第33回流山市民まつりと第10回流鉄の鉄道の日

流山チャンネル

第33回流山市民まつり 会場最寄駅は、流山セントラルパーク駅です。
流山セントラルパーク駅...駅名が長いのでマニアの間ではラルパ駅と言うそうです(ホントか?^^;)
更新途絶えそうなので、告知だけの記事ですみませんm(_ _)m

第33回流山市民まつり

平成23年10月30日(日)開催の第33回流山市民まつりの会場は、流山市総合運動公園・生涯学習センター周辺です。広報ながれやまのPDF資料は⇒こちら
つくばエクスプレスで、流山セントラルパーク駅は各駅停車しか止まりませんのでご注意をば^^;
でも、このリンク先の↑↑↑地図↑↑↑を見てわかる通り、流山セントラルパーク駅に一番近い駅は、流鉄の流山駅なんです。

古の流山線 昔の流鉄

鉄ちゃん&鉄子さんなら、流鉄流山線に乗って行かれるのも一興ですよ(^-^)
11月6日(日)には流山駅構内で開催される『第10回 流鉄の鉄道の日』のイベントもあります♪
第10回流鉄の鉄道の日: 2011(平成23)年11月6日(日)10時〜15時 ※雨天決行
会場: 流鉄流山線 流山駅構内 ※入場無料 駐車場はありません
内容: ●流鉄子供博士認定会
 問題は流山線各駅で10月29日(土)から配布
 当日も会場で問題を配るので、飛び入り参加もOK。
 全問正解すると流鉄子供博士認定書がもらえます。
●鉄道部品の展示
 現役・過去のヘッドマークや鉄道部品を展示
●流鉄ミニショップ
 いろいろな入場券セット、懐かしい記念乗車券,オリジナルグッズなどを販売
●乗務員室で記念撮影!
 先着60名様限定,当日9時から流山駅で時間帯指定の整理券を配布
●「みんなの流鉄号2012」
 平成24年正月に運転する「みんなの流鉄号」ヘッドマークに、夢や願い事を♪
...って。私自身は10/30・11/06も所用があって今年も両会場とも行けません(T_T)

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2011年10月27日

posted by たすけ at 23:59 | Comment(2) | TrackBack(0) | 流山チャンネル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第10回流鉄の鉄道の日 / 都心から一番近い森の街



流山チャンネル

明日(11月6日)は第10回流鉄の鉄道の日です♪
流山軽便鉄道株式会社の設立は、1913年(大正2年)11月7日となっていますが、営業運転を開始したのは1916年(大正5年)3月14日になります。

昭和初期の頃の流鉄

流鉄は何度か社名変更をしていますが、この路線図には流山鉄道株式会社と【赤城駅】が記載されていますので、昭和8年以降に印刷されたものだと思います。でも飛地山&加村台はだいぶ誇張して描かれていますね^^;
それと特に自転車乗りの方は驚かれるかもしれませんが、江戸川左岸の堤防上は松戸の古ヶ崎までずっと車道(旧流山街道)だったんです。

赤城駅は私が流山小学校1年の1965年(昭和40年)に【赤城台駅】と改称され、高校1年の1974年(昭和49年)に【平和台駅】とまた名前を変えました。←秀逸な参照先:二邑亭駄菓子さんのよろず話

この頃までは赤城台駅(平和台駅)の朝・夕は、鰭ヶ崎地区から流小に通う小学生で大混雑。児童数MAXの頃は約400人の流小児童が流山線で電車通学していましたから、そりゃもう流山線車内はピーチクパーチクの大騒ぎ(笑)
救いは都内通勤と上下反対方向でしたが、赤城台駅から乗車する通勤・通学者や馬橋方面から流山に通勤する乗客にとって、ランドセルに定期券ぶら下げた流小鰭ヶ崎軍団には、さぞ悩まされたことでしょう(笑)

台風や大雪などで、電車運行が難しくなりそうだ...流鉄から連絡が入ると鰭ヶ崎軍団は学校から早引き(早退)のお許しが出まして、授業も帰りの掃除も免除で帰る特権を持っていたものですから、それ以外の児童にとって、[赤城台駅←小→鰭ヶ崎駅]という定期券は、とても羨ましいご赦免状のように思えたものでした(笑)

まだ幸谷駅・小金城趾駅はなくて、大谷口駅が記載されていますが、私が高校生の頃までは、大谷口の踏切そばの新坂川沿いに、大谷口駅ホームの名残がまだありました。
母校小金高校の最寄駅は流山線小金城趾駅なのですが、流山線を使って小金高校に通学していたのは流山南部中卒の生徒くらいでしたね。私は普段は自転車通学でしたが、たまに流山線を使って通学することがあり、小金城趾駅でのタブレット交換はいつも見ていました。『信号保安設備をタブレット式から単線自動閉塞式に変更したのは1982年(昭和57年)』


流山町観光案内図(昭和30年頃)

この↑↑地図↑↑はクリックで拡大します。
(現在では想像もつかない記載がありますので、是非拡大してご覧ください^^;)
流山線は、流山電気鉄道株式会社と小金城趾駅が記載されており幸谷駅がまだありません。
東武野田線は、もちろん流山おおたかの森駅がある筈もなく、江戸川台駅も記載されていませんので、昭和28〜32年の間に印刷されたものだと思います。『江戸川台駅開業は、私の生まれた1958年(昭和33年)』

...で。現在では想像もつかない記載とは?
流山本町の赤城神社や近藤勇陣跡などは現在と変わりありませんが
初石駅の前後(=現在の江戸川台駅と流山おおたかの森駅)のキノコマークにご注目^^;
春の蕨、秋の茸狩り
老松にかこまれ、昼なほ暗き:駒木の里の諏訪神社は年々10万人の参詣者があり有名であるが、朝露を踏んで神殿も詣で、蕨、また茸狩りに一日を楽しむ者が多い。
また金比羅神社は、胃腸病に霊験があるといはれ共に、この邊り一帯は蕨狩、茸狩の好適地として都人を招んでいる。
 まさしく『都心から一番近い森の街』 流山です♪(笑)

上記2枚の路線地図画像は
ita-sanさんの【流山鉄道博物館 鉄道考古学】から拝借致しましたm(_ _)m
【流山鉄道博物館 鉄道考古学】には、これ以外にも流鉄の珍しい記念切符など、内容盛りだくさんでしかもコンパクトに整理されています♪第10回流鉄の鉄道の日記念に、是非ご参照くださ〜い♪

流山線に乗って(昭和36年)

これは1961年(昭和36年) 流山駅の流鉄車窓からバイバイする当時3歳の私です^^;
叔母に連れられて、祖母の待つ黒磯駅(現.那須塩原市)に向かう直前に撮影されたもので。どのくらいの期間だったか憶えていませんが、幼い頃の一時期、私は黒磯神社のすぐ脇で祖母・叔母・叔父と暮らしていました。

1962〜63年(昭和37〜38年)頃の、流山駅舎や構内の様子を鮮明な写真に残されているのが
katsuさんの1960年代流山電鉄の回想です。

流山駅舎(昭和38年)

懐かしいなぁ・・・幼い頃、流山駅の前には街頭テレビがあって、野球やプロレス中継の時はかなり人だかりがあったものです。

流山線と飛地山(昭和38年)

4枚目の写真で奥に見える飛地山が大きく削られていますが
小学生の頃は、よくこの崖面で爆竹や2B弾で発破ごっこをしたものです^^;


以下6枚は、つい最近2011年(平成23年11月撮影)の流鉄:流山駅付近の風景です。

流山駅舎(平成23年11月)

流山駅(切符売り場)

流山駅前(平成23年11月)

街頭テレビがあったのは、この写真で云うと『ようこそ下総流山へ』の奥くらいですねぇ・・・

流鉄(平成23年11月)

流鉄車庫(平成23年11月)

流鉄青空号(平成23年11月)

昔では撮れなかったアングルは、飛地山の斜面や線路を跨ぐ陸橋からの構図かな?

3歳の流鉄乗車の写真から50年が過ぎました。
その間沿線の宅地開発が進み流山線にも3両編成が登場しましたが、2011年(平成23年)5月15日をもって最後の3両編成(若葉号)が引退しました。編成車両の詳細や流鉄にまつわる逸話などを整理されているのは、安房守源義将さんの⇒こちらの記事です。

あと50年もしたら、今の小学生がこの写真に流鉄のノスタルジーを感じるのかなぁ・・・

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2011年11月05日

posted by たすけ at 05:38 | Comment(3) | TrackBack(0) | 流山チャンネル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

交通文化連盟と流山線と新選組

流山チャンネル

交通文化連盟と流山線と新選組・・・これらの関連性について...また長文になりますが。

私、コンプレックスがあります。それはすぐに興味の対象が変わって、一途にやり遂げる継続力がないことです。なので、人生をかけて一つのことを追い続けている方に出会うと、その方を尊敬すると同時にすごく興味を惹かれます。
今回の吉野俊太郎さん(=安房守源義将さん)との出会いがそのケースで、代表を務める特定非営利活動法人交通文化連盟(以下、交通文化連盟)ってどんなNPOなんだろう?と、ここ3週間ずっと交通文化連盟の関連サイトやブログを通読させて頂いていました。

けど、まずちょっと、忌憚のない苦言をば...
特定非営利活動法人交通文化連盟のトップ頁(フレーム構成)は⇒こちら なのですが公式ホームページの文字をクリックすると、メニューが出ますが、ま〜、とにかく見づらい(>_<)! わかり難い!(>_<)!クリック先に同じ内容が重複する頁がいくつもあり、HPとしては最悪な作り方です。
いやぁ〜こんなにイライラするユーザビリティの悪いサイトは久々に出会いました。
これでは訪問者が、読み進む気が失せてしまいます。

最も感銘した【走将C623】のコンテンツもトップ頁から辿りついたのではなく、"C623,復活"という検索から辿りついた訳で。特定非営利活動法人交通文化連盟とはという自己紹介頁さえも、TOP頁から辿りつけないサイト階層(ディレクトリ)になっています。

もったいないなぁ・・・いずれ作り直すのだと思いますが・・・・
とりあえず、交通文化連盟に興味を持った方は、トップ頁ではなくこちらの⇒交通文化連盟総合案内をお気に入りに登録されておいた方が無難だと思います。

さて、交通文化連盟の事業(活動)一つに、鉄道輸送警備隊があります。

鉄道輸送警備隊01

明確な組織・指揮系統を持って警備ボランティア活動を始めたのは、私達が日本で最初で、昭和57(1982)年5月3日にスタートしました。当初は北海道鉄道研究会(任意団体)の部科として6名が任命され、以来20余年一貫してイベント列車や蒸気機関車運行時の「自主的な防災防犯警備活動」を行って参りました。

今でこそ、阪神淡路・東日本大震災を経て、ボランティアとは遊び半分(物見遊山)で参加するものではない。との意識は高いと思いますが、昭和57年当時でこのような意識をもってボランティアに参加する人は少なかったと思います。ましてや、年齢的に若いリーダーとなってしまった吉野さんにとって想像を絶する苦労があったのだと思います。

私、最初に、交通文化連盟の鉄道輸送警備隊規約⇒こちらを見た時、正気とは思えないほどの条項の羅列に「なんじゃこりゃ???」「このNPO団体に近づくのは止めよう」
...とまで思いました(苦笑)

しかし、前記事【C623復活に夢をかけた少年の話 / 大いなる旅路】を詳細と走将C623のリンク先まで、全て読まれた方なら理解されたと思うのですが、C623復活計画はボランティア(市民運動)によって成功し、その破綻(挫折)の原因もまた、ボランティア自身(=内紛や無責任感)であったことへの深い反省に起因しているのです。特に鉄道運行に関わるボランティアは安全運行が第一義であり、警察と同様、いえ、ボランティアであるがゆえに、警察以上の規律や統制をしておかなければ...という事だったのですねぇ。

交通文化連盟の代表者:吉野俊太郎氏のブログは常在戦場!〜安房守義将之勝手御免〜のブログというブログ名ですが....常在戦場!ってどういう意味から?
特定非営利活動推進法には「地域の安全」を行う事業と明記され、特定非営利活動法人として独自に市民防犯活動を行うものも随分増えて参りました。しかし、社会文化ボランティア系NPOで警備隊を持っているのは、私達交通文化連盟だけです。
(・・・そんな警備隊活動の中で・・・)
やはり、鉄道マニア相手に怒号浴びせて、駆け回る方が幸福ですよ。
そして・・・そんな現場=戦場こそが、小生が「生きている」っと実感できる唯一の瞬間でございまして、まぁ日々常に戦場に在る緊張感には包まれて居ります。
なもんで、タイトルが常に戦場に在り・・・「常在戦場」なんですけれどねぇ
http://ameblo.jp/alphax/entry-10929930013.html
ん〜...やっぱりこの人ちょっと変態かも?(笑)

吉野さんに会う時、この人、たいてい制服を着ています。制服フェチなのかなぁ?
と思っていましたら...上野駅学生臨時雇用員(臨雇)時代に、改札助役さんからの
「学生と言っても御客様から見たら、国鉄職員なんだ。我々は制帽と制服の襟に3つの動輪を掲げているんだが・・・これは御客様の身体・生命・時間に関する約束を守りますよと言う誓いでもある。だから仕事中は制服と制帽の3つの動輪を下げてはいけない。」
この心構えが、染みているのだと知りました。

鉄道輸送警備隊02

確かにスッタフジャンバーのような軽装よりそれらしい制服を着用した方が、警備する側は気持ちが引き締るだろうし、乗客や鉄道ファンへのアピールとしても効果的かもしれませんね。
それにしても同じく鉄道を愛する人々の、敢えて嫌われ役となり、なおかつ無報酬で警備ボランティアをすることは辛くないのかなぁ?...と思っていましたら。
現場で貰うエネルギーは、その汽車に向かって笑顔で手を振る人達なんです。
刹那的ですが、その位の覚悟が無ければイベント列車の企画・運営・警備なんて一貫して出来ませんよ。全て生身の人間が相手ですもの。
ですから鉄道輸送警備隊のコードネームは全て武士の名乗りとなっているのでございます。
http://ameblo.jp/alphax/entry-10518945269.html
...だから武士の名乗りなのねぇ。。。



私が交通文化連盟を知ったのは、小樽-ニセコのC623復活劇ではなく、流山線と新選組からです。⇒交通文化連盟:幕末機動警察隊・北総新選組

幕末機動警察隊・北総新選組

以下は、交通文化連盟サイトや〜安房守義将之勝手御免〜ブログからの引用で、本来は引用記事URLを記述しなければ失礼なのですが、どこの記事だったか探しても見つけ出すことできなくなりました すみませんm(__)m

〜吉野さんと鉄道関係の師との会話より〜
「君、これはまた面白いね、新選組?」
「路線全体の旅客誘致を進める為には、駅を基軸として魅力的、元気が必要と・・・」
「ほう・・・」
「駅ごとに御客様が立ち寄っていただける仕組みを出来る限り行政に依存しないで作る
そんな方程式を作りまして、各地に輸出したいのです・・・」


本来、当該事業は
「流山線沿線に於ける観光スポットの誘致促進を図り、当該路線利用旅客の増加を目論むもの・・・」(事業計画書による)でして・・・

基本方針は行政等に依存若しくは干渉されず、またしない・・・
つまり税金をとにかく使わないで民間力によって住宅街の観光史跡を盛り立てて、
「並行してこの周辺に徒歩での観光来訪客を誘致し、その「滞留時間を引き延ばす」ことによる周辺商店街への直接的「経済効果」の拡大と、流鉄利用者、ことに「普通乗車券」による利用を促進する起爆剤として」

つまり、街の中を色々歩いて頂いて、ついでに飲み食い買いして頂こうよ・・・
つまり、ファンクラブでもコスプレ倶楽部でも無いから出来たんです。

手作り観光スポットによる鉄道利用増加。
「流山スタイル」ってのを具現化しようぜ。
かなり多くの方に誤解をされていると伺いましたので、明確に否定しておきます。
特定非営利活動法人交通文化連盟は、交通文化財保存活用・地域観光創造・国内旅行需要喚起・ボランティア人口の拡大と言う四点が基礎で、目標は日本最大の蒸気機関車C62形式重連永久運行の実現です。
北総新選組=新選組ボランティアは地域観光創造事業の一環として行っているものでして、ウチは新選組のNPOではございません。


7月3日日曜日・・・私は流山「大久保大和守剛本陣跡」の隣で目覚めた。
前日の夜に地元商店会が主催した「せんげん誠祭」で、史跡とされている長岡屋七郎兵衛邸跡地土蔵前の通りにロウソクを並べたコンテンツの防災対策要員として泊まり込んでいた。
新選組とC623機、全く関係が無い様に見えて、歴史的には細かい事だが関係はある。
それもそうなのだが、現在のこの渾沌とした日本で「蒸機復活」を確実にして行く為には、この一見すると寂れた商店会がC623機復活の大きなカギを握っている。

私は政治家では無い、そんなものになりたいとも思わないし、あんな大変な仕事をやれるとも思わない。が、この国では鉄道は政治と密接な関係を保ち続けているので、単に趣味として好きだの嫌いだのと言っている限りには政治は無関係ではある。しかし、現場の職員や一歩その世界に足を踏み入れた場合にはイヤになる程政治的である。

殊に蒸気機関車プログラムは、独自の機材としなくても巨額の費用があれよあれよと飛んで消えるもので、実現を考えた場合には「1円の有効的使用」が正否の鍵になるのである。
その為には無駄な費用=無駄な時間こそ大敵ではある。
その最先端は鉄文協による前回企画である。
しかし、その実現には直接政治的パワーは使われなかった・・・
むしろ「鉄道屋人脈」のパワーがモノを言ったのである。
かくしてC623機は走った・・・しかし、7年で破綻した。
その苦い経験から導きだした私なりの方程式は「地域活性化主眼」
と言う事だったのである。

さて、実効的に鉄道と地域産業活性化を結び付ける方法論を
と言うとこれが案外難しいもので、一定の方程式として簡単には当てはめられない・・・
鉄道の性質や地域の特性も大きく左右して来るからである。
他方、作業内容は差異があってもコンセプトが一定普遍なものがある筈で
「新選組流山本陣守備隊」はそれを見い出す為の壮大な実験場なのである。
とは言え、C623機の犠牲に流山をするつもりも意図も無い。
むしろ流山で大成功をしなければC623機は無いのである。
昨年3月から現場に出て、解った事が幾つかあるが、その中で最も大きい収穫は、
「誠実こそ最強の信用」と言う事である。

時として余りに道のりが遠く、弱気にもなるし愚癡も出る。
しかし、電灯の下で私達ボランティアに多々御馳走を用意して提供し、労いをしてくれる大恩あるかの商店会の人々の姿を若干二日酔いの頭に水を掛け考えれば、遠い様で確実な前進になっているのである。

しかし、小樽は遠い。その精神的距離を粘り強く諦めないで走り続けられるかどうか・・・
実はその一点がC623機再復活の「答」だったりするのである。
(2005/07/06)


正直、私(たすけ)にとっては「もし、C623の再々復活が叶えられたら凄いなぁ...」
という他人事なんです....すみません^^;

C623復活

興味と感銘を受けたのは『行政等に依存若しくは干渉されず、またしない・・・つまり税金をとにかく使わないで民間力によって住宅街の観光史跡を盛り立てて』
ということがホントに実現するなら、何か自分でも協働出来ることはないかなぁ...
という点で、交通文化連盟に賛同する訳なんです。....と同時に

もし、拙ブログ読者の中で、流山市民の方や、流山行政に関与されている方がいらしたら
このような団体がすでに7年以上も、流山市内で地道な活動をしていることを知って頂きたい
と思い、長々記事にしてみた訳です。

ただ、吉野俊太郎さん...この人、基本的に変わり者です。
自論も何十年と歌い続けておりますと、迷惑がキャラクター
と評価の変化が現れる事がございます。
どんな人でも主義や熱くなれるものはあります。
その「骨」が、ふらふらしないかどうか・・・
どうもそれが重要なのらしいですわ
...とご本人が仰っているくらいですから(笑)

行政予算の縮小を迫らている現在、流山市をはじめとして、文化施設・事業のたいていはNPO団体に委託という形で運営されています。委託=下請けと考えれば、結局は税金を使っているのと変わりありません。全くの行政支援なくして町おこしをすることは、現状ではかなり困難だと思うのですが、国鉄分割民営化(合理化の嵐)の中で、C623復活という不可能を可能した体験を持つ吉野俊太郎さんの、強い信念に敬服する次第です。

※.本記事の画像は、全て交通文化連盟に承諾を得て掲載しました。
  私自身は、同団体のメンバーではありません。

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2011年11月14日

posted by たすけ at 23:51 | Comment(2) | TrackBack(0) | 流山チャンネル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

なでしこ新選組 / 休日、私は武士になる! / 北総新選組案内処

流山チャンネル

なでしこ新選組...は、私が勝ってに感じつけたネーミングで
休日、私は武士になる!...は、北総新選組・式部少輔(=なでしこ新選組キャプテン)さんの受け売りなのですが...その前にちょっと時代劇の思い出を。

ボクはいつか武士になる!1962年(昭和37年)

これは、1962年(昭和37年)の流山セントラルパーク駅入り口付近に立つ4歳の私^^;

流山セントラルパーク駅前付近の風景

んで、こちらが現在の同場所で、同じアングルで撮った写真。
ちょうど、マンホールの位置が私の立ち位置で、昭和37年の写真の正面に見える木立の辺りが、現在セブンイレブンや歯医者さん(亀の井歯科)がある場所です。

休日、私は武士になる!

んでもって、これがそれから約50年後の私。
「ワ〜イ!50年経ってようやく念願の武士になれたぞぉ〜♪」(爆)

え?そんな小さい頃から新選組が好きだったの?...いいえ^^;
たぶん竜巻小天狗になったつもり、だったのだと思います。
忍者と同じように背中に刀を差していますから^^;
私らの子供時代は竜巻小天狗をはじめ、忍者部隊月光、風のフジ丸、サスケ、仮面の忍者赤影、カムイ外伝とか時代劇ヒーローは忍者物が多かったような気がしますねー あ!忍者ハットリ君も(笑)

何故に突然、新選組? ...実はですね....

利根運河・流山本町ツーリズム(=流山の観光を盛り上げよう)の勉強会に出席させて頂いて
流山本町と言えば何? 味醂と一茶と新選組?
ん〜...新選組については「新選組血風録」「燃えよ剣」とかのドラマの世界しか知らないしなぁ。。。

過去記事にあるように、私は2004年に放映されたNHK大河ドラマ「新選組!」は、ほとんど観ていなかったのですが、この大河ドラマによる新選組ブームで、全国あちこちで新選組同好会や町おこし隊のようなサークルや団体が誕生したようです。
それと今回の新選組ブームは大河ドラマ「新選組!」の近藤勇、土方歳三、沖田総司が、SMAP香取信吾、山本耕史、藤原竜也というイケメン隊士の影響なのからか、いろいろな新選組関連のイベント動画を見ても女性隊士(=なでしこ新選組隊士)の比率が高いことに驚きました。

う〜ん...ちょっと新選組について、勉強し直せば...つまりは、
思い立ったら、直ぐに現地(フィールドワーク)に行かねばと。

しかし、新選組誕生のルーツを辿れば、清河八郎の庄内藩(山形県)なんですが、まさかそこまで足を伸ばせないので、とりあえず、近藤勇や土方歳三の出身地の日野市に行った時、ちょっとコスプレしてみた訳なんです^^; (それについては、後日記事にします)

流山近藤勇陣跡01

...で。流山駅や流山本町(根郷)の新選組陣跡(=近藤勇陣跡)前に、いつも新選組のだんだら羽織を着ている方々がいらしたのですが、これまではお見かけしても特にお話しするでもなく、素通りしていたのですが、ほんのちょっと自分も新選組気分を味わってしまったものですから、なんとなく親しみ感じちゃって(苦笑)

流山近藤勇陣跡02

「こんにちわ、新選組流山隊の方ですよね?」
「いいえ、私たちは北総新選組です!」
「・・・え?・・・」


・・・これが、私と交通文化連盟との出会いだったんです・・・
     [関連記事その1]  [関連記事その2]

休日、私は武士になる!

休日、私は武士になる!...とは。【幕末機動警察隊・新選組 北総新選組案内処】で、なでしこ隊士のリーダー役を務める『稲葉式部少輔さん』の台詞だったのです...すみません、パクリました(^^;)

「休日、私は武士になる!」どころか1年365日、身も心も武士みたいな方で。しかも、これは私のようなコスプレではなく、れっきとした制服だそうで(驚)若い隊士をリードする率先垂範ぶりは、なでしこジャパン・キャプテンの沢穂希のような方でした。

何より驚いたのは、7年以上も新選組:近藤勇陣跡で流山本町を訪れた観光客のご案内係を継続されていたことで。現在は、3〜11月の晴天日祝日11〜17時ということですが、ほとんどの土日祝、北総新選組の方々が流山近藤勇陣跡にて無償の観光案内をされていたのですねぇ。

まさに、流山本町ツーリズムの率先垂範ホスピタリティを実行されていた訳で なんだか...
『先ずは、新選組のにわか知識とコスプレから入ろう』とした私が恥ずかしくなりました。そして、地元でずっとこのような地道な活動をしている団体があることを知らなかったことに恐縮いたしました。

【北総新選組】の正式名称は、「幕僚長=吉野さん」曰く 特定非営利活動法人交通文化連盟社会局地域部主管・鉄道輸送警備隊第三業務隊東葛方面派遣隊」...って。長すぎるよぉ(T_T)

長いのには、それなりの理由がある訳なんですが...
リンク先読んだ方は目が点になったでしょ?
..っていうか、全部目を通さずに閉じてしまった人が大部分かと(^^;)
だって私も最初「なんじゃこりゃ???」だったもん(^^;)

まぁ、直接お会いしてお話しすると
なでしこジャパンの佐々木則夫監督みたいな、とても気さくな方なんですけどね(^^;)

幕僚長さん自身も『普通 そんな煩い事言うところに、ボランティアなぞしに来ませんて。指揮官は変態でも 隊員は立派です はい』と書いていらっしゃいますが。
7年以上も流山新選組本陣跡を中心に流山本町の観光案内のボランティアが続いている事。
交通文化連盟の奇怪なる仕組みと活動が30年も続いていることに興味を惹かれまして。

交通文化連盟の各コンテンツ
【常在戦場!〜安房守義将之勝手御免〜】
【幕末機動警察隊・新選組 北総新選組案内処】などを通読してみた訳です。

いや〜耐震偽装事件や広島ドッグパークの時に【きっこのブログ】を通読して以来の記事数と文書量でした(>_<) でも、そんなこと言いながら、のめり込んで通読した私も変態ですよね(自爆)

北総新選組オリジナルキャラクターしもうさ.
これは、北総新選組オリジナルキャラクターの "しもうさ"(^-^)

北総新選組の運営母体は、規律と統率を重んじる【交通文化連盟】なので、上下関係や礼儀作法などはしっかりしているのですが....
他の新選組サークルと同様、若い女性の「なでしこ隊士」が多いものだから
鉄道趣味とは全く縁の無い新選組ボランティアから声が上がりました。
「これって何処に行けば乗れるの?」
「無くなったよん。部品が確保できないってんで、何年か前に・・・」
「そ〜なんだ、可愛いよね。」
こっちがへ〜そ〜なんだ。です。
汽車見て・・・可愛い・・・なんだ。
...と。もはや、中年となった『C623復活に夢をかけた少年』も
ジェネレーションギャップに戸惑う日々のようです(笑)

流山で生まれ育った私にとって、正直、流山の近藤勇陣屋跡なんて、全国に点在する他の新選組関連の史跡と比較すると、しょぼい史跡だよなぁ...とこれまで思ってきたのですが
北総新選組案内処のおかげで、胸を張ってご紹介できる史跡になりました♪

流山市(流山駅)にお越しの際は、是非⇒地図【近藤勇陣屋跡:北総新選組案内処】
にお立ち寄りくださいませませです♪ 『徒歩5分』もかかりませんヨ♪
冒頭写真の、流山セントラルパーク駅(つくばエクスプレス)からだと『徒歩25分』くらいです。
但し3月〜11月の日・祝(11時〜17時位)で
雨天の場合は、休止となっていますのでご注意をば(^-^)

*お詫び:関連記事中に大山格氏に関わる記述がございましたが、私は同氏とは面識も関係もなく、誤解を招いてしまった事を、ここにお詫び申し上げます。

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2011年11月15日

posted by たすけ at 23:21 | Comment(6) | TrackBack(0) | 流山チャンネル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ALWAYS 流山線運転席の車窓から

流山チャンネル

ALWAYS[いつでも]よりFOREVER[いつまでも]と書いた方がわかりやすいのかもしれませんが、今記事は自記事・他記事へのハイパーリンクを多用します。お時間のある時にお読み頂ければ幸いですm(_ _)m



昭和40年。まだサザエさんが江利チエミ実写版で、ワカメ役の上原ゆかりが国民的マスコットだった頃私は流山小学校に入学しました。そして、買ってもらったばかりの勉強机の引き出しに、マーブルチョコおまけの鉄腕アトムのシールを擦りつけていました(^^;)

男は元々狩りをしたから、動くもの、例えば車とか電車、飛行機とかに本能的に興味を示す。女は元々採集をしたから、小粒で形がそろってカラフルなものに興味を示す。と聞いたことがありますがどうなんでしょう?...あると思います(^-^)

電車かばんと改札鋏

参照:昭和レトロ制作委員会【駅員さんごっこ】

私は鉄道の改札係(切符切り業務)に憧れました♪
カチ,カチ,カチ,カチ♪ カチ,カチ,カチ,カチ♪と、リズミカルに改札鋏を操り、右に左にどんどん乗客をホームに入場させる。逆手?というか腕を交差させて鋏を入れる姿がかっこいいなぁ♪なんて眺めていて...

持たせ切り=乗客の手ある切符に鋏を入れる(ホントは危険でよくないそうですが、でもこれもカッコイイ♪)...なので、流山駅・赤城台駅・馬橋駅で...
「よし!このタイミングならどういう角度と高さで切符を差し出したら、改札係が持たせ切りがしやすいか?」
子供ながらに、改札係のお兄さんに手間を煩わせまいとする、気配りだったのですが。こちらの意図が伝わると・・・
「おっ!坊主、サンキュな♪」
というアイコンタクトで、持たせ切りをしてくれる。この瞬間が何より嬉しかった(^-^)

宮本団地

電車かばんは、憧れの玩具でしたが、なかなか親には買ってもらえず、叔母がそんな私を気遣ってやっと手に入れたおもちゃの改札鋏♪付属の紙切符はあっという間に無くなり、目の前のひろっぱ(=児童公園)のゴンドラ式のブランコを電車として。
「ガッタン、ゴットン♪ガッタン、ゴットン♪」
「次はぁ〜鰭ヶ崎ぃ♪次はぁ〜松戸ぉ」
と、車掌係の声

ブランコが止まると改札で待っていた乗客が乗り込みます。生垣の葉っぱをちぎって切符としました。どこにである緑の葉っぱは、普通乗車券。斑入りや黄色に色づいた葉っぱは、急行券や特急券。そんな風にして葉っぱを切っていたら、おもちゃの改札鋏はあっという間に錆てしまいました(^^;)

流山線と飛地山(昭和38年)

小1〜2の頃、流山線で馬橋の眼医者まで通っていました。いつものように運転席の真後で、流れる線路を窓越しに眺めていたら、小金城址から保線係のおじさんが乗ってきて...

「運転席・・・入ってみたいか?」
「うん!」
「じゃぁ、ちょっとだけ、内緒だぞ」


おじさんは、私を後ろから抱きかかえるように支えてくれながら、運転士となにやら会話していましたが、内容まで覚えていません。けど・・・幸谷駅を数mほど、オーバーランしてしまいました。

「あっ!ボクのせいなのかな?(>_<)」...と子供ながらに恐縮してしまったのですが
「やっぱり、話していると駄目だな^^;」

その時、運転士はブレーキのタイミングとスピードは、目視とガタン♪ゴトン♪のリズムを身体に染みつけて調節していることを知りました。馬橋駅に着く直前に・・・

「さ、怒られちゃうから。ここでな」
「ハイ!ありがとうございました♪」


もう45年以上経ってしまいましたが・・・今でも時々、運転席の後ろから流れる線路を窓越しに眺めていると、いつでも・いつまでも[always]温かく優しかった流山線が蘇ります。



第2回流鉄展

さて、2月19日(日)。杜のアトリエ黎明で開催されていた、第2回流鉄展[最終日]を観に行きました。

第2回流鉄展02

おぉ!入口からして凝っている!期待に胸躍りました♪(嬉)

第2回流鉄展03

第2回流鉄展04

会場内は流山線や流山本町のとても懐かしい写真や、Nゲージ模型で溢れていました。

流鉄歴代車両

特に、これっ!

「うわっ、すごい!流鉄の車両をこんなにずらっと見たのは初めだよ」
「もったいないぁ。これを流山駅で常設展示や操作ができればいいのにねぇ」

せめて、流鉄鉄道の日だけでも、流山駅の特設会場とかでできればいいねぇ・・・と
鰭ヶ崎駅そばでNゲージ運転場を運営する、日本ぴょん太鉄道のスタッフさんに水を向けると。
「そうなんですけど・・・流鉄さんが消極的で・・・」

ま〜その内情は、こちらの回答が一番詳細・的確に書かれています。私も、レトロ電車やフリー切符など「利用促進」のソフト整備と、商店街・市民団体を巻き込んでの展開が望ましいと思っています。
電車は人を運んでナンボです。流山線で人が動けば流山本町のみならず、流山の観光資源が生かされます。平日に自由な行動ができるシニア世代となった鉄道マニア・写真マニアが首都圏には相当いるし、流山は都内から気軽に日帰り【大人の遠足】が可能な土地です♪

えっ?そんな簡単に言うなら、おまえが主導してやってみろ?

アトリエのテラス席

う〜私に、杜のアトリエ黎明の主だった秋元平八【5世】の財力と決断力があったなら、もう一度、市民鉄道「流山線」を復活させるのにぃ。。。

でも、たぶん本気で言い出したら、『自転車バカから鉄道バカ?うちがこんな苦しい状態なのに、もぅいい加減にして!!』と女房様から離婚言い渡されちゃうな...今の私に出来ることは、ブログに色んな情報を書き出すくらいです。すみませんm(_ _)m

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2012年02月21日

posted by たすけ at 21:25 | Comment(23) | TrackBack(0) | 流山チャンネル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年利根運河のお花見情報(知らないと損する?)

流山チャンネル

そろそろ2012年の流山のお花見情報を...まずは利根運河から(^-^)
今年(平成24年)の東葛地域(千葉県北西部)の桜の開花は4月1日(日)あたりになりそうですね。

2012年の運河桜まつり[流山商工会議所北部支部主催]
は、4月1日(日)に予定しているので、今年はちらほら咲いている程度かもしれませんね。
でも、つきたての餅や模擬店は例年通り出店されますよ♪
※10時〜15時(小雨決行)問い合せ 04−7154−3741

利根運河の桜まつり2009
利根運河桜まつりの過去記事⇒2008年 2009年

でもなぁ...花咲いていないと意味ないよなぁ...と思った。そこのあなた!
おなじ4月1日(日)のみんなで歩いて走ろう&お花見・豚汁会
ちょっと朝早いですが、東深井地区公園(通称古墳公園)に集合して、体力&コース別にウォーキングとジョギングして。終了後に豚汁を食べながらお花見という手もあります♪
参加費はたったの200円ポッキリ♪ 水筒・タオル・帽子は各自で用意してくださいね♪
申込みは不要ですから、当日の朝、気が向いたら東深井の古墳公園にGO!ですよ(^-^)
※7時〜7時30分までに集合 雨天中止問い合せ 04−7150−6106

利根運河の桜と梅所と桜所.jpg
↑↑クリックで拡大します。この利根運河絵図の全図は⇒こちら

2012年の4月1日は、満開の桜は望みうすですが、梅はちょうど満開時期かもしれません。
利根運河の両岸には、農道(畦道)のあちこちに、梅が植えられていますが梅林としてまとまっているのは2ヶ所です。歩いてもたいした距離ではありませんが、利根運河交流館でレンタサイクルを借りれば、理窓公園を含め、花見所を簡単にぐるっと回ってこれますよ(^-^)
梅見所(梅林)を追加したついでに、利根運河の花見のWC場所をハイライトしておきました。

利根運河桜まつり

ゆったり場所を取れるのが【眺望の丘付近】(我が家は今年も7日(土)ここで花見です♪)なのですが。残念ながら、ここは近くにトイレがありません。なので、運河水辺公園やにおどり公園でレジャーシートを広げる花見客が多いです。
最近はコンビニのお弁当でも充分美味しいですが、せっかく運河に来たならば、運河コロッケでおなじみの、運河橋のすぐそば【ふれ愛ショップ三喜】の弁当やお惣菜をおすすめします。
ふれ愛ショップ三喜⇒運河店の地図
ここで使用される野菜は、社長さん自ら育てた有機野菜を使用しているんです(^-^)

利根運河桜まつり

でもなぁ...歩いたり、走ったりするの苦手なんだよなぁ...と思った。そこのあなた!

4月7日(土)のうんがいい!利根運河の花見と踊りと音楽のまつり
利根運河交流館では、運河水辺公園で「利根運河の花見」を開催します。各種模擬店が出店するほか、バランサcom&松戸セレージャのサンバダンスや、有吉かつこさん出演の「うんがいい!ライブ」も開催されます。今年は4月7日(土)8日(日)がお花見最盛期でしょうね(^-^)
フォークソングライブが10:20〜10:50 サンバダンスユニットが11:45〜12:15
※10時〜15時 雨天中止問い合せ 04−7153−8555

2012利根運河のうんがいい花見



でも、私的には4月7日(土)は、利根運河の花見だけで終わるのはもったいない!

2012年4月7日(土)8日(日)は流山本町(流鉄流山駅・平和台駅付近)で第1回流山スプリングフェスタが開催されています。

第1回流山スプリングフェスタ

ちょっと記事が長くなるので、別項で続きとしますが、4月7日(土)は、利根運河で桜と踊りと音楽を楽しんだら、利根運河交流館でレンタサイクルを借りて江戸川の菜の花ロードにGO!ですよ(^-^)

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2012年03月23日

posted by たすけ at 22:15 | Comment(6) | TrackBack(0) | 流山チャンネル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

江戸川の菜の花物語(流山のはなさかじいさん)

流山チャンネル

江戸川の菜の花物語...を語る前に。

幸福の黄色いハンカチなどでも良く知られていますが、ひまわりや菜の花など、黄色の花は、希望とか平和とか、幸せを連想させてくれる花ですよね(^-^)
【菜の花とは】アブラナ科の花を総称するので、キャベツの花でもダイコンの花でも、菜の花には違いありません。ただ一般的に【菜の花】と言うと....カラシナ(からし菜=種子がカラシの原料)か、アブラナ(あぶら菜=種子をナタネ油の原料)を呼んでいるようですが、ぱっと見た目ではすぐに区別がつきません。
また、土手や荒れ地に自生するカラシナと畑植えのアブラナが、交雑して両方の特徴を持つ【菜の花】もあったりして、その区別はますます難しくなります。
アブラナとカラシナの区別に詳しいのは⇒こちらのブログ

新川耕地の菜の花(セイヨウカラシナ)

これは、新川耕地に咲いていたカラシナです。(西洋カラシナ?)2008年撮影

江戸川土手の菜の花(セイヨウアブラナ)

これは、江戸川土手に咲きだしたアブラナです。(西洋アブラナ?)2012年撮影

カラシナとアブラナの見分け方

両方の赤い枠を拡大したのがこちらで・・・
新川耕地の菜の花は、カラシナ本来の葉のギザギザは見られませんが、葉元(葉柄)が茎を抱いていないので、アブラナではなく。
江戸川土手の菜の花は、ナノハナの特長である、葉元が茎を抱くように付いているので、アブラナであることがわかります。

第1回流山菜の花まつり
江戸川の菜の花ロード(流山市下花輪付近)

2012年に開催される第1回流山スプリングフェスタは
別称-流山菜の花まつり-としているのですが...これは
毎年春に江戸川の土手を黄色の絨毯で覆う、菜の花【アブラナ】を冠している訳で。

流山市の江戸川堤防を覆う菜の花はカラシナが自生して増えたものではなく。
流山のはなさかじいさんがお孫さんの何気ない一言に一念発起して、10年以上の歳月をかけて、コツコツと増やしていったセイヨウアブラナの、れっきとした菜の花なんです。
関連記事⇒江戸川CRの菜の花ロード

その後、流山本町の自治会や埼玉県側の自治体でも「はないっぱい運動」などが起きて、いまでは流山橋から上流は江戸川両岸は菜の花で埋め尽くされます。玉葉橋〜野田橋にかけての埼玉県側の「菜の花」は、自生のカラシナとの交雑が進んだのか、流山の菜の花より背丈の高い菜の花が多いようですね。

江戸川の菜の花ロード(三郷市)
江戸川の菜の花ロード(流山市流山3丁目付近)

上述の、ぐるっと流山の記事を引用します...
土手は国土交通省管轄のため、地元県議を通し枯れた菜の花の刈り取りを、種摘みが終わるまで遅らせるよう要望するなどの苦労を重ねたといいます。最近では、周囲の自治会の方々も協力してくれ、現在のような見事な菜の花畑になりました。

そうなんです。この事実(物語)を知らないと、まだ種が育たないうちに
「土手に雑草がはびこっているから、早く土手の草を刈れ!」とか・・・
せっかく市民が愛情を込めて増やし育てて来た、大切な菜の花を毀損してしまうことになります。
菜の花やひまわりが除染(放射性物質セシウムの吸収)に効果がある。
否、日本の土壌では効果はない。とかネット上に情報が錯綜していますが・・・。

私的には除染に効果があるなしで、江戸川土手の菜の花が話題になるより

流山を訪れて頂いた観光客の方々が
「いや〜ホントにきれいで、見事な菜の花畑ですねー」
それに応える流山市民、皆が口ぐちに
「これは流山のはなさかじいさんがはじめたんですよ」

流山の「菜の花物語」が、永く語り継がれていることを望んでいます。

4月21日(土)に「江戸川土手にナノハナを咲かせた人」と題した座談会があります。
場所は、万華鏡ギャラリー見世蔵で、語り手は、カメラの寺島のご主人寺島煕幸さん。
流山本町の昔を語る会「座談会」は、毎月第3土曜日 11時〜12時。

江戸川の菜の花ロード(流山市下加村岸付近)

最後の写真は2012年3月24日(土)の流山の菜の花です。(5週連続、雨の土曜日ですね)
今年は、寒かったので、菜の花の生育が遅いのかなぁ...と思っていましたが。
なんだか、それしても、例年より菜の花の数が少ないような気がしています。
拙ブログ読者の方も同様に「今年は菜の花が少ないように思います。」との事。

もしかして昨年、菜の花の種が落ちる前に、ごっそり刈り草作業をしちゃった??
流山「菜の花物語」が、それはとっくの昔話...なんてならないことを祈ってます。

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2012年03月26日

posted by たすけ at 21:29 | Comment(2) | TrackBack(0) | 流山チャンネル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

まちづくり協議会 / 流山市の取り組み

流山チャンネル

まちづくり協議会(流山市の取り組み)についてなのですが
流山市は「赤ずきんちゃんが木の切り株に腰をかけ、たい焼きを食べているような形」
と表現された方は最後に明かしますf(^^; 

流山市のなりたち流山市の平成23年人口が約16万人
私が生まれた昭和33年⇒約2万人
私が小学校入学の40年⇒約3万人
私が中学校入学の46年⇒約6万人

私が小学生になる頃までは、流山市民には
流山・新川・八木、の地区ごとに住民の帰属意識がそれなりにあったように思います。

流山町・新川村・八木村が合併して新制流山が誕生したのが昭和26年。
正確に言えば昭和26年に江戸川町となって、翌昭和27年に流山町と改称した訳ですが、農協に限って言えばつい平成9年まで、流山・新川・八木農業協同組合がそれぞれ独立していました。


合併前の1951年(昭和26年)当時の人口と各地区の伝統小学校を年譜を列記すると
流山町⇒7,429人 面積7.2㎢   明治5年 常与寺に開校(流山小)

新川村⇒5,369人 面積13.5㎢   明治6年 西深井村不動堂に開校(新川小)
                     明治6年 南村西善院に南小開校(新川小)

八木村⇒5,539人 面積14.2㎢  明治7年 浄蓮寺に開校(八木南小)
                     明治10年 鏑木小学校開校(八木北小)

2011年(平成23)年現在
流山市内にある15校の小学校は、これら4つの小学校から始まった訳ですが
私が小学生となった1965年(昭和40年)
流山小学校の児童たちは誰に教わるとなく、八木南小学校を揶揄する歌を覚えました。
『八木の学校♪ いい学校♪ あがってみたら○○だらけ♪』
八木南小学校の児童たちもまた、それに対抗する歌を歌っていました(懐かしい^^;)
良くも悪くも、まだそれぞれ地区ごとに絆や対抗心があったという事でしょうね。

やがて・・・
中学生になる頃には、すでに初石・江戸川台、平和台、松ヶ丘で新住民が3地区で急増。
その後、武蔵野線やつくばエクスプレス開通で、南流山、おおたかの森で新住民が急増。

もはや現在、旧八木地区(おおたかの森周辺)に住んでいる住民の方々は、そこが八木地区であるという認識はないと思いますし、あの懐かしい隠歌を知る方は少ないんじゃないかな?

第1回流山スプリングフェスタ「菜の花まつり」の窓口は、流山商工会議所となっていますが、流山スプリングフェスタの各イベントを支えているホストは流山小学校区まちづくり協議会です。
昔は地区ごとの祭礼や学校の運動会を一大イベントとして、氏子衆・学校父兄・消防団などがコミュニティの絆として機能していました。

しかし、少子高齢化や価値観の多様化、また流山のように新住民が急増し、地名変更も多くなっている首都圏のベットタウンでは、このような同じ小学校区の企業・商店・団体(NPO)・PTAが、地域活性と地域の課題(防犯など)に協働していくことが望ましいと思います。

流山市の地域まちづくり協議会(=より良い地域づくり)の骨子は⇒こちら
そして、流山小学校区まちづくり協議会より、一足先に動き出したのが⇒新川まちづくり協議会です。

新川まちづくり協議会のイベント

実は昨年の12月17日、流山市立新川小学校で、ブ〜ビィさんが所属するJapan Raptorial Clubが猛禽類(鷹・隼・梟)の展示と据え体験、そしてフライトショーをして頂いたのですが、これが新川まちづくり協議会のイベントだったんです。

第1回流山スプリングフェスタ「菜の花まつり」は、役所や商工会がホストではなく、流山小学校区まちづくり協議会という新しいコミュニティの絆がホストであるという点が素晴らしいのです♪ 流山の菜の花祭りは、流山本町を活動&生活基盤とする、企業・商店会・NPO・ボランティア団体・PTAが協働する春祭りなんですネ(^-^)

現在、旧八木地区の中心は、おおたかの森駅付近(流山新市街地地区)となっていて、おおたかの森駅前で、森のマルシェが定期的に開催されています。流山おおたかの森 まちづくり協議会のHPは⇒こちら

南流山駅前でも朝市が開催されていますが、今はまだまだ、市の商工課や商工会が主導していますが、流山市内のあちこちでこうしたイベントがまちづくり協議会が主導して
『へぇ〜、流山市っていつどこに行っても市民主体で賑わっているんだぁ』
なんて言われようになればいいかなぁ・・・

そして各まちづくり協議会が、住民の帰属意識や対抗心を高めて、他を揶揄するような隠歌が生まれても、それはそれで微笑ましいことじゃないのかなぁ・・・なんて思っています(^^)

ということで、今日のパチパチ♪...あ!決め台詞までパクッてしまったf(^、^;

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2012年03月27日

posted by たすけ at 20:21 | Comment(9) | TrackBack(0) | 流山チャンネル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

放射能の可視化 / 流山の放射線対策をすすめる会の取り組み

流山チャンネル

放射能は「目に見えないから怖い」とよく言われます。もし放射能が目に見えること(放射能の可視化)が実現すれば、怖さは半減するでしょうか?それともますます不安が大きくなるでしょうか?

昭和26年に新制流山(市)町の誕生以来、ベットタウンとして発展を続けている流山市は新設学校が増え続け、平成23年度で市内23の小中学校となりました(小学校15+中学校8)。
そして本年度(2月末集計時点)、流山市全小中学校で転出176人に対し、転入130人で、差し引き46人児童生徒が減りました。新制流山市となってはじめての現象じゃないかな?

これは福島第1原発事故による“ホットスポット問題”の影響は否めず、転校先が沖縄、北海道、大阪など福島原発からより遠く離れた地域に多いことが象徴しています。しかし逆に、南相馬市など原発事故の避難準備区域から流山市に転入してきた児童生徒もいます。

ちょっと本論からはずれますが...

友人の食育フードコーディネーター曰く
「放射性物質なんかよりジャンクフードや食品添加物の方がもっと怖い」
近所のトリマー曰く
「どうして犬猫を怖がる人たちが、世の中に存在するのか理解できない」

健康野菜と言われるトマトやニンジンが体質的に合わない人がいます。
犬猫が怖くてトカゲなど爬虫類をこよなく可愛いと感じる人がいます。

私はこう思います。
どれだけの積算線量で発癌リスクが発生するのかは、グレーゾーンに幅がありすぎますし、子供であっても放射性物質の感受性に個人差があります。
放射性物質の恐怖や不安感を取り去ろうと説得するより、今やるべきことは目の前の現実のデータを集積し、誰の目にもわかるようにしていくことではないかなと。

2012年3月29日の日本経済新聞より
除染に活用できる放射能を可視化するカメラをJAXAが開発
 宇宙航空研究開発機構(JAXA)は29日、目に見えない放射性物質による汚染状況を可視化できる特殊なカメラを開発したと発表した。人工衛星に搭載する高性能なカメラを改良、放射線の強さによって画像上に色分けして表示する。2月に福島県で実証実験をし、効率的な除染に活用できることを確認。

 視野角が180度と広く、東京電力が福島第1原子力発電所内で利用している機種を大きく上回るという。特殊カメラでとらえた画像を、通常のデジタルカメラで撮影した画像と重ね合わせると、放射性物質の分布が一目で分かる。ガンマ線量が高いと赤色で表示する。

 20メートル程度離れた場所からもガンマ線を検出でき、放射性セシウムなどがたまりやすい側溝や森の周辺などで、汚染が深刻な状況が確認できた。JAXAは今後、実用化に向けた研究を進める方針で、福島県内で本格化する除染に生かす。
放射能可視化カメラが早く普及することを祈っていますが。ホットスポットと呼ばれる地域で今やれることは、まずはガイガーカウンターで放射線量計測をして、公園(子供の遊び場)などでのマイクロスポットを明らかにしていくことだと思います。

放射線量計測結果(初石36号公園)ICDT
放射線量計測結果(初石36号公園 きらら公園)

放射線量計測結果(平和台2号公園)ICDT
放射線量計測結果(平和台2号公園)

この放射線量計測図を発表しているのが、ICDT(I can do this)です。

ICDT(流山の子どもたちのために放射線対策をすすめる会)

オフィシャルブログ⇒http://blog.livedoor.jp/icdt/
オフィシャルFacebook⇒http://www.facebook.com/#!/ICDTNagareyama

流山の子どもたちのために、綺麗な流山に戻せるよう放射線対策を進める。
積極的に情報収集を行い、市民目線での提案を行政に伝える。
市民ができること、行政でしか出来ないことを整理し、多くの人と協力体制をつくっていく。
I can do this.ひとりひとり何が出来るのか一緒に考えていきませんか?と活動されています。

2012年3月24日の東京新聞より
流山市 除染が本格化 地表5センチで基準未満に
 流山市で放射性物質汚染対処特別措置法に基づいて策定した除染実施計画に沿い、除染作業が本格的に始まっている。市立八木中学校や八木南小学校などでは、工事用の機械でグラウンドの表土を二センチほど削り取る大掛かりな方法で、空間放射線量を地表五センチで毎時〇・二三マイクロシーベルト未満にすることにしている。

 市によると、二〇一一年度は両校のほかに向小金保育所と四カ所の公園で実施し、校舎など建物は水を高圧で吹き付けたりして除染を行っている。学校や保育所、学童クラブなど子どもが多く利用する施設の除染作業は、一二年度内の完了を目指す。

 同市の除染実施計画は二月末、同特措法に基づいた国の汚染状況重点調査地域に指定された東北、関東の八県百四市町村の中で最初に策定された
 大気中の空間放射線量は、国基準では地表一メートル(小学校や幼稚園などは同五十センチ)で毎時〇・二三マイクロシーベルト未満を目指すが
同市は独自に子どもが多く利用する施設は地表五センチ計測と厳しくした
放射線対策について、流山市がこのような取り組みを実現させたのは、流山の放射線対策をすすめる会(ICDT)の活動の賜物です。

交通事故はいつ誰の身に起こるか、予測不能です。だから..
どこどこの通学路は、交通量が多いので横断指導をしている。
どこどこの交差点は見通しが悪いので、飛び出しに注意喚起をしている。
地域の防犯・安全にかかわるこのような取り組みと
放射線量のマイクロスポットを明らかにして、注意喚起をすることは全く同意であると思います。

流山の各まちづくり協議会は、もっと積極的に放射線対策をすすめる会と協働するべきだ。
ではないでしょうか?ICDTが作成した放射線量計測図は、ネット上だけでなく現場の公園に掲示されるべきものではないでしょうか?



知人の岩盤浴(低ホルミシス療法)のオーナー曰く
「お客様はみな、うちに通って健康回復しているわよ」

私自身は知人ほどでないですが、放射能の影響について楽観論者です。
犬は、放射性物質が溜まっているであろうマイクロスポットに鼻を近づけて散歩しています。
ポタリング(自転車散歩)で見かける、野良猫の集会所も除染の手が届かない草むらやササヤブです。人間の子どもよりずっと身体の小さい小型犬や猫は、この1年でかなり内部・外部被曝をしていると思いますが、それでもいまのところこれまでと変わりなく時が過ぎています。

発がんリスクについては、20年程度のスパンで明らかになってくると予測されるので
寿命10〜15年の動物では検証できません。
しかしもし今後、放射線障害とみられるような症例が犬猫に増えてきたら...
放射能の可視化は重要なことであると、誰もが実感するようになると思います。

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2012年03月30日

posted by たすけ at 11:14 | Comment(4) | TrackBack(0) | 流山チャンネル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第1回流山スプリングフェスタ / 見どころ食べどころ

流山チャンネル

いやはや、今夜はすごい暴風(春の嵐)ですねぇ。桜も蕾、菜の花もまだ背丈が低いし、桜にとっても、菜の花にとっても、遅咲きがかえって幸いだったかもしれませんね♪



自転車仲間のmomoさんが
4月1日の利根運河の桜と江戸川菜の花ロードの動画をアップされていました♪
4月7日(日)のうんがいい花見の頃に桜が見ごろを迎え
4月7日・8日の第1回流山スプリングフェスタ当日はもっと見事な菜の花ロードになっていると思います。
桜も菜の花も満喫したい方は、4月7日は、利根運河交流館のレンタサイクルがおすすめですよ♪

第1回流山スプリングフェスタ02.jpg
  ↑↑このチラシはクリックで拡大します

さて、第1回流山スプリングフェスタの各イベントは
http://matidukuri.miraiserver.com/ 
で詳細がわかります。私の個人的なおすすめは
▼江戸川景観と史跡散策
「史跡ガイドの会」の案内で菜の花と史跡を楽しみます。
日時 4月7日(土)・8日(日)10時〜16時

▼Nanohana's Cafe
流山の名店のブースや、新選組殺陣・大道芸・太鼓ショーなどのステージ。
日時 4月8日(日)10時〜16時
会場 流山キッコーマン樺梼ヤ場

▼流小懐かしの写真展で同期生と会おう
明治・大正・昭和・平成の懐かしい写真を一挙大公開。
日時 4月7日(土)・8日(日)10時〜16時
会場 流山小学校体育館

流山スブリングフェスタMAP.jpg
  ↑↑このチラシはクリックで拡大します

正直言って、流山本町は全国屈指の歴史遺産の宝庫とは言えません。
律令国家の古都市川市と比べれば、その歴史の厚みや史跡数では比較になりません。でも、このマップに書かれているように、要所々で無料ガイドが待機するホスピタリティ(おもてなし)を実現させたことは【流山のまちづくりの誇り】と思っています♪

NPO流山史跡ガイドの会

流山に住んでいても、流山についてまだまだ知らない事がたくさんあります。
かくいう私のその一人なのですがf(^、^;
第1回流山スプリングフェスタ「菜の花まつり」は、市外の方々はもちろんですが、流山市民でありながら、いまだ流山本町をじっくり歩いたことのない方々に是非、足を運んで頂きたいなぁ。

第9回流山新選組まつり02.gif
  ↑↑このチラシはクリックで拡大します

▼特に4月8日(日)は、新選組のイベント関係が充実していますが
12:20から菜の花まつりキッコーマン会場での寸劇や演武があります。



私、まちづくり市民劇団●玉造座の寸劇が好きなんです。
全国数ある新選組同好会の中でも、芹沢鴨をヒーローとして讃えているのは、芹沢家が郷土の玉造隊くらいじゃないかな?
市民劇団として、声はよく遠くまで聞こえるし、けっこうおもしろいですヨ(^-^)

それから、それから、第1回流山スプリングフェスタでの昼食ですが
Nanohana's Cafe(流山キッコーマン会場)での名店グルメも楽しそうですが。せっかく流山本町に足を運んだならば、是非一度は、流山の老舗店でゆったりランチを楽しんで頂きたいと思います(^-^)

私のイチオシは、流鉄流山駅から徒歩2分。流山市役所前。
創業大正6年の流山本町の老舗日本料理「柳家」です。

yanagiya-nagareyama.jpg

ホームページを見ると、「うわ!敷居も値段も高そう」(>_<)
...と。思うかもしれませんが、ご安心ください(^-^)⇒こちらのレポート
気になる鰻料理のお値段ですが、値上げはしないで頑張ります!
と四代目ご主人からご連絡頂きました(^-^)
でも春のランチサービスは、天麩羅ご膳「花」などがおすすめだそうですよ♪


第1回流山スプリングフェスタで、東日本大震災 流山市避難者支援入札オークションがありますが、これは流山市福島県人会の全面協力で行われています。
4月8日(日)は、流山市北部公民館で「支え支えられてお互いさま」を合言葉に、東日本大震災1周年追悼イベントも開催されます。
東日本大震災1周年追悼イベント.gif
追悼講演は、東日本大震災で家族を失った被災者の話に耳を傾ける「傾聴ボランティア」として各地を巡っている心理カウンセラー(交流分析士)の講演とカウンセリングに被災地でボランティアに従事している流山在住の青年による報告を交え、地域防災について一緒に考えます。
 
 また、放射線対策と食生活の紹介や市民団体の日常活動紹介コーナー、市民ボランティアによる子ども達への家庭教師体験コーナーを設け、筝・尺八による民謡合唱やオカリナアンサンブルの追悼コンサートもお楽しみいただけます。
 
 昼食は、避難者女子会による「B級グルメ浪江焼きそば」と「女川かまぼこ」に対し、市民団体からは「栄養素の整った弁当」と「豚汁」が振る舞われ、避難者と市民の方に直接交流いただきます。

 好評のセラピーによる癒しも、今回は皆様のご要望にお応えして「ハンズセラピー」「フェイスセラピー」「カラーセラピー」とブラッシュアップしました。避難者の方々には、日用品セットのお土産も用意しています。
一般市民の方の参加も大歓迎!
流山に限らず近隣市町村に避難されている方々の参加も大歓迎です。
4月8日(日)は、こちらにも多数のお越しをお待ちしています。

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2012年04月03日

posted by たすけ at 21:10 | Comment(6) | TrackBack(0) | 流山チャンネル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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