昭和50年代の追憶
渋谷公園通りのゴールデンスキリット・フライドチキン屋では、バイト仲間で密かなゲームを行っていた。よーいドン!で5分間にどちらが、より薄く、きれいに、しかも数多くトマトやチーズを切れるかを争うゲームである。
ゲームに負けた方は、1週間仕入れた鶏肉の血抜きと脂肪取りの作業をしなければならない。この作業がなかなか大変でしゃがんだままの姿勢で腰が痛くなるのと、手が脂でベトベトになるのである。
アルバイトに入った当初は、当然私は負け続きで鶏肉の担当が続いた。しかし、どうやったら薄く、早く切れるかのコツがわかってくるようになると徐々に先輩アルバイターに勝つことができるようなってきた。
勿論、ある程度の技術の修練も必要だが、肝心なことは道具の手入れであった。当世グルメ番組が流行であり、有名調理人の下積み時代のエピソードや現役の下済み調理人にスポットがあたることがあるが、そのシーンをみていると思わず頷いてしまうことが多い。
仕事の終わりに...1日の感謝を込めて調理台を磨き、鍋を洗い、刃物は最も気持ちを込めて砥げと私も教わったが、その積み重ねこそ調理人の原点なんだろうな。
今、こうして年齢を重ねてふと思うことは。あの時...先輩はわざと私に負けてくれたのかもしれない。翌日の早番に迷惑がかからないように、タイムカードを押した後にも一生懸命調理台を磨き、腰痛と格闘していた私を見て、私にやる気をおこさせる為の、先輩の優しさだったのかもしれない。
アルバイトであれ、正社員であれ、仕事・職場という場は、ただ単に金を得る手段の場ではなく、知識や技術の習得のほかに、他人を思いやる心の厳しさと優しさを積み重ねていく場であると思う。
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タグ:渋谷公園通り
















コメントありがとうございます。
...食事や休憩、なんとか記憶を戻そうと努力したのですが思い出せずにすみません。
当時私は、遅番が主体で食事をしたかどうかも曖昧で...
アルバイトの当初に覚えているが「売れ残ったチキンを持ち帰っていいぞ」
と言われて、金欠学生にとって嬉しくて3日連続持ち帰りましたが...
4日目以後は持ち帰らなくなりました、流石に毎日では飽きますよねぇ(苦笑)