帰去来(飲酒本歌取り)

■泡沫(うたかた)日記

帰去来とは、すべての官職を退けて、田園に生きる決意を語った陶淵明(陶潜)の「帰去来の辞」に由来します。歌手の「さだまさし」もこれに感銘を受けてアルバム「帰去来」を出しています。
本歌取り(ほんかどり)とは、有名な古歌(本歌)に自作の句を入れて作歌する事で、今回、陶淵明の「飲酒」の詩を本歌としています。

5年ぶりの高浜駅の話題でこの記事を思い出したので、解説をつけ加え再アップしておきます。




かしてつ

廬を結ばむと故郷に在を求むる

すでに汽車の轍も踏み切りも無し


角の床屋

曲がり角に在る散髪屋の親父の声

懐かしき面影や音やにふと佇む


府中愛宕山古墳

幼き日蜻蛉追いし墳墓の下 悠然として湖面を見る

山気日夕に佳く 飛鳥相与に還る

此の中に有る真意 弁ぜんと欲すれば已に言を忘る


2007年9月18日 筆




【飲酒】陶潜 五言古詩
結廬在人境 廬を結んで 人境に在り
而無車馬喧 而も 車馬の喧しき無し
問君何能爾 君に問う 何ぞ能く爾るやと
心遠地自偏 心遠ければ 地自から偏なり
采菊東籬下 菊を 東籬の下に采り
悠然見南山 悠然として 南山の見ゆ
山気日夕佳 山気 日夕に佳く
飛鳥相与還 飛鳥 相与に還る
此中有真意 此の中に 真意有り
欲弁已忘言 弁ぜんと欲すれば 已に言を忘る

職を辞して故郷に家を構えている
馬車の騒がしい音なければ客も来ない
それで(田舎暮らし)いいのか?と問われる
地位も出世も捨てれば、心は自然と向き合うものさ
東の垣根で育てた菊の花を摘み
遠くに南山(廬山)が見える
山は夕暮れの姿が一番映える
そして鳥たちはねぐらに帰っていく
この風景にそ、生きる真実が存在する
それを説明しようなどと思った時、言葉は忘れてしまうのさ

かしてつ(鹿島鉄道)が廃線(2007年3月)となった年の秋。
JR常磐線高浜駅で下車して舟塚山古墳府中愛宕山古墳を見学に行きました。
東南に霞ヶ浦を望む愛宕山古墳の上に立った時、目の前に赤トンボが飛んできて
なんとなく陶潜[飲酒]の詩が思い浮かび、なんちゃって本歌取りをしてみました^^;

JR常磐線高浜駅付近の風景
サムネイルクリックでアルバムが開きます。
(アルバム中の引き込み線は、鹿島鉄道の線路ではありません)
日本ブログ村

☆読んで頂いて感謝なっしー♪

クリック頂けたら感激なっしー! ⇒⇒

ブログ執筆の励みになりますf(^、^;



2012年10月19日

posted by たすけ at 14:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | ■泡沫(うたかた)日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック