朝刊は何処で読む?

日記(家族・子育て)


昨日の話題を引きずって...皆さんは朝刊は何処で読むのでしょうか?

私の場合、先ずは朝の食卓の時にざっと目を通す、朝食はだいたい、トースト、フルーツ、ヨーグルトコーヒーなので7〜8分もあれば終わってしまう。
その後、やおら朝刊を手にとり家の中のもっとも落ち着く場所、私にとってのVIPルームで気になる記事をじっくり読むのである。その間、長い時は30分以上そこにいる^^;

新婚当初は、トイレに新聞を持っていくなんて汚い(−−;
と妻に嫌な顔をされたが、これは私の生活習慣のひとつなので長い間には諦めてくれたようだ。

以前住んでいた家は、VIPルーム(WC)は1つしかなかったので、私が朝刊を手にとるやいなや
(as soon as)妻は娘に向かってこう叫ぶ
「ほら〜!おとーさんが入っちゃうよぉ〜! 大丈夫ぅ〜〜!!」と^^;

2006年02月23日

posted by たすけ at 09:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記(家族・子育て) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

VIPルームの活用法

日記(家族・子育て)


さて、トイレが2つになったことで、誰にも邪魔されずゆっくり朝刊を読めるようになった。
用を足す時間よりも、朝刊を読んでいる時間が圧倒的であり、これがますます朝のVIPルームに篭る時間を長くしている。

娘が幼稚園に通うようになった頃、私は当時の家のVIPルームに世界の国旗の一覧を貼った。
また自作で国旗カルタを作り、旗と国名と首都を娘に覚えさせたが、娘はあっという間に覚えてしまったものである。(今では忘れてしまったようだが)

やはり暗記したい事項は、毎朝必ず目に入るところ
に貼るといいぞ^^;>受験生諸君

今年71歳になる私の母は現在、市民大学講座で、ハングルを習っているのだが、母の住む家のVIPルームにハングルの簡単な一覧表を貼ってあるのを見つけた時
「やっぱり親子ねぇ〜(-。-)」と妻が呟いていた。

やがて私のDNAを引き継ぐ孫が生まれた時、彼(彼女)はやはりVIPルームに貼り物をしたり、そこで朝刊を読む習慣を引き継ぐのであろうか^^:

2006年02月24日

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わが家の生活習慣(1)

日記(家族・子育て)


わたしの生活習慣と言えば、朝風呂(シャワー)もある。

そうなった理由は独身時代のアパート暮らしの時

1.風呂の空焚きやつけっぱなしで寝てしまったことが 3度もあり...
 (酒を飲むと、コテっと寝てしまう特技?がある^^;)
2.当時は仕事柄帰宅は深夜0時過ぎで安アパートでは流水の音が階下に迷惑もかける。
3.相当な癖毛で、夜髪を洗っても、必ずまた朝に髪を水で濡らさないと寝ぐせがとれない。
等の理由からである。


どんなに真冬であっても、湯船に入らずシャワーだけで済ませる。もちろん、身体は冷えるが幸いなことにある意味それが寒さに強い身体になっていくのかどうか風邪などは滅多にひくことがない。
かと言って、いつも烏の行水ではなくて、ゆったり風呂に入る時は1時間半くらい入っている。

さて、私の妻の生活習慣は、毎朝の掃除・洗濯である。
家族三人なのだから、多少はまとまってから洗濯すればいいと思うのだが。
どうも掃除・洗濯から1日を始めないと気がすまないらしい。

また朝食に限らず、料理が終わって片付けを終えると、我が家の台所のシンクには水滴1滴もついておらず、生ゴミの三角籠すら我が家にはない。そして、浴室も入浴後は床はおろか、壁・天井にいたるまで水滴1つ残らず拭き取っている。完全無欠な潔癖症である^^;

しかし、これにも理由があり、以前まで住んでいた家がカビに悩まされていたので、欠陥住宅(3)参照今の新居に移ってからはとにかくカビの発生を恐れているのかもしれない。

特に冬場は妻にとっては朝の労働は凄い量になる。
掃除・洗濯・窓枠の結露取り、さらに私も入浴後は多少の水気を拭き取るが妻にとってはとても満足する結果にはならないので、夜に水気を拭き取ったばかりだというのに、2回目の風呂場の空拭き掃除を始める。

いっそのこと、浴室に乾燥装置を入れればいいのでは?と私は妻に言うのだが、そんな電気代のかかる装置は不要だと言う。

しかし、何より妻にとって毎朝の嘆きは、洗濯を終えて空っぽになった洗濯籠に、私が脱いだ服や下着がまた入る・・
このことのほうが朝の仕事の達成感を失効させるものらしく、あからさまに不機嫌な顔をされるが朝のVIPルーム読書と朝風呂は私の譲れない自分の生活習慣なので、「すまないなぁ」と思う気持ち半分、まぁお互いの価値観の違いだから、と割り切っている気持ち半分である。

              この項つづく...

posted by たすけ at 03:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記(家族・子育て) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

わが家の生活習慣(2)

日記(家族・子育て)


我が家の生活習慣の続き。私は、今日もそうだが帰宅せずに、職場に泊り込みのまま朝食を家でとらないことが多い。夕食にいたっては、平日に家族揃って自宅で食べるという習慣は我が家でにはない。

男3人兄弟で育った私は、冷や飯でもなんでも飯さえあればおかずはなんでもテキトーに自分たちで作って食べてきた。保温ジャーなどが出来て便利になった時代以降はとりあえず私の育った家ではいつも飯だけは台所にあった。

が、妻の実家では義父が冷や飯はもってのほか、温め直した飯さえも口にしない。
結婚前も結婚後も妻の実家でご飯をご馳走になることがあるが、妻の実家の生活習慣は、ご飯は1人1膳であり、お代わりはない。ご飯は人数分だけ炊いて、冷ご飯を余らすような事をしてはいけない、バチが当ると教わって妻は躾けられてきたのである。

妻はこの生活習慣はずっと守っている。飯さえあればいいんだから、とりあえず「多めに炊いておいてよ」とお願いしても、それは通らない望みである。炊き終えてご飯を茶碗によそった後は炊飯器は必ず空になって洗い終わっていなければならないのである。

私は本来和食党で、朝食はあったかいご飯に、生卵、味噌汁、ふりかけ、お新香の4点セットで大満足なのだが・・・
妻が朝の労働後に娘や私の弁当用も作りながら、なおかつ決まった分量を炊いたご飯を、朝食用に流用するのは申し訳なく・・・
また妻も娘も朝は、パン党なので一緒にトーストをかじっているのである。

お互いに合理的ではないなぁと思っていながらも互いの価値観や生活習慣を「諦めという認め合い」で成り立っているのが家族なのかもしれない。

もちろん、口に出しませんけど妻には充分感謝してますよ^^;


               この項終わり。

2006年02月25日

posted by たすけ at 04:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記(家族・子育て) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

包む

娘の高校入試の作文で課題が「包む」
だったという。
もし私が15歳だったらどんな風に書くだろうか・・・
...................................................

私はこれまで15年と8ケ月、両親や先生や先輩や
友達や多くの人たちに包まれて成長させてもらった
ことに感謝しています。

包むの中の「己」は本来「巳」であり「巳」は胎児
の象形文字で「包」とは胎児をお腹に包んだ形
つまり受胎・妊娠がその語源であるという事を書道
の先生から教わりました。

包み込む、包み込まれる、というと何か安堵感の中
にいるようなやさしいソフトなイメージがあります。
品物を買った時などに「お包み致しますね」とお店
の人に丁寧に言われると、とても大切に扱ってくれ
ているようで嬉しくなります。

でも、物を包む時は、包む側のほうが大きくなければ
包めないし、また、包む物の形によっても包む側の方
の材質や包み方を変えなければうまく包めません。

これを人間関係に例えると、包み込む側の人間は
包み込まれる人間より、いつも大きな心と臨機応変な
対応が必要だという事。

宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ」には
まさしく人を優しく包んであげたいとの気持ち込
められていると思います。
私も、そんな人の気持ちを理解できる、心の広い
人間に成長でき
ればいいなと思います。

..................................................

・・・って、ここまで約30分かぁ
・・・っていうか、臭すぎます?^^?(自爆)

まぁ、宮沢賢治じゃなくて、尾崎豊なら

調子よく包まれるなんて出来やしなかった♪
俺を包むすべてのもの、破り捨てたかった♪
癒すものなどなく、甘えも許せずに生きた♪
十五の春ぅ♪

なんて歌詞を作るかしらね^^;

2006年03月04日

posted by たすけ at 00:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記(家族・子育て) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Honesty is the best policy.

駒大苫小牧高校の不祥事・選抜辞退についてさまざま
なサイトやブログで意見が出ていて、これまでの色々
なエピソードも知った。

今回の件で教師として監督として、また多くの道民の
期待を一身に背負った1人の人間としての香田氏の心中
を察すると私の胸まで苦しくなる。

勿論、選抜出場の夢を果たせなくなった1・2年生は
気の毒である。是非再起をかけて、堂々と夏の甲子園
に戻ってきて欲しいと思う。


たまに電車の中で騒いでいる我が子に
「ほら、おじちゃんに怒られるから暴れちゃだめよ」
と叱る親がいるがもってのほかである。
「誰々に迷惑がかかるから、やってはいけない」
のではない。

Honesty is the best policy.
子を叱る時、へたな理屈をこねるよりもびしっと
駄目だと言うべきである。

それでも子供は、失敗もすれば過ちも犯す

Honesty is the best policy.
失敗をしてしまったなら言い訳はせず潔く謝り誠実
な対応をするべきである。

香田監督へ...
甲子園に出られなくなったことよりも
あなたと一緒に野球ができなくなる事
を最も悲しい現実になると感じている
生徒がいることが何よりの幸いです。

是非また、甲子園のグランドで
(昔近所によくいた厳しいけど優しい頑固親父の)
その風貌を見させてくださいm(_ _)m

2006年03月06日

posted by たすけ at 15:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記(家族・子育て) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

安全基地(1)

「安全基地」とは英国の心理学者ジョン・ボールビー
が提唱した子供と大人の関係で使う言葉だ。

教師と生徒、親と子というような人間関係で、子供
が安心・安全な環境にいるという愛着心を感じてい
る時に、子供の知的欲求やスポーツに対する頑張り
が発揮されるという関係である。

簡単に言えば、自分の好きな先生の教科は生徒は自ず
から勉強をする。信頼するコーチや監督の下であれば
選手は自ずから鍛錬し向上心を持つという論理だ。

これは子供に限ったことではない、責任は俺がとる
からと仕事を完全に任せてくれる信頼できる上司の
下では部下も仕事にやりがいを感じて伸びていく。

昨年、バレンタイン監督の下、見事日本一になった
千葉ロッテナインの言葉にもボビー(監督)にチャン
ピオンフラッグを渡したいと言っていたのが印象的
である。

しかし、理論で簡単に説明できても実際には難しい。
私自身も十数年、子供に接する仕事をしていた当時
このテーマに自問自答してきた。
まして親子という関係で、親が子供にとって安全基地
になるにはどうしたらいいのだろうか。

             この項つづく...

2006年03月07日

posted by たすけ at 00:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記(家族・子育て) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

安全基地(2)

十数年子供を見ていて、なんとなく親の像が見える
ようになったことがある。
勿論、それぞれ細かくは百人百様なのだが、乱暴に
大別すると・・・
放任主義の家庭の子供は、自ら勉強をし自分のやる
べきことを見据えていた。
過保護に育った子供は、常に言い訳を用意しており
宿題もままならかった。

そして実際放任主義の親と接してみると、共通点が
あった。
それは親自身が自分の好きな趣味やスポーツや生き
がいを持っており、子供の教育に情熱を傾ける以上
に、自分自身に前向きで向上心を持っていたことだ。

進路相談の時に、
「先生、聞いて下さいよ。こないだ私のチームが
 やっと宿敵 に勝ちまして。オホホホ」
と嬉々としてその戦況を話し出し
「うちの子は親を頼りにしてないと思いますから
 うちの子 と先生で決めてください。」
と面談が終わった時は流石に苦笑したものである。

実は、この時感じたことが
 Honesty is the best policy. である。
論理なんかではない
「親が自分の感情に正直に生きること」が
子供にとって一番の安全基地になることなんだろう
なと思った。

子供を叱る時に、他人と比べてああだこうだと言う
ことは子供が一番嫌悪感をもつ単純に親のリアルな
気持ちをそのまま端的にストレートに伝える方が
よっぽど子供も親も楽である。

「うちの子は親を頼りにしてないと思う・・」
とは、裏返せば実は最大級の子供への信頼感である。

親が嬉しい時は喜び、悲しい時は泣き、人間として
当たり前の感情を出した時に親が自分の生き方に
満足感をもっている時に子供は親を安全基地と思う
のだろう。

              この項終わり。
posted by たすけ at 01:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記(家族・子育て) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夏みかんの木

娘の小学校入学記念に 庭に夏みかんの木を植えた
小さな苗木だった 早く大きくなれと願った
娘の成長と共にすくすく育った
毎年ばっさり選定しても どんどん枝を伸ばした

初夏には香しい白い花 盛夏にはアゲハ蝶が庭を舞い
冬から早春かけては 幸せの黄色い実が 庭を彩った

六年後の秋 引越しの日は 土砂降りの雨だった
すべての家財道具を移し最後に夏みかんの木が残った
どうしてもこの木は持っていきたかった
トラックに載せるために ほとんどの枝を落とし
根まわりも小さくしか掘れなかった

どろどろのぬかるみのようになった新しい庭に
すっかり痩せてしまった夏みかんの木を移植した

今にも倒れそうで 3方から紐で支えてバランスを
とった台風の当たり年で 強風の翌朝は真っ先に木
を確認した根づくかどうか心配だった
翌年は花も実もわずかだった

昨日、娘の合格発表を見に行った 憧れの正門を入り
掲示板に娘の番号を見つけた時 こみ上げてきてしまった
車に戻りほっとした途端 涙が溢れて止まらなかった

九年後の春
夏みかんの木はしっかり根づき 大きな実をつけている
ひとつの責任を終えた気持ちで見る黄色い実は
ひときわ大きく輝いて見えた

2006年03月08日

posted by たすけ at 11:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記(家族・子育て) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

煙り

一人娘には兄がいる。しかし、娘は兄の顔を知らない。
私たち夫婦も兄の姿を初めて見たのは、たった一度きり
ほんの小さな骨となり骨壷に納める時に初めて対面した。

二人とも言葉を発することはなかった。
ごめんね。ごめんな。泣きながら心の中で言うしか
できなかった。

桜満開の真っ青な空に
火葬場の煙突からほんの少しだけ白い煙りが上がった時
「あぁ、天に昇っていく」
と茫然と眺めながら手を合わせた。

彼岸、お盆には、お寺で娘を真ん中にして兄の前で手を
合わせる。娘もそれがずっと習慣になっているので
嫌がることもなく必ず一緒についてきて、お線香と花を
手向ける。

今度の彼岸は、晴れがましい報告を兄に伝えられるだろう。


今日、ご縁のあった方が天に昇る。
ご葬儀には参列できないが煙りの上がる方角に
手を合わせようと思う。

2006年03月09日

posted by たすけ at 10:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記(家族・子育て) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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