行為の意味,こだまでしょうか,忘れないでください

■泡沫(うたかた)日記

計画停電中に外に出て、たまたま近所の学習塾オーナーと世間話...

「回転寿司チェーン店とか、どうするんでしょうかね?」
「うちだって停電じゃ授業できないし、この業界も終焉かな?」
「この震災をきっかけに日本のシステムそのものが変わるかもしれないね」


ここ一週間、民放コマーシャルは、ACジャパン(公共広告機構)のCMばかりになっています。acジャパンのCMばかり流されるこうした状況は、今から23年前。平成元年2月24日、昭和天皇の大喪の礼 当日とよく似ています。つまり...震災で亡くなった方々を悼み、CMは自粛という日本人の礼節です。

今、東京地域で流されているACジャパン【公共広告機構】のCMで印象的なのは
詩人:金子みすゞの「こだまでしょうか」
「遊ぼう」っていうと 「遊ぼう」っていう。
「ばか」っていうと 「ばか」っていう。
「もう遊ばない」っていうと 「遊ばない」っていう。
そうして、あとで  さみしくなって、
「ごめんね」っていうと  「ごめんね」っていう。
こだまでしょうか、いいえ、だれでも。
※追記
この記事に「こだまでしょうか の意味」検索で辿りつく人が多くて驚きました。
詩は本来、読者がそれぞれで感じるものですが、あえて解説すると....

「遊ぼう」→「遊ぼう」って返ってくる
「ばか」→「ばか」って返ってくる
「もう遊ばない」→「遊ばない」って返ってくる
「ごめんね」→「ごめんね」って返ってくる

最後にこれは、こだま(やまびこ)のことでしょうか?...と問いかけて。(問題)
       ※「ヤッホー」→「ヤッホー」って返ってくる
いいえ、誰でも...こだま(やまびこ)ではなく、人と人の会話のことですよ。(答え)

という結びの詩になっています。「誰でも。」で終わりにしているのは詩の技法です。

誰でも・・・そうですよね。
誰でも・・・同じですよね。
誰でも・・・同じじゃない。←このように感じる人もいるかもしれません。

後につづく言葉(答え)を、読者それぞれに託して(考える余地を残して)います。

「こだまでしょうか」広告(CM)が視聴者に訴えていることを補足しておきます。
たった一言で、人は傷つく。たった一言で、人は微笑む。自分がやさしく話しかければ、きっと相手も、おだやかに答えを返してくれる。ことばは、だれでも、人から人へ「こだま」します。
この広告が、人と人のやさしい会話のきっかけになることを願っています。
ACジャパンの公共広告は電通や博報堂など大手広告代理店会社が作っているのですが、流石広告のプロが選んだ詞(ことば)センスが私は好きです。...引用リンクがサーバーダウンで繋がりませんm(_ _)m

でも、ACジャパンのCMばかり流れるのは、震災報道特番や、春の番組改編、そしてこの震災で企業が先行き不安のため、スポンサーCM予算がつかない事も要因です。...つまり
acジャパンのCMを流すという事は「只今このCM枠が空いています。」...という
民放や広告代理店にとって只今CMスポンサー募集中のCMでもある訳です。

日本復興にあたって、企業は製品PRだけでなく日本国民が勇気づけられるCM。強い日本、礼節ある日本人の「行為や心」が「こだま」していくCMで、この枠が埋められていくことを願っています。

詩人:宮澤章二の「行為の意味」
「こころ」はだれにも見えないけれど 「こころづかい」は見える
「思い」は見えないけれど 「思いやり」はだれにでも見える


八百長問題で日本の国技の大相撲は崩壊の危機...
被災地が落ち着いたら、そこから相撲巡業をはじめたらどうだろう?
チャンコを振舞って被災地を元気づけられないかしら?

「忘れないでください。あなたの手で伝えられることがたくさんあります。」

以下はACジャパンのCMではなく...高校3年生の時に阪神淡路大震災のボランティア体験談を綴った会社員さんのブログ
被災者の役に立ちたいと考えている優しい若者たちへ〜僕の浅はかな経験談〜より抜粋
結局僕たちは、物理教師の言ったとおり、なんの役にも立たなかった。
配給のパンを配って回ったり、お年寄りの移動に付き添ったり、避難所の周りを掃除したり、雑用をさせてもらったが、持っていった食料は5日で尽きた。風呂には入らなかったが、寝るところは防犯上困ると言われて避難所の中で寝た。生活のインフラ整備や瓦礫除去作業は、消防や自衛隊があ然とするくらい力強く、迅速に問題を解決していった。僕達の存在は宙に浮き、遊び半分で来たボランティアごっこのガキ扱いをされていた。実際手ぶらで現地に入って、汚い仕事を嫌がるような若者はたくさんいたし、そういうグループと僕達が、能力的に大きな差があったかというと、とてもそうとは言えなかった。

僕達が現地で強く学んだことは、「何かして欲しい人」がいて「何かしてあげたい人」がいても、事態は何も前進しないということだった。人が動くためには、「人を動かす人」が必ず必要になる。社会人なら常識として知っている事さえ、僕たちは知らなかった。
「行為の意味」の現実を率直に綴られていらっしゃいます。災害時の「こころづかい」や「思いやり」を有効に生かすためにも、日本はシステムを大きく変えなければ・・・

抜粋(引用)させて頂いたブログはご本人のご意向で3/23を以って閉鎖なさいました。
誠実且つとても参考になる記事でしたので、閉鎖に至るご本人のコメントを含めて全文を保存させて頂きましたm(_ _)m




被災者の役に立ちたいと考えている優しい若者たちへ〜僕の浅はかな経験談〜
【全文】及び【ご本人のコメント】


阪神大震災が起きたとき、僕は高校3年生で、しかもセンター試験の翌日だった。
遠くから沢山のトラックが走ってくるような、不気味な音が夢うつつに聞こえ、気がつくと家全体が揺れていた。父親にたたき起こされて玄関を開け、ガスを閉めてTVをつけると、阪神高速が崩壊していた。家が揺れた恐怖と、テレビの実感の無さと、街中の静けさが記憶に残っている。

その日は登校してセンター試験の自己採点を行い、二次試験のための面談をしなければならなかった。僕は迷ったが、結局自転車で出発した。大阪城の堀から水が溢れ出していた。

学校に着くと全てがいつもどおりで、来ていない生徒もいたが、先生は特に何も言わなかった。粛々と自己採点し、粛々と面談が行われた。僕達の仲間で三宮と西宮に住んでいる友人がいたのだが、さすがに登校はしていなかった。昼休みに仲間3人で、二次試験が終わったらボランティアに行こうと話をしていた。

下校時刻になって、担任の物理教師がおもむろに話しだした。
「今回の震災で我校の教師や生徒も被災者となり、登校できない人がいます。センター試験が終わり、受験生としての役目を終えた人もいると思います。あなた方の中には、正義感や義侠心に駆られて現地に乗り込む人もいるでしょう。それは間違ったことではありませんが、正直に言えば、あなた方が役に立つことはありません。それでも何かの役に立ちたいという人は、これから言う事をよく聞いてください。

まず食料は持って行き、無くなったら帰ってくること。被災地の食料に手を出してはいけません。
寝袋・テントを持っていくこと。乾いた床は被災者のものです。あなたがたが寝てはいけません。
作業員として登録したら、仕事の内容がどうであれ拒否してはいけません。集団作業において途中離脱ほど邪魔なものはないからです。
以上の事が守れるのであれば、君たちはなんの技術もありませんが、若く、優秀で力があります。少しでも役に立つことがあるかもしれない。

ただ私としては、今は現地に行かず受験に集中し、大学で専門的な知識や技術を身につけて、10年後20年後の災害を防ぐ人材になって欲しいと思っています。」

言葉の端々は忘れてしまったが、教師が言いたかったことは今でもはっきり憶えている。

結局僕たちは、物理教師の言ったとおり、なんの役にも立たなかった。
配給のパンを配って回ったり、お年寄りの移動に付き添ったり、避難所の周りを掃除したり、雑用をさせてもらったが、持っていった食料は5日で尽きた。風呂には入らなかったが、寝るところは防犯上困ると言われて避難所の中で寝た。生活のインフラ整備や瓦礫除去作業は、消防や自衛隊があ然とするくらい力強く、迅速に問題を解決していった。僕達の存在は宙に浮き、遊び半分で来たボランティアごっこのガキ扱いをされていた。実際手ぶらで現地に入って、汚い仕事を嫌がるような若者はたくさんいたし、そういうグループと僕達が、能力的に大きな差があったかというと、とてもそうとは言えなかった。
僕達が現地で強く学んだことは、「何かして欲しい人」がいて「何かしてあげたい人」がいても、事態は何も前進しないということだった。人が動くためには、「人を動かす人」が必ず必要になる。社会人なら常識として知っている事さえ、僕たちは知らなかった。

僕達は現実に打ちひしがれて現地を離れ、浪人を経て京都の大学生になった。そして被災地への情熱も無くなっていった。結果的に僕達の正義感は、ハリボテだったのだ。正直に告白し、反省する。僕たちは、神戸への気持ちを、たった一年間も持続させる事さえできなかった。

今回の震災で、被災した人の役に立ちたい、被災地のために何かをしたい、と感じている若い人達がたくさんいると思う。でも慌てないで欲しい。今、あなた方が現地で出来ることは、何一つ無い。現地に存在すること自体が邪魔なのだ。今は、募金と献血くらいしか無いだろう。それでも立派な貢献だ。胸を張って活動して欲しい。
そして、是非その気持を、一年間、持ち続けて欲しい。もしも一年経って、あなたにまだその情熱が残っているなら、活躍できるチャンスが見えてくるはずだ。仮設住宅でのケアや被災者の心の病、生活の手助けなど、震災直後よりも深刻な問題がたくさん出てくる。そういった問題を解決するために、NPOなどが立ち上がるだろう。その時に初めて、被災地は「何も出来ないけど何かの役に立ちたいと思っている、心優しいあなた」を必要とするのだ。もしかするとそれが、あなたの一生を変える大きなきっかけになるかもしれない。

結局僕は紆余曲折を経てGISの技術者になり、専門分野は違っても、多少なりとも防災の分野に寄与できる立場に辿り着いた。あの頃よりも、少しは人の役に立てるようになったんじゃないかなと考えている。

2011/3/15 追記
沢山の反響ありがとうございました。同じような経験をされた方もたくさんおられたようで、あの時感じた孤独感が今頃癒されております。

僕は上記のエントリーで一年は待ってみようと書きましたが、そんなに待たなくてもいいようです。すでにNGOなどの支援団体が、ボランティア受け入れに向けて動き出しているみたいですね。もちろん募集など具体的に動き出すのはまだ先になるでしょうが。

時間と体と情熱のある人は、そういった「人を動かす人」としっかり協力して、自分の能力を最大限に発揮して欲しいです。もちろん1年、2年、5年、10年スパンで細く長く復興を援助する気持ちもとても大切だと思います。

2011/3/16 追記
みなさま
ありがとうございます。
基本的にこの文章自体はコピーやリンクの制限はしません。
ただ大変申し訳ないのですが、紙媒体等にコピーされる場合はこのサイトのURLやクレジットを外していただけませんでしょうか?
なにぶん個人的な生活も書いている個人ブログですので、インターネット以外の媒体にこのサイトが広がってしまう事にちょっと困惑しております。
申し訳ありませんがご協力よろしくお願い致します。

2011/3/17 追記
このエントリーを読んでいただいた皆様
色々とご意見いただきましてありがとうございました。
他のエントリーやコメントにも書きましたが、このエントリーはあくまで私の個人ブログに、自戒・懺悔の意味で書き記したものです。
もちろんそれが他の方の力になったのであれば嬉しく思います。
まさか「善意の炎上」というものがこの世にあるとは思えませんでしたが(笑)。
心配のコメントもいただきましたが、このブログ自体は開設して日も浅く、私自身が有名人になったわけではありませんので大丈夫です。ありがとうございます。
実は私の文章の拙さが原因で、いくつか誤解が生じているようです。
自分の思いがすべての人に完璧に伝わるなどという傲慢な考えは流石に持っていませんが、現実問題として弊害を生むのであれば、書いた者として責任をとる義務があると感じています。
いただいたご意見の中で、私が最も深刻かつ意外に感じた誤解は、
「『僕』が、現地ボランティアは害悪だから、素人は現地に行くべきではないと論じている」
というものです。

確かに私は文章中で、素人が現地に行っても邪魔になるだけだ。と書きましたが、これはあくまで災害発生直後の「救出フェーズ」に「無組織で」乗り込むことの非効率性を書いたつもりでした。

これに対して、「いや私はその状況で乗り込んで役に立ったのだ」という意見に対しては私はとても嬉しく感じています。
以前も書きましたが、この問題にはこれという正解はありませんので、全ての判断・経験が平等に尊重されるべきだからです。

しかし、「現地ボランティア自体を否定している」
「募金の方が現地ボランティアよりも崇高であると言っている」
という誤解は、今後のボランティア行動全体に水を差してしまう危険性を感じました。
これが私が深刻に思った理由です。

意外だったのは、私の予想よりも多くの方が同じような誤解をされているという事です。

今後この震災は、「救出フェーズ」から「復興フェーズ」へと移行していきます。
被害の軽微だった地域では、すでにフェーズが移行しているかもしれません。
その時こそ、時間と体力と情熱のある人は、是非ボランティアに応募して欲しいと考えています。

しかし上記のような誤解を招く表現を、この文章が内包しているのであれば、いつまでもweb上に置いておくべきではないと考えました。

また、今後は今回の震災に関する新しい情報がどんどん入ってくると思います。
すでに前回の震災には無かった問題が散見されます。
前回の経験は、震災直後の情報が全くない状況で、情報が蓄積されるまでの「繋ぎ」としての
役割を果たせれば、それでいいのではないかと考えます。
前回の経験を篩いにかけ、今回の状況と合わせることで、よりよい経験を残して行くべきです。

以上の理由により、このエントリーおよびこのブログは今月23日をもって削除することにしました。

引き続き文章のコピーや引用は、それぞれのご判断にお任せいたしますが、
ただ、できましたらご活用の際は、
・このエントリーはボランティア自体を否定したものではなく、どうせならより効果的な参加方法を、冷静に模索して欲しい
という趣旨である事を補足していただけるとありがたいです。
情けないことに、私にはどう言葉を修正すれば真意が伝わるのかが分かりかねますので・・・。
また、マスメディアへの転載はどうかご遠慮下さい。
私の大切な思い出の部分もありますので、能動的にマス配信されることにどうしても抵抗があります。どうかご理解下さい。

今回の「炎上」では本当に色々面白い経験をさせていただきました。twitterの友人も増えましたし、facebookも塩漬けにしていたのが強制的にたたき起こす事になりました。
様々な業種の方とコンタクトがとれたのも嬉しかったです。
みなさんのコメントが消えてしまう事が心残りです。どうかお赦しください。

願わくばこのエントリーを読んで、少しでも多くの若者達が、僕が挫折したボランティア活動の続きを経験し、苦しみの中に多くの成長と喜びを得られますよう、また一日もはやく被災地に明るい朝がやってきますよう心からお祈りしています。



この記事を読んで私(たすけ)自身は
「現地ボランティア自体を否定している」
「募金の方が現地ボランティアよりも崇高であると言っている」

とは毛頭感じることはなく、多数コメントを寄せられた方々も同様の思いだと思います。
他人様のブログの全文〜コメントまで拙ブログに残すことは、逡巡いたしましたが...

金子みすゞの「こだまでしょうか」の詩(詞)が視聴者に伝わってないことに愕然としました。
(後日、本文とコメント欄に金子みすゞの詩(詞)について追記しておきました)
震災ボランティア体験談の詞(ことば)もちゃんと正確に伝えなければならない...という思いと。

『私のボランティアに関する思い出エントリーについて、多くの皆様が読んでいただき感謝しております。こういった経験談は阪神大震災後、結構頻繁に聞かれたものでしたが、皆様の目には新鮮に写ったようで、反応の多さにいささか戸惑っております。』

と、ご本人が綴っていらっしゃいましたが...
このような貴重な体験談があったことを私自身は全く知りませんでした。私が残さなくても、誰かしらこの体験談は保存なさっていると思いますが、私自身、この方の誠実な文章に深く感銘を受けましたので、拙ブログに保存させて頂く勝手を何卒お許しくださいm(_ _)m

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2011年03月19日

posted by たすけ at 00:00 | Comment(3) | TrackBack(0) | ■泡沫(うたかた)日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>この記事に「こだまでしょうか の意味」の検索でたどりついた方々へ

こだま=(やまびこ)のことです。
正確にはこだまは、森や林の木に反響して返ってくる場合
やまびこは、谷を越えて山全体から反響して返ってくる場合
どちらも言った(叫んだ)言葉が自分に返ってくる(反響)です。

「遊ぼう」→「遊ぼう」って返ってくる
「ごめんね」→「ごめんね」って返ってくる
「ヤッホー」→「ヤッホー」って返ってくる

こだま(やまびこ)でしょうか?...問題
いいえ、誰でも(人と人の会話)のことです。...答え
...という、結びになっている詩です。

※補足
金子みすゞ記念館のURL
http://www.city.nagato.yamaguchi.jp/misuzu/index.html

金子みすヾWorldのURL
http://www.owari.ne.jp/~fukuzawa/misuzu0,.htm

「大漁」 金子みすヾ(みすず)

朝焼け小焼だ
大漁だ
大羽鰮(いわし)の
大漁だ。

浜は祭りの
ようだけど
海のなかでは
何万の
鰮のとむらい
するだろう

この詩は有名なのでみなさんご存知だと思います。
Posted by たすけ at 2011年03月16日 02:40
このたびの未曾有の災害(大地震・大津波・原子力発電所の事象)に見舞われた方々にお見舞い申し上げます。

たすけさまのお宅や地域は、大丈夫でしたでしょうか?

我が家は関西なので、通常の生活をしています。(申し訳ありません。)

配偶者が、
「俺が、ボランティアになって、被災地に行く!」
と、災害(大津波)発生直後に言ってました。

すかさず、長男(23歳)が、
「おとん(お父さん)が被災地に行くのなら、トイレ、寝るところ、食事等は、総べて自分で賄えなければいけない。
そうしないと、被災地に多大な迷惑がかかる。
それよりも、避難場所の無い人を自宅で受け入れるとか、物資(新品)や義援金を送る方が、ボランティアになる。」
と、言ってました。

配偶者は長男に、
「それは、冷たい考え方だな。」
と、言ってましたが、最近になって、長男の考え方に賛同しているようです。

ボランティアに行った者が、被災地で、食事やトイレや寝る所の提供を受けるべきではない。
せめて、自分の事は自分で処理できなければいけない。
もう少し、避難所の設備が整ってから、復興のお手伝いをすればいいのでは?
それまでは、自衛隊や現地の方々にがんばってもらうのがいいかもしれない。
もちろん、県外に住んでいる私たちも協力できることはしなければ…。と。


>被災者の役に立ちたいと考えている優しい若者たちへ〜僕の浅はかな経験談〜
【全文】及び【ご本人のコメント】

拝読いたしました。
当時 高校生3年生だった彼も、いろいろな体験を通じて、成長されたと思います。
じっとしていられなかったのでしょう。
それらの体験は、決して無駄ではなかったと思います。

私は、1年後も、被災地の事を覚えているのだろうか?
3か月、半年と経過するうちに、今回の災害も人々から忘れ去られて行くのかもしれません。

復興に向けて、私が役に立つことがあれば、協力をさせていただきたいです。
大したことはできないと思いますが…。

すみません。
取り留めもなく、ダラダラと書きつづりました。
m(__)m
Posted by やん姫 at 2011年03月18日 10:36
>やん姫さん
私の居所や家族・親類はどうもありません。ただ、知人には被災された方々がいます。

日本人特有なんでしょうか...
ご遺族の方がさらりと明るく言ってのけ、聞いた方が押し黙ってしまいます。

悲しい・辛いことは忘れた方が良いのですよ。
大切なのはその教訓を次の世代にちゃんと伝えることだと思います。
Posted by たすけ at 2011年03月18日 19:33
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