昭和30年代の東野鉄道と大いなる旅路

昭和30年代の追憶

旅は長く遠く 肩の荷重く 時に堪えかねて 涙をふけば
胸の奥に熱く 何かが騒いだ あの日とめどなく あふれた夢さ
なつかしい人が 遥かな日々が 時の流れこえて ほら めぐる旅路さ


私が生まれた1958年(昭和33年)に撮影された東野鉄道(とうやてつどう)の蒸気機関車を、SKOSHIRO29さんが動画でアップされていました(感激!)
東野鉄道は、私が10歳になった1968年(昭和43年)に全線廃線となってしまいました。



蒸気機関車やローカル線の風景を見ると、テレビドラマの大いなる旅路の歌が脳裏でリフレインする私です。ドラマ『大いなる旅路』は1972年(昭和47年)の作品ですが、それ以前1960年(昭和35年)に、高倉健が出演した映画『大いなる旅路』があったことを知ったのは、ずいぶん後年の事でした。

高倉健と鉄道と言えば、やはり『鉄道員(ぽっぽや)』でしょうか?
私の母は東野鉄道(とうやてつどう)の鉄道員の娘、つまり私はぽっぽやの孫【過去記事】になります。過去記事にあるように、祖父は享年36歳で亡くなっていますので、私の知る祖父は、駅長帽を被って微笑んでいる遺影だけです。現在は祖母も亡くなり、先夫であった祖父と仲良く西那須野駅にほど近い霊園に眠っています。

西那須野駅1968年(昭和43年)

でも実は、東野鉄道を走るSLは記憶になく、気動車と古い駅舎の方が懐かしい私です。今でも気動車が走る常総線沿線をポタリングすると、その風景に胸の奥が熱くなります。

そうしたら、ぼっちぼっちの旅日記さんが、東野鉄道廃線の1968年(昭和43年)12月と題して3頁記事にされていて、涙がチョチョ切れものの、懐かしい西那須野旧駅舎とキハ501に再会できました♪
(もしかしたら、SKOSHIRO29さんと bocchi_bochiは、同一人物なのかな?)

東野鉄道廃線跡地図

この西那須野駅から延びる東野鉄道の線路図は、那須塩原市にお住まいのうににんさんの花鳥風月Visual紀行サイトの東野鉄道の廃線跡を訪ねるのコンテンツより拝借しましたm(_ _)m

一度だけ、母と叔母家族(いとこ家族)と一緒に、このコンテンツ同様に東野鉄道の廃線跡を辿りながら、ドライブをしたことがあったのですが、母と叔母はとても懐かしがっていました。その時の写真やビデオが見つからず悔やんでおりまして、うににんさん本当にありがとうございました♪




さてこの先、鉄道話から脱線します^^;
【以下、Wikiもリンクしていますが、特に読みやすいリンク先を挙げておきます。】

幼い頃、わずかな期間でしたが黒磯神社の参道脇で祖母たちと暮らしていました。
正確には祖母の経営するラーメン屋が黒磯神社の脇にあり、住まいは少し離れた場所にあったのですが、住まいの方は土間の上りが幼い私には高すぎて、なかなか上がれなかったことくらいしか記憶になく、店と棟続きの母屋(大家)の方が記憶に残っています。

母屋には私より少し年上の姉妹が居て、時々遊んでもらっていましたが、名前はもちろん顔も思い出せません。何が一番記憶に残っているかと言えば、姉妹がまりつき遊びをしていた時の、かぞえ歌のメロディーです。幼い私にとって歌詞はうろ覚だったのですが...
後年、祖母や母がお手玉遊びを、従姉妹など教えていた時にそのメロディーと歌詞が蘇りました。

(一)一列談判(らんぱん)破裂して (二)日露戦争始まった
(三)さっさと逃げるはロシヤの兵  (四)死んでも尽くすは日本の兵



西那須野駅の近くに、乃木神社(祭神:乃木希典)や大山元帥墓所があります。祖父母が眠る墓所の隣にある、一際大きな墓所が大山元帥(大山巌=おおやまいわお)の墓所です。

中学生になる位まで、日露戦争で活躍した乃木大将も大山元帥も、てっきり西那須野(栃木県)出身だと思っていた私。まりつき歌も、お手玉の歌も、てっきりこの那須地方独特の数え歌なんだろうと解釈していました。

たぶん一般的には、映画やドラマで題材になりやすい乃木希典(のぎまれすけ)の方が知られているのではないかと思いますが、明治以降の戦史を良く知る人ほど、人望的にも大山巌のファンだという人が多いのではないかしら。

大山巌は西郷隆盛のいとこであり、池田屋事件(龍馬暗殺ではなく文久2年の薩摩藩士の同士討ち)から歴史上に登場し、日清・日露戦争で日本の勝利に貢献した名将ですが、先妻を亡くした後、後妻に迎えたのがなんと、会津藩国家老山川家の末娘の山川捨松(幼名=さき)

薩摩藩士に会津家老の娘が嫁ぐなんて、アンビリーバボー!
鹿児島弁と会津弁じゃ、デート中でも会話が通じない?...どっこい
山川捨松は当時では稀有な帰国子女なので、夫婦の会話は常に英語


大山元帥(大山巌)のエピソードで読みやすいサイトは⇒こちら
大山巌・捨松ご夫妻のエピソードを読みやすく整理されているブログは⇒こちら

来年のNHK大河ドラマ「八重の桜」は、幕末のジャンヌ・ダルクと言われた?会津藩の砲術師範の娘(山本八重=後の新島襄夫人)を綾瀬はるかが演じるらしいけど...私的には晩年に、西那須野の風景が絶対に出てくるであろう、山川捨松をヒロインに取り上げて欲しかったなぁ...

でも小説・映画「不如帰」では捨松は虚像の風評被害にあったし⇒こちらの最下段
仲良く静かに眠られている墓石の下から「映画も、ドラマも、懲り懲りですわ」
「どうか、そっとしておいて」
と仰るのでしょうねぇ・・・

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2011年11月08日

posted by たすけ at 00:19 | Comment(2) | TrackBack(0) | 昭和30年代の追憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
大河ドラマ。
来年は多忙で出演出来ないかも。
Posted by しゃあ あずなぶる at 2011年11月11日 04:12
>しゃあさん
作り物(小説やドラマ)よりすごい、現実の大河ドラマがあります。
この記事はその伏線(導線)です^^;
Posted by たすけ at 2011年11月13日 21:28
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