50年前の流山市加台

昭和30年代の追憶


1959_昭和34年_03

私が生まれた場所は、千葉県東葛飾郡流山町加....今の流山市加1丁目だ。
宇都宮から出てきた父親は、ここから徒歩5分ほどの距離にある流山駅から東京の金町にある自転車工場に勤務していた。

現在の加1丁目から市役所方面の坂を望む絵

流山市加の風景01

もともと、役場に近いメイン通りなので道幅はそれほど変わっていない。約50年前の写真と比較しても家並みの変化はあるが、風景の構図は変わっていない。

市役所への下り坂がはじまる左手に「いちべえ商店」があり今でも店舗は残っている。
乳母車にタンデム..(wしてるのは、ひとつ年上の床屋のヒ○シちゃんだ。いつも柔和な笑顔を湛えていて、その後私が引っ越した後も加台に行った時には一緒に遊んでくれた。

現在の加1丁目から後平井方面を望む絵

流山市加の風景02

50年前の道路は当然のごとく未舗装だ。
ヒ○シちゃんの床屋は、左手の青い看板の辺りにあってその向かい(右側の車の辺り)に同級生の家で○○商店があった。
西平井(後に平和台)に越してから、加台に遊びに行った時は5円玉を握りしてめて、この店にホームランアイスを買いにいったものだ。

今は、画面奥のセブイレブンの先に加1丁目の交差点があるが、これはだいぶ後年になってから出来たもので当時はセブイレブンの脇の坂道が、西平井から加台に上がってくる道だった。

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タグ:流山の風景

2006年01月06日

posted by たすけ at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 昭和30年代の追憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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