竜巻小天狗

TVドラマや漫画の追憶

竜巻小天狗...1960年(昭和35年)フジテレビ系で放映

私は根っからのテレビっ子世代だ。町営住宅という質素な家に住んでいたが、どういう訳だけだかご近所に先駆けてテレビを購入したらしく、幼少のアルバムに近所の子供が我が家に集まりTV番組をみている写真がある。

昭和のテレビ
メモに”大好きなテレビを見てるところ”と記してある

母親に「いったい何をみていたところ?」
「そんなの忘れたが、あんたは竜巻小天狗が大好きだったね」
との返答だった。

物心がつき始めた頃からTVを見ていた私だが、確かに私自身も「竜巻小天狗」の真似をしていた覚えがある。

テープの逆回し、スロー、早回し、など単純な特撮?作業で「忍法○○...エイっ!」と叫ぶと、塀に飛び乗ったり悪人を後ろ向きに走らせて退陣させたりと、今考えればまことにチープな忍法だったが私にとっては胸躍る術であった。

昭和の住まい

写真の中のト○ルお兄ちゃんには、隣の家に住んでいたこともあり、よく私と遊んでくれて、私の忍法で後ろ駆け足などをしてくれてたことをおぼろげながら記憶している。
ただ、ト○ルちゃんは5つ違いだったので、遊んでくれたのは私が小1までで、一番よく遊んでくれたのは上の写真に写っている1つ違いのカツ○ちゃんだった。

PS.この竜巻小天狗のサイトは最近やっと某掲示板である方に教えて頂いて判明した。なんでこれまで自分で検索していて見つからなかったか不思議だったがトップ頁をみたら懐かしグッズ専門のネットショップ(直営利サイト)だった^^;

うぅ〜ん...引用していいものかどうか悩みましたが、同世代の方で探している方もいると思うので、敢て記事中で引用させて頂きました。

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参照:シンカデホワイト

注:懐かしいTV番組などのリンク集は自サイト内「マスオの青春グラフィティ」で整理していますが、このサイトは直営利サイトと判断しリンク集には掲載していませんm(__)m

2006年01月09日

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チャコちゃんシリーズ

TVドラマや漫画の追憶


昨日の実写版ちびまる子ちゃん役の森迫永依(もりさこえい)ちゃんを見て...
実写版サザエさんの上原ゆかりとチャコちゃんシリーズの四方晴美をすぐに思い出した。

昭和37年から始まったパパの育児手帳で、その愛嬌ある仕草が視聴者に受けて四方晴美のチャコちゃんシリーズが始まりやがて「チャコねえちゃん」で弟役となったケンちゃん宮脇康之にバトンタッチされて今度はケンちゃんシリーズになった。

チャコちゃんシリーズ以降、両親をパパ・ママと呼ぶ(呼ばせる)家庭が急増したように思う。

参照:禁断のハイブリッドマニアック

2006年01月10日

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ある日の、天地真理

TVドラマや漫画の追憶


"天地真理"でぐぐっていたら天地真理は今でも『隣のまりちゃん』というブログにあたった...

・・・え?日活ロマンポルノにも出たの??

それは知らなかったな〜
でも、知っていたとしてもやっぱり見たいとは思わないだろうな〜

初めて買ったレコードが天地真理のレコードだった私としてはいつだったか、タレント時代のそのまんま東としてのコメントか東国原英夫知事となってからのコメントかは忘れたけど「真理ちゃんは真理ちゃんのままでいて欲しかった...」っていうコメントに同意するな〜。

話しはくるりんぱと変わるけど、天地真理の芸名の由来を読んで、先日「THE ALFEE」の高見沢俊彦が出演したテレビで、アルフィーの由来が、フランス映画の「ALFIE」からではなく、コンフィデンス→シド→ある日いきなり"あるひ"からアルフィーにしたと、本人が語っていたけど...

まぁ、ネタ半分の話しとしても、案外芸名はそんなのが多いらしい。似たような話で、夏木マリ本人が「私の芸名はこの夏決まり!」から”なつきまり”だと言っていた。

まぁ〜早い話がぁぁ・・・1966(昭和41)年当時
   ↑
このセリフをのんびりとした口調のイメージで黙読した人は「忍者ハットリくん」の花岡実太先生を知ってる世代ですな(笑)
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参照:天地真理は今でも『隣のまりちゃん』
実写版「忍者ハットリくん」禁断のハイブリッドマニアック

2006年01月16日

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りんどう湖と俺の太陽

TVドラマや漫画の追憶


栃木県の那須は、私にとって第二の故郷だ。

物心ついた時から30歳くらいまでは毎年行っており、特に幼稚園に上がる前は半年〜1年ほど、祖母の家で過し、小学生の頃は年に3回以上は那須に行っていた。高原山や那須連峰は私にとって一番山らしい形の山である。幼い頃は、黒磯駅に昭和天皇のお召し列車が到着すると、私も何度か小旗を持って参列したこともある。

大学生の頃には、那須街道のあちこちに小洒落れたレストランも出来たが、那須街道に一気に小洒落た店が立ち並ぶようになったのは、昭和天皇のご崩御後ではないだろうか。

那須でも古い観光スポットと言えば、りんどう湖ファミリーランドであるが、私の記憶の最も古いところではりんどう湖は田んぼに囲まれた、ただの溜め池に過ぎなかった。

もともとりんどう湖の正規名称は、江戸川用水土地改良区農業用温水溜池(ながっ^^;)であり、那須の御用邸付近を水源とする冷たい沢水を田に入れる前に水温を高める「ぬるめ」の役割でつくられた人造湖だ。

前記のカケスのチューちゃんで出てきた叔父の実家が田代にあることもあり、りんどう湖周辺の開発が進む前の田代や池田や高久の周辺の風景も記憶に残っている。

...で。
小学生の頃にTVを見ていたら、その田んぼの風景や畦道高原山・那須連邦が映し出された。
それは、「俺の太陽」というTVドラマで太陽という競走馬と少年の物語であった。

ほんとにかすな記憶なので、ネットで確認しようと検索しても、もっとも詳しく書いてあったのが、少年誌というコンテンツに..

『俺の太陽』(週刊少年サンデー) 昭和40〜41年
九州産のサラブレッドを競走馬を育て天皇賞に優勝させるまでの感動ドラマ「りぼん」に別冊ふろくで描いた連作を当時少年サンデーの編集長が読み、少年向けの漫画としてやりたい!との要望でリメイクした作品。

九州の牧場から騎手養成所まで徹底的に取材。養成所教官に馬の動きが1ケ所も間違っていないとほめられた。連続テレビ映画として東映で制作。放映されました...とある。

えぇ!?あのロケ地は九州だったの!?
私がずっと、那須の風景だと思っていた「俺の太陽」に出てきた背景は見知らぬ九州の山や草原だったの!?

ブログを書き始めて、とてもこの件が気になって仕方がない。

三橋美智也のヒット曲「達者でな」..
ワラ〜にまみれてヨ〜育てた栗毛〜♪
これは直接ドラマと関係ないが...

私はときおりこの曲が流れる度に、「俺の太陽」で出てきた丸刈りの少年が那須の風景をバックに馬をひく姿をオーバーラップさせていたのだが...

私の記憶違いなのだろうか?

どなたか拙ブログを偶然見た方でこの件をご存知の方がいらしたら、是非コメントや参照URLを下されば幸甚でございますm(__)m

2006年01月18日

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実写版サザエさん

TVドラマや漫画の追憶


♪サーザエさん サザエさん サザエさんって どんな人?
 そーりゃ もう 美人で (そりゃもうっ) しとやかでぇ
 朗らか過ぎて 上品で 親孝行で 親切で

(パッパッパのランランラン♪ランランランのパッパッパ♪)
 「かつお!わかめ!こらぁ!待て〜!」
 
 そそっかしいのが タマに傷 消え入りそうに うなだれて
 モジモジ 真っ赤な モジモジ 真っ赤な サ〜ザエさん♪

アニメのサザエさんが始まったのが昭和44年から。
しかし、昭和40年には江利チエミ(故)主演で実写版ドラマのサザエさん が放送されていた。

実写版サザエさん

ホウキとはたきを持ちながらランランラン♪と掃除しているところに、カツオ&ワカメが悪戯をするので、「こらぁ!待て〜!」とホウキを手に持ったまま外まで追いかけ。それを人に見られて恥かしそうにもじもじ赤くなっているという展開の歌である。

当時のワカメ役、上原ゆかりは明治マーブルチョコレートのCMで国民的マスコットだったのだ。

マーブルチョコと上原ゆかり

参照1:古い漫画のレコードなど
参照2:SATTON CLUB

2006年01月20日

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テレビの公開収録番組

TVドラマや漫画の追憶


流山に市民文化会館が出来たのは、私が小5の時でやっと人口が5万人を超えた年だった。
今でもまだまだ緑の多い町だが、その当時はまだまだほんとに田舎そのものである。

おらが町に立派な施設ができ、市で誘致PRをさかんにしたのかそれとも都心から30km以内という利便さからなのか、テレビの公開収録番組がよくやってきた。

ドリフの全員集合も来たし、ロッテ歌のアルバムなどもよく来ていた。
が、しかし最も回数多く来たのは、当時飛ぶ鳥を落とす勢いであったコント55号「みんなで出よう55号決定版!!」(TBSテレビ)であった。

これは、視聴者参加公開番組で素人の素の面白さを引き出すテレビ素人いじり番組の走りのような番組で、欽ちゃんのアドリブと二郎さんが扮する赤忍者が人気だった。

事前にオーディションがあり、濃いキャラの素人が選ばれて舞台に上がるのだが、見知ったおじさんやおばさんが結構出てた。

しかし田舎の子供にとってこの番組で何より注目していたのが。提供:トクホン本舗のCMが会場の客席できれいなお姉さんが商品紹介する生CMであったことだ。

いつも客席の決まった一角に、白いテープが張ってあり、その後ろ付近の座席が目立ちたがり屋の子供にとってプレミアム席であったのである。
なにしろ、ほんの一瞬ではあるがお姉さんの肩越しに自分の顔が全国に放送されるのだからf(^_^;

ただ、今の子供のように節操なくVサインや顔を突き出すようなことはなく、ちょっぴり恥かしそうにカメラ目線を送るくらいであったが(笑)

とにかく、そのCM指定席の後ろ付近に座った同級生は、放送の翌日は学校でヒーローであった。私自身はついぞそのプレミアム席に座ることもなくその番組は終わってしまった。

しか〜し!ついに中2の時にテレビ出演のチャンスがまわってきた。
・・と言っても、会館に一番近い、わが中学から元気の良さそうな30名くらいが選ばれ、舞台の端の雛壇に座らされて番組合間にADさんの合図で「ファミリースペシャル!」と絶叫させられただけだったが^^;

それでも、まだビデオなど普及してない時代だったので、一瞬でも映像として自分の顔が画面に映るだけもとてつもない快挙であったのである。

2006年01月22日

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伊丹幸雄の青い麦と田舎

TVドラマや漫画の追憶


1972_昭和47_03

夏も近づく八十八夜♪ 野にも山にも ”ばかばか”茂る♪
小学校の音楽の授業で、ここだけシャウト気味に歌っていたのは確信犯である(w

小学校の頃の西平井の通学路や加台の畑には麦畑が広がっていた。広がっていたと言っても北海道の
ような広大な畑ではなく狭い区画にところどころあるという感じだ。
下校途中に麦踏していたおじいちゃんに声をかけて5〜6人畝ごとに並んで麦踏競争をしたり、麦の
背丈が伸びてくると、「忍者部隊月光」かくれんぼごっこをしながら遊んだものである。

私にとって、里山の風景といわれて浮かぶ風景ゆるい斜面に段々に広がる麦畑であり、まさに田舎の風景だ。

さて、1972(昭和47)年。わたしが中2の時に伊丹幸雄が「青い麦」の曲でデビューした。

歌詞の後半で...
青い麦畑 探しに行こう 二人の恋には 日向(ひなた)が 似合うよ〜♪

があるのだが、もともと鼻にかかった甘い歌声で ”ひっなったがぁ〜〜”とシャウト気味に歌うので私の耳には ”いっなかがぁ〜”と聴こえ

( ̄  ̄)(_ _)( ̄  ̄)(_ _)ウンウン..そうとも、麦畑は田舎が似合うものだ...

と誤釈し、かなりの期間この歌の最後を二人の恋にはぁ〜 田舎が似合うよぉ〜♪と本気で歌っていた!(自爆)


ヤバイ...( ̄、 ̄*)
この記事をうけて、歌謡曲一発屋ネタや懐かしの
TVドラマネタを暫らく書き続けるかもしれない^^;

..............................................

参照:KABU+PLUS

タグ:伊丹幸雄

2006年01月26日

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時間ですよ

TVドラマや漫画の追憶


1973_昭和48年_05
懐かしTVドラマシリーズとか歌謡曲一発屋の話題でも書こうかな?
と思っていた矢先に、ツバメの「空」の事件が起こってしまった。

さて、私のお気に同年代ブログの、今日のつれづれ。。に懐かしアニメソングの
話題が出ていて、私もちょい久にYOU Tubeにアクセスしてみた。

ひやぁ〜〜^^なつかしぃぃぃ〜〜〜^^

んなわけで、ちょっとサーフィンしてみたら、
懐かしい「時間ですよ」の動画に行き当たった..

真理ちゃん、若っ!
マチャアキ、きもっ!
美代ちゃん、おさなっ!


まぁ〜今の天地真理の風貌には酷評が多いが^^;
しかし、なんてったって私たちの中学時代の真理ちゃんは
スーパーアイドルであって、今で言ったら松浦亜弥と浜崎あゆみ
の二人が束になって対抗しても敵わない!ってな存在だったのだ。

てゆーか、私自身の風貌もすっかり変貌して
昔のアイドルの酷評は天ツバだけど(^^;

それにしても...
天地真理、堺正章、浅田美代子の三人の今現在との変わり
ように比べて、森光子がちっとも変わっていないところの
方が驚きかも(^^; ...........船越英二様(合掌)

.............................................

参照:Akai Fusen >YOU Tube

注:当該動画リンクは削除される場合があります。

2007-07-16筆

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2007年07月16日

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ある日の、北千住

TVドラマや漫画の追憶


高校の後半か、卒業したての頃のことだと思うのだが..

「あっ!あれ!天地真理ちゃんじゃないか!?」

友人と原宿に行った時...
彼が指さす神宮橋のロータリーをみると倒れこむような姿勢で黒塗りの車に乗り込むところで、近づいてみると女性のマネージャーらしき人が心配そうに介抱していた。

もうその頃は、人気のピークを過ぎていた頃だと思うがそれまで、とにかくTVのチャンネルをひねればいつも天地真理が映っていた。歌番組の絶頂期でもあり、人気番組=天地真理の出演だったのだから、そのスケジュールは殺人的だったのだろうと想像に難くない。

それから間もなく、キャンディーズが「普通の女子に戻りたい」と言って解散宣言をしたが、私はその解散宣言を知った時ある日の天地真理の姿を真っ先に思い浮かべた。

...で

私は、キャンディーズでは絶対スーちゃん派である!(^^;

高校三年の春休みから、大学2年まで毎年春休みは、北千住にあるカンダヤという老舗の文房具で、足立区内にある小〜高の教科書配布のアルバイトをさせてもらっていた。

私が普通免許を取得してからは、足立区内の工場や会社や学校に事務用品を配達するアルバイトとなったが千住新橋が渋滞しているとラッキーだった。何故なら「田中屋釣具店」の方を見て、ひょっとしてスーちゃんが実家に居たりしないかなぁ?と脇見運転ができたからだ(^^;

〜1979(昭和54)年〜
ところで、ちょうどその当時「三年B組金八先生」の区立桜中学は
「足立区立第二中学校」をロケ地
として放映されていたらしいが私は大学時代の夜はバイトに明け暮れていたので、TVを見るとしても、ほとんど0時を過ぎた深夜番組しか見ていなかったためリアルタイムで「金八先生」を見たことは1度もなく当時そこが有名な学校になっていたという実感はなかった。

それから28年経ち... 
ある日、東武線を使って浅草から北千住に向う途中懐かしい堀切駅付近を車窓から見たら

...え!?Σ( ̄□ ̄;)

と...と...東京未来大学!?

まさに泡沫(うたかた)のごとしの思いでした。

..........................................

参照:金八先生のロケ地

2007-07-18筆

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2007年07月18日

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お帰りなさいませ、ご主人様♪

TVドラマや漫画の追憶


お帰りなさいませ、ご主人様♪というセリフで浮かぶアニメはいわゆる『萌え♪系』ってやつですか?

年代の違いなのか、どうもあの手の画風に色っぽさを感じない。
でも、時代によって流行りの画風があるんでしょうねぇ。

昔も今も、私はいわゆる少女漫画は苦手だ。ストーリー云々よりも少年漫画と違ってカット割りが見づらい(==;
どかっと半ページ1コマ使ったかと思えば、三角形のコマがあったりと、どうにも目が落ち着かない。

今、おネエ★MANSと言われる...
假屋崎省吾、IKKO、真島茂樹、KABAちゃん、山咲トオル、植松晃士、の方々は、やはり少女漫画を読んで育ったのだろうか...
ちなみに、植松晃士のオフシャルサイトをみるとトップ頁にリボンの騎士風味のお城が出てくる。

男の子でも誰も見ていた、少女アニメといえば、アタックNO.1、サリーちゃん、ひみつのアッコちゃんだろうなぁ。
私自身もちょっとだけ、少女漫画風で描いたことはあったが、その基本は手塚治先生の「リボンの騎士」だったな。たぶん、みんなあの目の☆は参考にしたと思われ。

でも私が描くと、リボンの騎士に出てくるサリーちゃんをアッコちゃん風に描いたのか?(意味通じます?いわゆる手塚光二夫風味といいましょうか...)と友達に揶揄されていたっけ(苦笑)

学生時代やサラリーマン時代に電車の中でよく読んだのは、アクションとビックコミック&ビックコミオリジナルの三誌だったが、その頃から弘兼憲史作品にハマリだしましたね〜。

私にとっての萌え系は、弘兼憲史の描く「人間交差点」や「黄昏流星群」に出てくるどこか憂いを嗅ぐわせる女性画ですな〜(///∇//)


ところで...ゴルゴ13の画風の原点は007...って知ってました?

豆知識だよ〜! またな〜!! by 桜塚やっくん風味

2007.07.21筆

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2007年07月30日

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