牛久ポタ(戦国時代の牛久城編)

ちばらきチャンネル


今や戦国武将ブームだそうで...
歴史が苦手な人は特に戦国時代の「昨日の友は今日の敵」みたいな複雑な人間関係や領地の変遷にこんがらがってしまうようですが、逆に歴史が好きな人は、各武将のキャラクターや人間関係のあやとりを解いていくのが楽しいのだと思います。

ちょうど今は戦国時代に良く似ていると思います...
中央政権では弱体化した麻生将軍に仕える鳩山管領が、幕府転覆を目論む鳩山公方と実の兄弟であり、そうかと思えば地方では
■九州には、庶民的で腰の低い商売上手な東国原大名
■関西には、つねに暴言を吐くケンカ腰の橋下大名
■関東には、完全無所属!と言いつつ裏では幕府とつながっている森田大名もいたりして(笑)

おっと!この記事は牛久ポタの記事でしたf(^、^;
牛久城について歴史が好きな方は牛久城ホームページ
歴史が苦手な方は、戦国の武将岡見氏のコンテンツをご参照ください。
「このWEBサイトはホントによくまとめられていて感心致します」

物流の主役が水上交通であった近世まで、繁栄した都市といえばだいたい河川や湖沼に面していました。江戸時代になり大規模な河川工事や新田開発が進み、多くの湖沼が干拓されて水田に変わりましたが、チバラキ(千葉+茨城)で○○沼という地名があれば、必ずと言っていいほどその付近には中世の古城があります。牛久沼もかつては大田沼と記されており、牛久沼と呼ばれるようになったのは江戸時代以降のようです。

参照過去記事
飯沼物語「風景は人がつくるもの」
池と沼の違いって何?「古城の妄想」
常総戦隊ヤブレンジャー

戦国時代を取り上げた映画やドラマでは、派手な騎馬戦が絵になるので、そういう戦闘シーンが多いですが、関東平野に点在する湖沼に面した城攻めでは、騎馬戦よりも、闇に乗じて水中から攻めるゲリラ戦も多かったはず。
皮膚の白さと身体の冷えを抑えるために、油と藻や泥を混ぜて身体中に塗りたくり・手には早く泳げる水かき手袋・浮力を維持し武器を格納する背嚢をしょって、時には食糧を確保するために、農作物を奪ったり、農耕用の牛を沼に引きずり込んだり。
そんな事は容易に想像できるわけで、戦乱のなくなった天下泰平の江戸時代となった時に、そんな史実に尾ひれがついて、河童の仕業だったと伝承された。私は以前から牛久沼に伝わる河童の真相って、そんなところじゃないのかなぁ...なんて妄想していますけど(笑)

ushikugyo_f.jpg

10年ほど前、この牛久城址の入り口を偶然見つけて中に入ろうと思ったのですが、車に残した家内と娘がご機嫌斜めだったこと、なんだか1人で入っていくのはまずいような、得体の知れない不安感がありまして、ようやく10年越しに自転車仲間と共に牛久城址へ入ることができました。
下の縄張図F地点(木戸口)の入り口ですね。

ushikugyo_000.gif

以下、当日の行程に沿って、Aから順に画像を掲載します。

ushikugyo_a.jpg

A地点いきなり本丸へ登る道ですので、そりゃすごい急斜面です。
青ジャージのわいずさんも「うへぇ〜これ登るのぉ?」( ̄ロ ̄lll)とため息をついてました(笑)

ushikugyo_b.jpg

B地点ようやく本丸の脇まで辿り着きました。

ushikugyo_c.jpg

C地点本丸と二の丸を分ける堀りがくっきりとわかります。

ushikugyo_d.jpg

D地点腰郭(こしぐるわ)ようやく勾配がなく楽になります。
ここで黄色のサドルの小径車を押す1ちゃんワンチャンがどうも右手にひろがる二の丸が気になって仕方ない様子です。二の丸を突破されたら、王手を突きつけられるようなものですから、難攻不落の牛久城でもかなりの激戦が行われた場所だと思います。
ワンチャンが私を振り返り「ここ登ってみませんか?」と、私も二つ返事で「行きましょう!」と、二人で上がってみました。

そこはなんとも言えない不思議な空気感が漂う場所でした(((( ;゜Д゜)))
私の撮った写真を掲載しようかと思ったのですが「やっぱまずいな..やめとこ」ということで(謎)
E地点。二の丸の写真と、その雰囲気は是非、ワンチャンのブログでご確認ください。

ushikugyo_g.jpg

G地点という訳で、ちょっと遅れて本体と合流しました。
ここでtakezawaさんは用事があるとのことで離脱されました。

さてさて、E地点で思わせぶりな書き方をしましたが...
この日の私、やっぱりちょっと変でした。
何者かにいきなり持ち上げられたかのようにジャックナイフ状になって派手な落車をし。
帰途の6号線の脇道では、ロックして留めたはずの鍵が、ロックがはずれた状態で落ち。
自宅まで1kmほどに近づいた、見通しの悪い(ブロック塀)住宅街の交差点で、右側通行してきたママチャリと出会い頭で衝突しそうになり、それを回避するために、私が自ら思いっきりブロック塀に自転車を寄せて回避するしかなく、落車の時と反対側の肘と肩に擦り傷を作り、ハンドルを胸に強打してしまいました。

うぅ〜む(ー'‘ー;)  1日にこんなこと連続するのか?
もしかして10年前...「ここには入ってくるな」
という得体の知れない不安感は本物だったのでしょうか...(||||゚ _ ゚ ;)

なぁ〜んて、超思わせぶりな書き方をして、次項は最終[シャトーカミヤ(牛久シャトー)編]です^^;

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2009年06月19日

posted by たすけ at 00:12 | Comment(4) | TrackBack(0) | ちばらきチャンネル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
わくわく、えっ!ん?うわっ!えぇーー!
「(謎)」って何ですかぁぁ!!あの時、僕が感じた「ざわざわざわっ」て何ぃーーー?(泣)すみません、取り乱しましたm(T_T;)m

実は、たまたま、月曜日は家族サービスで佐原まで観光に行き、香取神社で大祓してきたんです。でも、今度は自転車つれて御祓いポタが必要ですね(笑)。
怪我の方、お大事にしてください!
Posted by ワンチャン at 2009年06月18日 22:26
>ワンチャン
謎は謎なんで、うまく説明できないっス(笑)
でもワンチャンが居てくれたおかげで10年来の目的が達成できましたので、ホントにありがとうございました♪
私はまったりペースのクロス乗りなので、小径車ポタだとちょうどいいくらいのペースになりますので、是非またご一緒くださいねー(^-^)/
Posted by たすけ at 2009年06月19日 01:04
たすけさんこんにちは。
牛久城址の解説をしていただき、良く判りました。
入り口の方が本丸だったんですね。
二の丸の方かと思ってました。
牛久市に所々に案内板をもうけて欲しいですね。
Posted by spirit at 2009年06月20日 10:59
>spiritさん
http://yablog.blog6.fc2.com/blog-entry-710.html
にあるように、最近きれいに整備されたばかりで、今回は一番いい状態の時に訪問できたようですね。
今ポタのコースどりは、本当にバッチグー(死語?^^;)でしたぁ♪
Posted by たすけ at 2009年06月21日 00:51
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