流山おおたかの森 / 日光東往還と諏訪道

流山チャンネル

つくばエクスプレス(常磐新線)の開業以来、流山おおたかの森(流山新市街地)の開発が急速に進んでいます。開発が進むにつれ、失われていくものがたくさんあります。例えば上野牧(小金牧)の森や野馬土手や、平安時代〜昭和時代まで残された古道など。

日光東往還と諏訪道.gif

1958年(昭和33年)流山町加村台で生まれた私は、西平井(平和台4丁目)→篠籠田(柏市)→東深井(駒形神社隣)→西初石(上新宿新田隣)→東深井(森の図書館隣)と移り住んでいきました。これを古道に例えると、諏訪道(すわみち)沿いと日光東往還(日光脇街道)沿いに転居を繰り返していた事になります。
1990年(平成2年)生まれの娘は、駒形神社の境内で三輪車で遊び、諏訪神社で七五三を祝い、上新宿新田の野馬土手脇の古道で自転車に乗れるようになりました。

野馬土手と小金牧.jpg

私自身は、中学〜高校時代に自転車で流山市内を走り回り、流山市全図に走破した道を赤鉛筆で塗りつぶしていくのが趣味でした。40代後半に、野馬土手マイスターの東葛人さんや、茅葺きマイスターIKAWAさんに影響を受け。55歳の現在、また40年前と同じ事を繰り返しています(^^;)

ご近所まったりポタ専科の私ですが、つくづく思うのが、失われた森や野馬土手や古道が多い事で。特に流山の開発をネガティブに考えている訳ではないのですが・・・。

つくばエクスプレスから車窓を眺めて『嗚呼、またあの森も消えた。』
ポタリングで行き止まり看板を眺めて『嗚呼、またこの道を消えた。』
そんな記事を少し連続させます。(文書量を少なめで写真中心になると思います。)

流山市内で、豊四季駅から東武野田線沿いにほぼ南北に走る日光東往還
江戸川(流山市:加村岸)〜利根川(柏市:布施)の東西を結ぶ諏訪道

この2つの古道は現在でも主要道なので、諏訪神社(豊四季駅付近)までは45年前とほぼ変わっていないので、この2つの道をランドマークにしながら書いていきます。

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2013年10月25日

posted by たすけ at 18:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 流山チャンネル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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