常総市(旧石下町)に残る平将門史跡

ちばらきチャンネル


ちばらき(千葉県北西部&茨城南西部)の各地に将門伝説や将門史跡が残っています。
どうも後世の後付けで由緒が怪しい史跡も多数あるのですが、でもそれだけこの地域では将門に対する信望が篤い証拠だと思います。

将門の郷 坂東市

ちばらき各地で、最も将門縁(ゆかり)に力を入れているのが、平将門終焉の地となった坂東市(ばんどうし)で、毎年11月の第2日曜日に将門まつりを開催しています。2010年は11月14日ですね。
拙ブログではこれまで何度も坂東市の将門史跡【神田山、将門胴塚(=延命院)、国王神社、島の薬師(=延命寺)、石井営所etc】には触れていますので、今回は常総市(旧石下町)に残る平将門一族の史跡に関して綴りたいと思います。

常総市(石下町)に残る将門縁の史跡に関しては、将門の父=良将に関する史跡が多いが特徴で、『将門記』などでは「良将」を「良持」と記しており、以下の写真資料に出てくる平良持とは、将門の父=良将のことです。

常総市(石下町)市地域交流センターと豊田城跡
この写真は、前記事に出てきた、常総市(石下町)地域交流センター【通称:豊田城】と小貝川の土手上にある、豊田城址ですが。石下地区を歴史散歩(歴史ポタ)する場合、石下(石毛)城、向石毛城、豊田城、豊田館など、混同しやすい名称が多いのでご注意をば。

石毛城跡
石毛城と向石毛城関係図

今記事では、旧石下町に残る平将門縁の史跡をご案内しますが、石下周辺に残る平将門一族の史跡は非常に地味です。畑や土手の上に説明書きの看板が立っているだけ、というものがほとんどです。

主に鬼怒川サイクリングで石下大橋手前や石下橋付近に見られる史跡について触れますが、石下駅から徒歩でも十分回れる範囲です。でも逆にロードバイクの巡航スピードで走ってしまうと、ほとんど気づかず通り過ぎてしまうと思います。

鬼怒川左岸21km 篠山水門
先ずは、おそらくここなら絶対気づくであろう、鬼怒川右岸21km地点の篠山水門について。地図

将門(しょうもん)川
この水門は、将門川(しょうもんがわ)が鬼怒川に合流する地点です。

平親王将門一族の墳墓
この篠山水門のすぐ手前の土手下に、平親王将門一族墳墓の地の案内板があります。


六所塚
さらにこの平親王将門一族墳墓の地の案内板から、真西方向に六所塚古墳。地図
ただ、六所塚に舗装道で行くには土手を250m下流に戻って、下りる道を行くしかありません。


向石毛城跡 豊田館跡
平将門像(常総市 将門公苑)
篠山水門(将門川河口)を過ぎて、石下大橋のアンダーパスを過ぎると次が石下橋です。
その石下橋の西に法輪寺(将門公苑=向石毛城跡=豊田館跡)があります。地図
NHK大河ドラマ「風と雲と虹と」で、平将門は「豊田の小次郎」として活躍しますが、ここがその豊田の館跡ですね。ここは、わかりにくい場所で、いずれ石下橋も新しい橋となり、地図とは若干位置関係が変わると思いますので注意してください。
将門公苑から県道24号線に戻り、ママの店の正面から入る路地があります。すぐにY字になりますが、右に道なりに進むと...

香取大明神
香取大明神に辿りつきます。 地図

さらに香取大明神を右手にみながら約1.5km、たんぼと畑の中を道を進むと....

下総国亭(庁)跡.jpg
下総国亭(下総国庁)跡 地図

農道国生(こっちょう)
途中に農道国生という看板が見えます。国生=こっちょうと読み。ここに下総国の国庁(こくちょう)があった名残ですね。


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2010年11月08日

posted by たすけ at 14:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | ちばらきチャンネル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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