三輪野山貝塚と縄文パラダイム

流山チャンネル


題名の縄文パラダイムとは、先日★かしわで(地産・地消の農産物直売所)で購入した、山菜おこわと田舎饅頭を食べながら妄想していたことです・・・

先土器〜縄文〜弥生〜大和(古墳)の時代の変遷で...中国が春秋戦国時代から始皇帝による統一王朝が確立される前後に、数多の中国人や朝鮮人が戦禍を避けて日本に渡り...稲作や進んだ文明を伝播しながら、緩やかに縄文人(日本先住民)と融合しながら弥生人が形成され、今日の日本人に至り...同時に日本国内で侵略と覇権の歴史が始まるわけで、まぁ弥生〜大和(古墳)のあたりは記紀の神話に拠るとして。

約1万年も続いた縄文時代の生活スタイルは地産地消・共同分配であり、富の蓄財や身分の区別もない友愛な時代で、逆に言えば食べていくだけに必死な時代であり、争っている暇などない時代と言えるかもしれませんが...いずれにしても、TV番組などで現代世界の中で未開の地と言われる原住民の人々が地産地消・共同分配で自然と調和しながら生きる友愛パラダイムがまさに縄文パラダイムだと思うわけです。

10.01.16_01.jpg

この画像は、環状盛土遺構の発見で古代史フリークの間では有名な流山市三輪野山貝塚の案内版です。遺構と言っても発掘後は丁寧に埋め戻してただの空き地になっているだけですので、ほとんど気づかれる人は少ないようです。埋め戻し前の画像は→こちら by[さわらび通信]

因みに●流山市ふるさと入門講座考古学コース(全4回)では
概要  発掘調査で明らかになった流山の遺跡についての話として

第1回  流山の遺跡  小栗信一郎(当館学芸員)
     平成21年12月13日(日) 13時30分〜15時30分

第2回  三輪野山貝塚の発掘調査から  小川勝和(当館学芸員)
     平成22年1月17日(日)  13時30分〜15時30分

第3回  流山の古墳  増崎勝仁(当館学芸員)
     平成22年1月24日(日)  13時30分〜15時30分

第4回  流山の古代農民の生活と文化  松浦宥一郎(日本考古学協会員)
     平成22年1月31日(日)  13時30分〜15時30分

会場   流山市中央図書館会議室
対象   一般
定員   50名
費用   200円(4回分資料代として)

なのですが、申込みはすでに終了しているようです。

三輪野山(みわのやま)の由来は、西より来た人々がこの周辺の地形が奈良の三輪山周辺に良く似ているとのことで、大和三輪の大神神社を勧請した茂侶神社(三輪神社)も祀られていますが...
それはともかくとしても、この地は古東京湾に面した高台で、海の幸・山の幸に恵まれていて、古代人(縄文人)にとっても、とても住み良い環境であったことには間違いないと思います。

流山南部中の裏手ある三輪野山の森は、幼い頃は昼なお暗い森で、その中心には底なし沼のような湧池がありました。おそらく三輪野山縄文人はこの湧池から水を汲んでいたんだろうなと、中学校の時に歴史を学んだ頃に妄想しておりました。

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今はその湧池もすっかり埋められてしまい、うっそうとした森も間引きや下草刈を行い静かな公園に変わっています。

10.01.16_03.jpg

古東京湾を見下ろす三輪野山の高台の一部にはこうしたフィールドアスレチックが整備されて子供達の遊び場となっていますが、せっかくならばこうした遊具のほかに、ここはかつて古代人が自然と調和しながら暮らしていた場所なんだよ...とわかるような竪穴式住居風滑り台とか高床式倉庫風ログハウスとか..そんな遊具を作ればいいんじゃないかなぁ..などと。いつも妄想ばかりしながらポタリングをしている私なのであります(笑)


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2010年01月16日

posted by たすけ at 10:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | 流山チャンネル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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