑)

さて4世紀前半は、九州から侵攻してきた倭の王朝(神武天皇)が、ニギハヤヒに大和(奈良)を譲ってもらい、連立王朝の大和朝廷が成立した頃です。

東国から帰還した武内宿禰の報告が・・・

紀元1世紀頃なら⇒日高見国は、中国・近畿地方の事
            (景行天皇は、まだ奈良に居ませんので)
紀元4世紀頃なら⇒日高見国は、関東・東北地方の事
            (景行天皇は、すでに奈良に居ますので)

...で。じつは記紀には景行天皇より、子(皇子)の事が沢山書かれています。

日本武尊...日本(ヤマト)武尊(タケルノミコト)←日本書紀
倭 建命...倭(ヤマト)建命(タケルノミコト) ←古事記

...で。魏志倭人伝...聞いた事があると思います。

もともとは、倭(ワ)と呼ばれていたのが、倭(ヤマト)
さらに、日(ヤマト)と読ませるように変わっています。
倭(ワ)⇒倭(ヤマト)⇒日(ヤマト)⇒日本(ヒノモト)⇒日本(ニホン)
どうやらこんなカンジで、日本の国名が確定したようです。

さて、記紀以外に風土記という書もあります。

【常陸国風土記】より
■行方郡の伝承
国栖の寸津毘古(きつひこ)と寸津毘賣(きつひめ)の2人がいた。
寸津毘古は、天皇の命令に背き、教化に従わず、すぐに斬り殺された。
寸津毘賣は、降参し天皇は哀れに思って恵みを垂れ、住むことをお許しになった。
■小城郡の伝承
昔、この村に土蜘蛛がいた。小城(城壁)を造って隠れ、天皇の命令に従わなかった。
日本武尊が巡行なさった時、ことごとく誅罰した。

おっ?おぉお!天皇や日本武尊が4世紀頃に、茨城に来てんじゃん!

日高見(ひたかみ)国=茨城県じゃね? 日本の国のルーツは茨城だっぺよ!!
そうだっぺよ。んだからぁ、常陸(ヒタチ)・日立(ヒタチ)って云うんじゃん!

えぇ...まぁ...お気持ちは察しますが
岩手の人は、日高見(ひたかみ)⇒きたかみ(北上)...って言ってます^^;

まぁとりあえず、九州や大和から見れば、茨城や岩手は東国=日高見国であることに違いありません。そこには遥か昔から、海の恵み、山の恵みを享受して、豊かな生活をしていた原日本人(=縄文人=蝦夷)が住んでいた筈です。ひょっとしたら日本武尊の軍勢をコテンパンにやっつけて敗走させた英雄もいたのかもしれません。でも、ほら。朝廷にとって都合の悪い事は書かれないし、独自の文字記録として残ってないんです。

...で。802年(延暦21年)

【類聚国史】
4月14日...阿弖流為と母禮は兵5百余人を率いて胆沢城の坂上田村麻呂軍に投降した。

【日本記略】
7月10日...田村麻呂征夷大将軍に従い上京した。

【日本記略】
8月13日...公卿の執論の結果、河内国杜山(又は植山或いは椙山)で処刑された。

これが
高橋克彦著「火怨・北の燿星アテルイ」
NHKドラマ「火怨・北の英雄アテルイ」です。

NHKドラマ 火怨・北の英雄 アテルイ伝

来年2013年にNHKで「火怨・北の英雄 アテルイ伝」が放送されると知り、また主演がTBSドラマ「JIN-仁-」の大沢たかおなので、ますます楽しみです♪

何故、全国的には無名の英雄、阿弖流為(アテルイ)を取り上げるのか?恥ずかしながら、私もサスケさんのブログを拝読して、初めてアテルイを知りました。
東北を平定しようと北へ攻め上る朝廷軍の襲撃に、命を捨てて一族の未来を救った古代東北の英雄・阿弖流為(アテルイ)の生涯を、空前のスケールで描く歴史冒険巨編。
かつて不屈の魂をもって東北を守った陸奥の英雄を描くことで、東北復興支援の一環とし、大震災後、復興に向けて誇り高く生きている『東北の人たちへの応援歌』を目指します。
なるほど、そういうことなんですね(^^)
中尊寺金色堂のような金ピカ観光国宝も良いけれど、アテルイの活躍が偲ばれる史跡がこの放送をきっかけに盛り上がるといいですね(^^)

征夷大将軍となった坂上田村麻呂と蝦夷であり敵将の阿弖流為(アテルイ)
この二人は、友情を保ちながら戦う運命となってしまうのですが・・・・
大好きだった大河ドラマ「風と雲と虹と」平 将門(加藤 剛)と平 貞盛(山口 崇)の関係と似ているところがあり、時代的にも100年くらいの時間差なので、アテルイ(大沢たかお)と 坂上田村麻呂(高嶋政宏)の二人は演技が楽しみです。

原作の「北の燿星アテルイ」通リの最期は、「北の英雄アテルイ」で、放送できるのかな?残酷なシーンなのですが、とても感動深いクライマックスです。それに放送も、BSで43分×4回 総合で2回..ってかなり省略されてしまう部分が多いのでしょうね、それがちょっと残念かな?

因みに、こちらの⇒[NHK番組動画サイト]で、北の英雄アテルイ伝の番組情報が紹介されています。
記者会見での各出演者のコメントによれば、東北の雄大な自然と調和する蝦夷の生活を再現してます。との事で、「お!これこそ、実写版もののけ姫」みたいな風景が出てくるのかなぁ・・・と期待が膨らみます(^^)

でもね...阿弖流爲(アテルイ)の故郷は一体どんなところ?
それは...戦国放題こたつ城さんの
今回は、水沢駅の東側、「胆沢城」の跡地と、「巣伏の戦い」の古戦場跡を巡り、アテルイゆかりの神社「神明社」のお参りなど、蝦夷征伐戦(700年代末〜800年代初頭)の跡を巡る。
さらに東の江刺(北上川の東側)へ渡り、「えさし藤原の郷」を舞台に、「前九年の役」(1000年代半ば)をご案内しようかと〜♪
2010年・城主のたわごと1月に多くの現地写真と共に紹介されています♪
拙ブログよりずっと長文ですが、こたつむりさん(松戸市)の軽妙な文体が読みやすいのです。
例えていうと...クロスバイクを買っちゃうぞ!の"くろばいさん"と文体がよく似てます。
やっぱり女性視点は違う...って。くろばいさんはサイクリストしか知らないですよね^^;

さらに、坂上田村麻呂と清水寺とアテルイと東北の寺社について
2009年・城主のたわごと5月 以下抜粋
田村麻呂ゆかりとされる寺社や伝承地は全国的に多いが、特に東北に多い(^^ゞ。山形県を除く殆ど全域に田村麻呂伝説が広がっている。
山形県に多くないのは、征討範囲に含まれてないからだろうが、田村麻呂の時代だと、青森県まで行ったと思うのは難しいのに、青森県にもある(^_^;)。

延暦16年(797)に、田村麻呂は日本で初めて征夷大将軍に任命されたが、延暦17年(798)は、どちらかと言うと、この年に京都の清水寺を建立した(と伝わる)事と関係があるようだ。

田村麻呂は抜群の武勇者のように言われるが、実はその功績の殆どは、蝦夷との融和策が功を奏しているのだ。これは、その前段階の無茶な行軍劇と悲惨な結果とは決別した結果にも思える。

延暦21年(802)、田村麻呂がアテルイらの帰服を受け入れ、彼らを都に連れ帰る(04/15)ちょっと前の1月9日、田村麻呂は胆沢城の築城のため派遣を命じられ、その出立に当たってだろう、1月20日にお坊さん(「度者1名」)を賜わっている。征服後の奥地で、蝦夷の教化を行う考えだったのではないか、と見られている。
こう見てみると、田村麻呂の来た直後から、ドッと雪崩を打ったように東北じゅうに、この時期を創建とする寺社が多くなるのも頷けるかな(^^ゞ。


阿弖流為(アテルイ)母禮(モレ)の顕彰碑

阿弖流為(アテルイ)には母禮(モレ)という、親友(戦友)がいるですが、その二人の顕彰碑が関西アテルイ・モレの会(岩手県人)によって、京都の清水寺に平成6年に建立されている事を知ったのは、つい最近の11月10日の事です。

この項、まだ続きます。

2012年11月20日

posted by たすけ at 22:53 | Comment(6) | TrackBack(0) | 日記(言いたい放題) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

金にする理由は何があるんでしょうか?銅じゃダメなんでしょうか?

日記(言いたい放題)

金にする理由は?銅や、萱(かや)じゃダメ?

黄金の館と茅葺きの館.jpg

どれどれ、そなたに金の館か、萱(かや)の館か、好きな館を進ぜよう。
どちらが良い?金箔で覆われたゴージャスな家と、ロハスな茅葺きの家。
「う〜ん、普段はマンションに住んで、その両方を別荘で使うんじゃ、ダメ?」
もぅ!欲張りさん!(笑)

11月23日。天気が良ければ日本の里100選の一つ、石岡市八郷に茅葺きサイクリングに行く予定なのですが、私は金ピカの家なんか全く興味はなくて、断然かや葺きの家がいいなぁ。家内は出来れば老後はマンションに住みたい、なんて言っているので、絶対叶わない夢でしょうけど^^;

因みに、東葛地域から一番近い日本の里100選は、印西市の結縁寺です♪
結縁寺周辺は自転車仲間の愚兵衛さんの庭みたいなもんで(^^)サスケさんも結縁寺がお好きでよくブログに書かれていましたねぇ。。。
そんなサスケさんに古代史への誘いを与えた東葛人さんの11月16日の記事に、東京国立博物館140周年 古事記1300年・出雲大社大遷宮 特別展「出雲―聖地の至宝―」の事が。観たい、行きたい!

11月11日。フリーさんのご案内で印波郡ポタをしてきたのですが、その時にちょっと触れた文化財修復の逸話。詳細は書けませんが、ざっくり言えば出雲大社にしても他の国宝級の建造物にしても、建築技工や技法は決してオープンにしないと言うこと。
一つには神や仏に関わる神聖なものに、人間の手による細工があきらかになることは好ましくない。なるほど、神秘的な謎を残したままのがいいってことですね。
もう一つ。国宝級の建造物や美術品となれば、その修復にたずさわれる事は大変名誉な事であり、同時に相当な受注額となります。技工・技法をオープンにしてしまえば、競争相手が増えるし、いかに腕の良い職人集団を抱えているかが肝心。

ん?んん???そっかぁ〜〜!!!

新幹線から宇宙探査機まで、最先端構造的に日本の町工場の職人技が生かされいます。
台湾・韓国・中国メーカーに市場を席捲されてしまったのは、日本の技術輸出の成果。
また、百里基地でお会いした、テガさんのお友達で軍事マニアの方が話されていた。
「米国は戦闘機のブラックボックスは決して明かさない。」

これらのお話のすべてが、古代史につながりました!

年月が経った銅葺きの屋根

何度も登場しますが、これは印西市別所の地蔵尊(寺)と熊野神社
左のお寺の屋根は端に緑青(銅錆)がわずかに出始めていますが
右の神社の屋根は見事に緑青色に変化しています。

真新しい銅葺きの屋根

こちらは、真新しい銅葺きの屋根 左:神社 右:民家
金色ではありませんが、茅葺きと比べれば華美なゴージャス感は出ています。
古代(仏教伝来前)。まだ竪穴式住居や茅葺き木造、よくて檜皮葺屋根の建造物の中にあっては、冒頭の金の館(金閣寺)にも勝るとも劣らない存在感があったでしょう。
日本で屋根瓦が使われ始めたのは、仏教伝来と同時期だそうです。⇒参照瓦の歴史

銅鐸・銅矛と鋼の刀

こちらは、左:新品の銅鐸・銅矛 右:鋼色に輝く日本刀
私これまで、銅鐸・銅矛は、緑青色のものしか見たことがありませんでした。
なんでこんなものが、霊験あらたかに見えるのかねぇ?と、実感が湧きませんでした。
室内照明の効果もありますが、新品の銅鐸・銅矛は光輝く、眩いばかりの工芸品だったのですね。
だけど、銅鐸・銅矛は祭祀用ですし、銅剣も武器としては鋼(はがね)の日本刀には敵いません。
残酷な想像ですが、大勢の目の前で人間の首を、スパッっと切り落とした後妖しく光る剣は、まさに恐怖と畏敬の象徴となっていったのでしょう。

そして、これら銅葺き,銅鐸,銅矛,鋼の剣を製造する技術や職人を抱えていた王朝や豪族は、他を圧倒する権威と武力を持ち、侵略を進めて行ったことでしょう。
その代表的な存在が物部氏(ニギハヤヒ)で、当時の先端技術集団を従え、神武天皇より先に大和を制圧し、その一族は陸路&海路で東国まで制圧をしていたであろうことでしょう。

でもね。
すべての人間が、光り輝く荘厳な建造物に憧れ、刀剣に恐れ慄くかと言えばそうでもない。
森や獣、生命の恵みを与えてくれる森羅万象に感謝し、調和して生きていくのが幸せ。
怖いのは、人間が造ったものではなく、天・空・海・風など森羅万象に宿る神様。
森羅万象に宿る神は、時に鬼と化し祟りをもたらす、リバーシブルなんです。

「都心の億ションに住み、ブランド品で身を包み、外車でお出かけする。」
これを、人生の至福と考える人もいれば。
「田舎の茅葺きに住み、衣服は自分で仕立て、自転車で野山を駆け巡る。」
これを、人生の至福と考える人もいます。

たぶん、これは今も昔も変わらないと思います。
「玉の輿狙って、王族(王朝)に近づく」「一攫千金を夢見て、都に出てくる。」
「名門家を飛び出て、地方の豪族となる」「都会暮らしに疲れ、田舎の人情に涙する」

このようなキャラクターが絡む映画やドラマは、無数にあるような気もしますが(^^;)
また、そこで出会い、互いに尊敬しあい友情を交わすことも不思議ではありません。

高橋克彦著:火怨「北の燿星アテルイ」
ざっくり言えば、そんな都会育ちの坂上田村麻呂と、田舎育ちの阿弖流為(アテルイ)の物語でした。

黄金建築と金メダル.jpg

金色堂に安置された黄金の仏像と、東京オリンピックの金メダルと銅メダル。
金は銅と違って錆びませんから、その永遠の輝きで価値が高いのでしょうが
アテルイの住む日高見国で金の鉱山が発見された事が、不運のはじまりとなりました。

「世界一になる理由は何があるんでしょうか?2位じゃダメなんでしょうか?」
「めっちゃ悔しいです! 金がいいですぅ〜」

そりゃ、あなたね。科学技術やスポーツの世界では世界一を目指すべきでしょう。
でもねぇ。。私は、仏像や舎利殿を金にする必要はないと思うんですけどねぇ。。

「金にする理由は何があるんでしょうか?銅じゃダメなんでしょうか?」
「銅の緑青(錆)には毒があるから、仏様が毒まみれじゃマズイでしょ」

※.銅の緑青に毒があるというのは、日本にのみ存在する迷信だそうですよ。
 他(1),(2),(3)


平安初期にアテルイ・モレの2名が河内(大阪)で斬首されてから約300年後。
平安後期に彼らの故郷(岩手)に黄金に輝く中尊寺金色堂(藤原4代を祀る)が建立されます。
冒頭の金閣寺(足利吉満が建立)と並んで、日本の二大黄金建築です。
三大黄金建築だと日光輪王寺・大猷院(徳川家光を祀る)が入るのかな?

金閣寺は、昭和25年に同寺子弟の見習い僧侶(大学生)の放火によって全焼後に再建されました。
JAPAN WEB MAGAZINE ではこれを美の功罪と記しています。
いつの時代も民は為政者の気まぐれに左右される。「金閣」は一握りの人間の「芸術」感覚または虚栄の具現かもしれない。そして、それが叶う為に、それが叶えられる為に、その陰で一体どれだけの民が糊口を凌ぐのもやっと、という苦しい生活を強いられていたのか。〜中略〜
人類の至宝として、これら「芸術品」を見た時に、その素晴らしくも美しく賞賛されるべき作品達は、「持てる者」、「支配する者」が美的、感覚的、虚栄的欲望と欲求を満たすために作られなければ、この世に存在しなかったかもしれない。
まさに我が意を得たりの文筆でした。

この項、まだ続きます^^;
posted by たすけ at 17:53 | Comment(3) | TrackBack(0) | 日記(言いたい放題) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

太陽と日本と橋下

日記(言いたい放題)

なんだ?太陽の党と日本維新の会の政治話?
...いえ、ちゃいます(^^;)
今やPCにhashimotoと入力すると、真っ先に橋下と変換されて困っている人いませんか?
...えぇ、困ってます(^^;)

さて、橋本と橋下...どちらも読みはハシモト (ハシシタさんもいるのでしょうが)
では、日本と日下...どちらも読みはヒノモト (ひっかけ問題に気をつけてね^^;)

でも生駒山麓、現在の東大阪市近辺(旧河内郡)では、日下(クサカ)と読むでしょうし、PCにkusakaと入力すると真っ先に日下と変換されるのでは?

では、日本武尊は...日本(ヤマト)武尊(タケルノミコト)←日本書紀
でも、倭建命でも...倭(ヤマト)建命(タケルノミコト) ←古事記

もぅ!だから社会科(歴史)は大っ嫌い!
...と、かつて塾の教え子が発狂してました(苦笑)

でもさすがに難関私立中学を目指す小6生たちでしたから全員
天照大神はすんなり(アマテラスオオミカミ)と読めました。

面白かった本.jpg

さて
物部氏の祖とされる饒速日命(邇藝速日命)ニギハヤヒノミコト(以下、ニギハヤヒ)
について興味を惹かれていったのは、自転車仲間の東葛人さんに感化されたからです。
そしてもう一人「物部氏の正体」という本を私にくれた高校時代のクラスメイトです。

物部氏....複雑すぎる〜〜!!謎すぎる〜〜!!
もぅ!だから歴史は大っ嫌い!...の教え子が気持ちがよくわかりました(苦笑)
でも、謎が多ければ多いほど、古代史オタクの血が騒ぐのでしょうねf(^、^;

さて、写真にアイヌ語の幻影という本がありますが、限定300部の限定出版。
市民研究者の自費出版なので、東葛地域の図書館でしか入手不可能だと思います。
この本の事を知ったのは、故サスケさんの⇒鳥見神社に関連する「アイヌ語の幻影」の記事からです。

そして、高橋克彦著:火怨「北の燿星アテルイ」も
東葛人さんやサスケさんに感化されたのですが、火怨上下巻合わせて1049頁(>_<)
阿弖流為(アテルイ)...厚すぎる〜〜!!でも超面白い〜〜!!

そして、先月の百里基地航空祭後に、拝読するようになった、Romanさんの
歴史の里ロマン紀行(城里編・鹿島神社)にも阿弖流為(アテルイ)が!


今回のシリーズあまりに長いので記事を分断し、それに政治風刺を織り込んだら...
なんのこっちゃ?と意味不明で、脈絡が繋がらない内容になってしまいましたf(^、^;

でも、再構成面倒なので、先にネタバレしておきますと、今回のシリーズ記事は
出雲+鳥見+物部+常陸+阿弖流為+もののけ姫を、思いつつまま書いてます。
いずれも自転車(ポタリング)で繋がった因縁が、私は嬉しいのです(^^)

でもなぁ...惜しかったな。。。なにが?
いえね。石原慎太郎さん。暴走老人なんて自分で言っているけど
太陽の党を解党せずに、橋下さんを太陽の党に合流させていたら、千年後の受験問題で・・・

太陽...読みは(イシハラ)
石原...読みは(アマテラス)
という解答になったかもしれないのに(笑)

この項、まだまだ続きます^^;
posted by たすけ at 06:24 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記(言いたい放題) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神道vs仏教と大和朝廷

日記(言いたい放題)

神道vs仏教と大和朝廷...ってタイトルですが、私の書く記事ですからアカデミックな事なんざ書きませんので、ご了承をばf(^、^;

神社・教会・お寺

オギャーと生まれたらお宮参り⇒神社 (神内省)
永遠の愛を誓ったウェディング⇒教会 (教内省)
だけど死んだらお経と戒名頂戴⇒お寺 (寺内省)

どないなっとるねん!日本人の宗教観?いや...話の本筋はそこじゃないんです。

今の日本では、ゆりかご〜墓場までのイベントに神社・教会・お寺と3つの宗教施設が混在していますが。
もし、これがですよ。1つの宗教に独占されたら、経済効果はどうなるか?
冒頭の3つだけじゃありません。初詣や七五三やハロウィンやXmasなどなど、日本全体でいったいどれだけ1年間に、これらのイベントに国民がお金を使っているか?

もしですよ?
上記イベントはすべて管轄省庁の許可を受けて実施し、費用の一部を税金として納めなさい...。
てなことになり、初詣税(賽銭税)・お宮参り税・七五三税・盆踊り税・結婚税・Xmas税・葬式税...
うひゃひゃ、莫大な税金が確保できるでしょう。消費税上げるよりこっちの方はいいんじゃね?

宗教法人の非課税を改正しろと?いや...話の本筋はそこじゃないんです。
それに宗教法人だって、消費税は納めなきゃいけません。消費税に神も仏もありません(^^;)

もしですよ?
各宗教を統括する省庁(神内省・教内省・寺内省)があったなら。
ゆりかご〜墓場まで、国民の一生&毎年のイベント全てを管轄する、絶大な影響力をもつ官庁になります。

一方、政権担当者(朝廷・幕府・内閣)は、特定の宗教勢力が大きくなりすぎると困ってしまいます。
だって信教のためなら命も惜しくない。一向一揆や島原の乱の如く、むしろ信じる教えのために命を捧げて権力に歯向かう訳ですから。逆を言えば、政権担当者(為政者)が特定宗教を保護したり国教とすれば、国民をコントロールしやすくなります。

江戸時代:キリシタンの増加を恐れた幕府は、寺請制度を施行しました。
明治維新:神道を国家統合の基幹にしようとした結果、廃仏毀釈が起こりました。


だから何が言いたいの?
ちょっと話が混乱しそうなので、とりあえずキリスト教は置いておきましょう^^;
仏教の伝来は、538年。6世紀前半の事です。つまり、それまでは神社(神道)しかなかった訳です。

誕生〜結婚〜葬式...ゆりかご〜墓場まで
すべて神社が取り仕切っていた訳で、そりゃあなた、神内省はうひゃうひゃもんですよ。
※例え話で神内省なんて、書いてきましたが正式には神祇官です。
⇒参照:特に律令制に注目
諸官(≒省庁)の最上位に位置し、行政を司る太政官(≒内閣)よりも上位におかれたと考えられていた。しかし、平安時代後期(12世紀)には国衙(≒県知事)と同等まで低下していたという。
そりゃそうでしょう。そんな羨まし過ぎる既得権益は、どんどん引き剥がされてしまいますよ(^^;)

神祇官と宮内省を勘違いしやすいですが、律令政治は二官八省です。
二官
神祇官...≒現在なら...どこ?
太政官...≒現在なら内閣...まぁ総理大臣や国務大臣なんかですね。

八省
中務省...宮中の政務(詔勅宣下等)
宮内省...宮中の内(皇室の庶務等)
大蔵省...大蔵(通貨/租税/貢物等)
民部省...民の部(戸籍・田畑・賦役等)
兵部省...兵の部(兵士・兵馬・兵器等)
刑部省...刑の部(罪人の刑罰・裁判等)
治部省...治の部(いろいろな事を治める)
式の部...式の部(礼式・文官人事全般)

さあ、やっと本記事の本題です...
でもこのシリーズ全体のまだ途中ですが(^^;)




仏教伝来(6世紀)や、律令制開始(8世紀)よりもさらに前。
九州から神武天皇が東征を開始して、奈良に大和朝廷ができはじめた頃(≒4世紀頃)

まだ二官八省という統治システムが整っていない時代。
大和朝廷誕生の頃は物部氏が絶大な権限を持っていたようです。
それと言うのも、神武天皇が大和に入る以前に、物部氏がこの地を統治していたらしく。
それどころか瀬戸内・東海・関東を含めかなりの範囲を一族で征していたかも?というから驚きです。

それなら、神武王朝に大和を明け渡すことないじゃんね? そこですよ!問題は。

だって、ここ数年の歴代総理を振り返ってみてください。
世襲お坊ちゃまだの、ルーピーだの、嘘つきだの、散々言われ放題。
何かには「あなたとは違うんです!」と最後に逆ギレした総理もいましたね(苦笑)

それだったら、名を捨て実を取る方が、ずっと賢いです。
物部氏...クレバーな豪族ですよ。
大和は差し上げましょう。でも神祇に関してはボクたちのやり方を踏襲してねん♪
かくして、神武王朝はその仁義を守り、神祇を守った....って駄洒落かよ!

神祇(かみづかさ)...まぁわかりやく言えば儀式イベント担当です。
今の時代に、朝廷の儀式って言ったてピンと来ないかと思いますが。

例えば、昭和天皇の大喪の礼。
例えば、皇太子殿下と雅子様の結婚の儀。
例えば、愛子様や悠仁様の賜剣の儀や着袴の儀。

あれ?朝廷のゆりかご〜墓場まで全部なの?
それだけじゃなくて、剣璽等承継の儀や大嘗祭etc
そりゃ、オイシイわ♪
その上、物部氏の本職は武器&軍事担当だったらしいので、そりゃ、豪族連合政権の大君(おおきみ)となるより、よっぽど実利はあったでしょうね(^^;)

でも、物部氏の一人勝ちのような状態を他の豪族たちがずっと黙っている訳ありません。
「ちくしょー、なんか物部氏の既得権益を覆す策はないかしら?」
そんな時に仏教が伝来して来た訳で、それに飛びついたのが蘇我氏。

「よっしゃー!天皇(すでにこの頃は天皇)にこれ信仰させよ♪」
...天皇が病気になれば仏法の法力で治して差し上げましょう。
...ところが、天皇の病が重くなると
「おんどれ!そんな外来もんに頼るから、病気重くなったじゃねぇか!」
「それどころか、疫病も流行ったのも、こんなもの建てたからだ!」
...てな訳で、せっかく造ったお寺を物部氏が焼き払ったり(^^;)
神道vs仏教は、二大豪族の政争に利用されてしまうのですね。

※物部氏と蘇我氏は互いに婚姻関係を結んでいましたが
昔も今も、政権を狙う人たちは、そんなんばっかですね^^;

まぁざっくり結果的には、物部氏が破れて・・・
奈良の都には、東大寺に巨大な大仏様を造るわ、全国に国分寺・国分尼寺を配置。

あれ?オカシクね?
だって、奈良時代の前。
大化の改新で蘇我蝦夷・入鹿親子は、中大兄皇子と中臣鎌足に暗殺されているじゃん?

そこなんですよねぇ...宗教の浸透力というのは。
大化の改新のちょっと前に、聖徳太子が発布した十七条憲法の第二条
二に曰わく、篤(あつ)く三宝を敬え。
あつく三宝を信奉しなさい。三つの宝とは仏・法・僧のことである。
それは生命ある者の最後のよりどころであり、すべての国の究極の規範である。
どんな世の中でも、いかなる人でも、この法理を尊ばないことがあろうか。
たとえ悪人であろうとも、仏法をよく教えるならば正道にしたがうものだ。
こんな憲法(法の法)が発布されていたんじゃ、憲法改正しない限り仏教を国家から排除することはできません。....憲法は偉大だ!(^^;)

まぁ、とにかく蘇我氏宗家が滅んだからといって、ハイそうですか。じゃあ仏教を日本から排除しましょう...なんてできやしません。すでに仏教に帰依した僧侶や、豪族や、民が大勢いるのですから。
まぁざっくり、蘇我氏の後に今度は中臣氏(≒藤原氏)が政権を握るようになっていく訳で。
ちょいちょい天皇自身が政権の実権を握ることはありましたが、大和朝廷発足以来、たいてい物部システムで日本の政治が行われていくのですね。

流石に現代は、天皇が直接政権を担うことはないし、神祇官もないけれど・・・
ちょっと考えてみてください。
今の日本は、内閣が行政の最高府で、政権を担っています。
でもそのトップの総理大臣は、1年単位でコロコロ首が変わります。

ところが、選挙で落ちることもなく、ずっと政治を動かすことができ
既得権益争って、税金使い放題、天下りで退職金(実利)を何度も受け取れる豪族って誰よ?
....やっぱり官僚じゃん!
今度の選挙の争点が、消費税・TPP・脱原発になることで、一番ほっとしているのは官僚なのね。


さて、ちょっとだけ...仏教と神道の大きな2点の違いは。
@教祖がいない。
自然発生的に成立した神道には、教祖は存在しません。
A教典(経文)がない。
神道は祭祀、儀礼を重視し、祝詞はあるけど、経文や聖書みたいなものはありません。

なにより神道の特徴は
「木でも岩でも山でも、森羅万象のすべてに神さまが宿るという考え方です。」
「ほら!お天道様が見てるわよ」と、何気に発するこの一言も神道なんです(^^)

ん?お天道様って、天照大神の事じゃないの?
経典とは言えないかもしれないけど、記紀とかがあるじゃん?

....えっと。これ以上は、また別項で^^;


PS.読者様にお願いがあります。
前記事から連なる関連記事は、日本の歴史を語ろうとか、宗教を語ろうとか
そういう主旨のものではありません。
先日のポタリングで、故人を偲んでいたら様々な事が心に浮かび
とても書ききれなくて、いくつかに分けて書いています。たぶん5話くらいに続くかも^^;
またすべて注釈まで書こうとすると、あまりに長文になってしまうのでリンクを多用しています。
なので、ご指摘事がある場合は、リンク先まで読んで頂ければ幸甚ですm(_ _)m
posted by たすけ at 01:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記(言いたい放題) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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