戦国時代とノロシの香り

流山チャンネル


いきなりですが『熱血!平成教育学院』風に歴史問題です。
次のA・Bどちらの方が古い時代の出来事か答えなさい。
A.「土民が刀や槍を武器に一揆を起こした。」
B.「百姓が鎌や竹槍を武器に一揆を起こした。」


A.は土一揆の説明で室町(戦国)時代。B.は百姓一揆の説明で江戸時代。なので正解はA
要は秀吉による刀狩以前の戦国時代は、武士と農民の区別は曖昧であったことを問われている訳ですが、学校で教そわる歴史は、せいぜいこんな表面的な言い方だけであり、これが市民講座になると「誰もが人殺しをした時代」「何もしなければ餓死者がでる時代」なんて表題がついた講座になりまして..
それが先日の「関東の戦国時代」題した流山市立博物館の企画展「中世の流山を探る」に併せた記念講演でした。その講演内容と酷似したサイトがありましたのでご興味のある方は「戦国期農民の危機管理」をご参照ください。

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しかし、市民講座は難しいですねー。なんせ当日参加した自転車仲間の七人の侍は、現役の歴史作家&大学教授&歴史オタクの集団です(笑)これらの聴衆を満足させるには、相当なトピックスを用意していないと「ふ〜ん」で終わってしまいます。私的にはあえて脱線覚悟でもっとデフォルメした話を期待したのですが^^; 結局、抑揚のない真面目な話だけで終始していました。

つ〜わけで、ちょっと脱線話をしちゃいます(苦笑) 講演の中で『半手』というキーワードが出まして「へぇ〜」とためになりました。
「半済」は軍備兵糧が自前であった武士の為の時限立法だったものが、なし崩し的に全国に広がり武士の領地支配を促し、やがては荘園制度の終焉につながった取り決めですが、『半手』とは戦国時代に国境地域の住民(村人)が敵対する双方からの攻撃や略奪を免れるために、敵対する双方に年貢(税)を納める安全保障対策だそうです。
「例えれば、朝鮮半島の38度線付近に住んでいる村人が、韓国と北朝鮮の両国に納税している。」でもいつ何時、両国のどちらかが自分の村を襲ってくるかもしれないという危機感は常にあるわけで、安全保障の代償を納めた上でなお、応戦する武器も用意しているというカンジでしょうか。
現代日本で言えば、相当の安全保障の代償を米国に支払いつつ、自衛隊という防衛武装はしている訳で、いつの時代でもこのような状況はある訳ですね。...って。このまま脱線し続けると際限がなくなるので(苦笑)

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20日の集合場所の流山橋に向かう途中、新川耕地で田ノロシの風景(ノロシ=刈り取った稲を束にして干す稲掛)に出会いました。周辺に駐車していた作業をしていた方々の車のナンバーを見たら、ほとんど都内のナンバーでした。新川耕地では愛宕農園をはじめ体験農場が沢山あります。
私が7歳(昭和40年)の頃は、流山市は第一次産業人口(農家)は24%で、初秋の西平井や加の通学路は(現在の平和台付近)田ノロシだらけでした。写真の奥に見えるのは大原神社の鎮守の森です。

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干し稲の香りや籾殻を焼く煙りの臭いを嗅ぐと何故だかほっとする気持ちになります。実った稲を略奪が当たり前、自分で稲を作っても自ら食べることすら叶わなかった時代から500年。耕作者が居なくなった田を、江戸から来た人々が趣味として稲作をし、炊きたての銀シャリを食べることができる時代になりましたが、ノロシから漂う「稲干」の芳しき香りは500年前と変わらないんでしょうねー。


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2009年09月25日

posted by たすけ at 02:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 流山チャンネル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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