2012日本フットパスセミナーin行方(なめがた)

ちばらきチャンネル

2012年11月3日〜11月4日 日本フットパスセミナーin行方(なめがた)開催です。

2012日本フットパスセミナーin行方(なめがた)

フットパス[Foot Path] とは?
里山や古い街なみ田園風景を楽しみながら 歩く[Foot] + 小径[Path]のこと。
英国が発祥と言われており、日本では里山ツーリズムの一環として徐々に浸透しつつあります。
2012 日本フットパスセミナーin行方の詳細は⇒こちらのPDF 日本フットパス協会⇒[公式HP]

ようこそ行方市へ

茨城県行方(なめがた)市ってどこ?
茨城県南部の旧玉造町・麻生町・北浦村が合併した町で
霞ヶ浦と北浦に挟まれた水辺の自然豊かな里山が広がり、古墳なども数多く存在します。

茨城県南部2007年
茨城県南部1980年

私はフットパス[Foot Path=歩き]ではなく、里山ポタ(自転車で散歩)を趣味にしているのですが、やっぱりその場合はMTB(マウンテンバイク)やクロスバイクが適しています(^^)
先日、10月27日の百里基地航空祭の後は、小美玉市(旧小川町・美野里町・玉里村)の旧街道や杜や田園風景を巡ってきました。

鹿島神社の巨木と素鵞神社

私的には、きれいに整備されている素鵞(そが)神社より
2本の巨木(古樹)が鎮座する鹿島神社の方が好きです。

鹿島神社(小美玉市)
下馬場緑地(小美玉市)

この神社周辺は、緑地環境保全地域(そんなに広くないですが)として指定されているので
2本の巨木は今後も安泰でしょう(^^) 
フットパス[Foot Path]の肝は、あるがままの環境を残すことが観光資源として地域の活性化につながるという考え方です。発展著しい流山市で、すべての里山環境を残すことは不可能ですが、残すべき環境地域はしっかり線引をして保全に努めないと....「都心から一番近い森の街」の看板が心配です。

小美玉市の風景

帰り道、まだまだ戦闘機が飛んでいたのですが、とてもコンデジでは写りません^^;
また、猛禽数羽とタヌキにも遭遇しましたが、これも写真は間に合わなかったので

鹿島神社の鷹.jpg

なので最後に、鹿島神社の動かない鷹画像を掲載しておきます^^;
やっぱり、私、里山ポタ(田園風景や旧跡巡りウロウロするのが)が好きなんですねf(^、^;

2012年11月02日

posted by たすけ at 16:52 | Comment(4) | TrackBack(0) | ちばらきチャンネル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

小川市街地から茨城空港(百里基地)までの道順

ちばらきチャンネル

先日の百里基地航空祭で、茨城空港(百里基地)に向かう時、道順ランドマークの小川南中に向かう筈が、旧小川市街地で右折しそこねて結局、車の多い道を使ってしまいました。なので、来年以降のために茨城空港(百里基地)までの道順を復習してきましたf(^、^;

旧小川町から茨城空港(百里基地正門)まで

小川のレトロな街並みに入る手前で右折し、小川南中で左折すれば信号ストレスのない自転車にとって優しい道で茨城空港(百里基地)まで行けます♪(但し、途中に激坂が1ケ所あり^^;)

小川南中から茨城空港(百里基地正門)

途中に?という標識があったので、掲載しておきます。
この坂を下って真っ直ぐ山川方面への激坂を登って行った方が、茨城空港に近いです。
標識の通リ、行方・百里基地方面に右折すると、百里基地の南門(裏門)に出ます。航空祭の時は、南門も開放しているそうですが、普段は南門からは基地に入る事はできません

小川町から茨城空港へ

こんな長閑な風景を横目に見ながら進むのですが、車にとっては細い道です。
『でも、拡張工事をしていたのでいずれは道幅も広がるかも?』

原則土日は、百里基地の戦闘機訓練はないのですが、いったん茨城空港に出てフェンス(滑走路)に近い畑道を行くと、運が良ければ飛行機の離着陸が見られるかもです(^^)
注.航空祭開催の時は自転車も畑道は進入禁止になります。

茨城空港のF-4と百里基地

左:茨城空港名物のF-4EJ改 302飛行隊のファントム(迎撃戦闘機)
右:迷彩色塗装の方が、RF-4EJ 501飛行隊のファントム(偵察機)
下:茨城空港展望デッキから見た、航空自衛隊百里基地(第7航空団)

茨城空港ロビー.jpg

茨城空港売店01

茨城空港売店02

茨城空港...このところの中韓の反日運動の影響で寂しげでしたね。

さて、
売店で物色していたら、スーツ姿の男性たちが勧誘の声をかけてきます。
「ん?こんな場所で??」

茨城県教育財団調査遺跡紹介展2012 in 茨城空港

見て ふれて 楽しい考古学 ⇒紹介記事01 紹介記事02

ま、こーゆーのが嫌いではない私にとっては
思わず遺跡資料をもらってラッキー♪でしたが
ほとんどの人が、見学ついでに覗きに来た...という風でした。

何故、空港で遺跡紹介展??
とにかく茨城空港の利用率向上の為?
それとも小美玉市で一番人が集まる施設が空港なの?


などと、考古学とは全然関係ないことに興味津々でした(笑)

2012年11月05日

posted by たすけ at 23:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | ちばらきチャンネル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東筑波観光 / 石岡市のレトロな街並み風景

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東筑波とは、筑波山に連なる山々の北東及び南東側に連なる山々の麓で、石岡市の旧八郷町、土浦市旧新治村、かすみがうら市千代田町あたりを云います。桜川市の旧岩瀬町あたりは東筑波でなく裏筑波と云われることが多いです。



こちらが昨年にアップした、東筑波観光のポタリングルートマップですが
このルートに沿って、先ずは石岡市街地(レトロな街並み)のレポです。



石岡市は常陸国の国府(現在の県庁)が置かれていた街ですので、流山市と比べての歴史の風格が違います。下総国で言えば市川市と同格ですね。だいぶ以前【石岡のおまつり】の人出に驚きまして、さぞかし秋の行楽シーズンの11月3日〜4日は観光客で賑わっていると思ったら・・・

人がメインストリートに歩いていません^^; 車の通リも少なく、駐車場もガラガラ^^;

「なんで?駅からこんな近い場所に、レトロないい感じの街並みがあるのに」
「石岡市街地の歴史観光のポテンシャルはかなり高いと思うのですが・・・」


石岡市観光案内所とまちかど情報センター

石岡駅前に観光案内所があり、200m先の国府三丁目にまちかど情報センター
そして、旧355号線沿いに100mちょっとで、まち蔵「藍」

まち蔵「藍」(石岡市)

江戸末期に建てられた染物屋「丁子屋」(国の登録文化財)を活用した観光スポットです。
特産品の販売、藍染め体験(要予約)や各種展示もしています。コーヒー、抹茶の喫茶の休憩も可能です♪
流山本町の施設に例えると見世蔵や一茶双樹記念館のような施設なのですが・・・石岡国府のまち蔵「藍」は、見世蔵や一茶双樹記念館(母屋)より大きくて2階のスペースも凄くいい感じです♪

でもとにかく、来客が少ない^^; もったいないなぁ・・・
なにせ人が通リを歩いてないので仕方ないことですが、流山のレトロ復活施設にそこそこ来客数があるのに、石岡のこんな良い場所&良い建物で来客が少ないのか?

流山の施設は外からの観光客だけでなく、流山市民のリピーターが多い。
これが大きな違いかしら?

もっとも石岡のおまつりは三日間で40万人の来客数があるとの事。それに対して流山市民祭り(2012年から森のフェスティバル)は、1日開催で2万人前後。石岡市の市街地観光は、年間を通じて、このおまつりの準備にかける事が最優先なのかも知れません。

まち蔵「藍」は、いっそお洒落なカフェにした方が稼働率(来客数)UPになるのではないかな?...なんて思ったりしたのですが。石岡二高前のJAひたち野の敷地内に「蔵日和 石岡工房」が9月にオープンしたそうで、「蔵日和 流山店」との比較が楽しみです。

ぶらっと半旅流山

もしかしたら、流山の足袋屋「丁字屋」が遊食伊太利庵になったように
石岡の染物屋「丁字屋」も遊食伊太利庵になったりして??

2012年11月06日

posted by たすけ at 20:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | ちばらきチャンネル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東筑波観光 / 茨城県八郷町(やさとまち)

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茨城県石岡市は2005年に八郷町と合併しました。



このポタリングルートのもう一つのメインは、旧八郷町にある峰寺山西光院です。



先ずもって注意しておかなければならないのは、西光院までの山道の細さです。
自転車で行く場合は脚力が最大問題ですが、昼でもなお暗い道なので冬期は凍結しているところもあります。また、車で行く場合は3ナンバーの車幅では、スレ違いにかなり神経をすり減らします^^;

動画中で遠くに見えたのが高浜方面の霞ヶ浦で、眼下に広がっていたのは柿岡盆地を中心とした八郷の田園風景です。(旧八郷町は茅葺き民家が数多く点在します。)

旧八郷町の茅葺き民家

【茅葺き民家は季節とともに暮らす里山文化の象徴です。茨城県石岡市周辺には、筑波山麓のやさと地区を中心に約80棟が点在します。】とDescriptionされた、にほんの里100選/やさと茅葺き屋根保存会だよりのブログが一番参考になりますよ(^^)

佐久良東雄旧宅 (国指定文化財 史跡)

こちらは国指定文化財&史跡でもある、佐久良東雄旧宅。
八郷の茅葺き民家は、現在住まわれていらっしゃいますので、無断で敷地に入っての写真撮影はマナー違反ですのでご注意をば^^;いずれにしても、茅葺きの里巡りは車より自転車の方が細い田舎道には適しています♪
石岡駅前にレンタサイクルもありますし、八郷地域を重点的にポタする場合は、佐久良東雄旧宅の少し先にある八郷総合運動公園にデポするといいと思います。

西光院と八郷の集落

茨城県石岡市と旧八郷町

峰寺山西光院からの眺望と、八郷から見える代表的な山の名前。
富士山と浅間山が見えますが、呼び名は【ふじやま】【せんげんやま】です^^;

さて、車も自転車もないよ!...っていう方には

石岡市観光巡回車

こちらの乗り降り自由な石岡市観光巡回車がありますよ♪⇒このPDFに詳細と発着時間
春(4月〜6月) 秋(9月〜11月)の土・日・祝に運行しています。
関東ハイヤーが石岡市と提携している観光サービスのようですね。
峰寺山西光院には行かないけど、東筑波(八郷町)の観光スポットを巡るには
この石岡市観光巡回車を利用するのが、一番得策だと思います(^-^)
posted by たすけ at 21:23 | Comment(2) | TrackBack(0) | ちばらきチャンネル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

登録文化財と指定文化財は何が違うの?

日記(うんちく放題)

登録文化財と指定文化財は何が違うの?...なんですが、ちょっと内容がてんこ盛りになってしまったので、後日記事を分割するかもしれません。

平成24年11月3日〜4日の2日間。
若干のリサーチ仕事を含め、筑波山周辺をドライブしてきたのですが、歴史話に全く興味を持たなかった家内も、先ずは古民家カフェからスタートしたので、少しは「ふ〜ん」と頷いてくれて、ちょっぴり嬉しかったです。
なにせ家内希望の・・・「東京ソラマチに連れて行け!」
の提案を袖にして、結婚記念日に史跡三昧に連れ回した訳で

そんな歴史に全く興味のない家内との会話をブログネタにf(^、^;



以下、2日間合わせてですが...★は家内評価(5個で満票)

⇒蔵日和・沼尻久右ェ門邸(国登録有形文化財)・・・・・★★★★
⇒金田官衙[こんだかんが]遺跡(国指定文化財・史跡)・・無
⇒大塚家住宅(国指定文化財・建造物)・・・・・・・・・無
⇒小田城址(国指定文化財・史跡)・・・・・・・・・・・無
⇒つくば道[北条〜神郡](日本の道百選)・・・・・・・・★★★
⇒平沢官衙遺跡(国指定文化財・史跡)・・・・・・・・・★★
⇒峰寺山西光院(県指定文化財)・・・・・・・・・・・・★★
⇒佐久良東雄旧宅 (国指定文化財・史跡) ・・・・・・・無
⇒常陸国分寺・国分尼寺跡(国指定文化財・史跡)・・・・無
⇒石岡レトロ街並み(国登録有形文化財)・・・・・・・・★★

登録有形文化財(沼尻久右ェ門邸)

この登録有形文化財の標識を見て・・・
「登録文化財と指定文化財は何が違うの?」
「登録は申請制だけど、指定は国・県・市が基準を定めている文化財(建造物)」
「"国"登録文化財より、"県・市"の指定文化財のほうが学術評価は高いんだよ」

「国指定文化財全国1位はダントツ599棟で京都なんだけど」
「国登録文化財全国1位は大阪府で514棟」
※.正確な棟数はあとで調べた結果です(2012年4月現在)

「因みに、通天閣は登録文化財だけど、東京タワーは登録文化財じゃない」
「え?そうなの?大阪の人は商売上手だからせっせと申請しているの?」
「知らんがな」(^^;)

...でも、府県指定文化財が茨城県が74棟で、大阪府がそれより少ない63棟しかないので。
家内の推測は、あたらずといえどもとおからず?(^^;)

金田官衙跡を車から見て・・・
「官衙(かんが)って何?」参照⇒「官衙とは?」
「今で言えば官庁・県庁・市庁舎みたいなもん」
「え?地面だけじゃない!星は無しよ」

小田城址を見て・・・参照⇒北畠親房縁の土地
「こんな、なんにもない公園が国指定の史跡なの?」
「平沢官衙のように、復元してわかりやすくしたらいいのに」
「ここも星ゼロね」...って(汗)

峰寺山西光院に行って・・・参照⇒茨城県指定文化財・建造物一覧
「けっこう立派なのに、国指定じゃなくて県指定なの?」
「ホントだよね。でもここは個人所有なのでどうなるかなぁ」

大塚家と佐久良家を見て・・・参照⇒国指定文化財・建造物一覧 史跡一覧
「蔵日和の敷地や建物の方が、立派できれいだったじゃない?」
「大塚家は、構造様式が対象で。佐久良家は、東雄の生家として史跡。」

大塚家住宅解説(国指定建造物)

佐久良東雄旧宅解説(国指定史跡)

「佐久良東雄旧宅は、小田城跡なんかと同列なんだよ」
「・・・めんどくさいわね。やっぱり歴史は興味ない」

ありゃりゃ(^、^;
まぁ、歴史オタクでない限り、史跡の多くは石碑だけで、なんにもない公園にしか見えないから、星ゼロは当然かもしれませんね(苦笑)それに学術評価と言ったって、所謂権威に基づいた評価なんで、市井の民からみれば、なんであっち史跡が指定されて、こっちの史跡は無視されているの?なんて疑問が生じる事が、ままありますf(^、^;




念のため補足しておきます。建造物や土木構造物及び工芸品(美術品)のうち

指定(重要)文化財の定義
■ 歴史的価値の高いもの
■ 学術的価値の高いもの
■ 意匠的に優秀なもの
■ 技術的に優秀なもの
■ 地方的特色が顕著なもの
※国、県、市の基準で指定されます。

登録有形文化財の定義
● 建造物が主で、原則建設後50年を経過しているもの
● 国土や地方の歴史的景観に寄与しているもの
● 建築造形の規範となっているもの
● 再現することが容易でないもの
※詳細は文化庁の⇒こちらの頁

国・郡・郷(里)制について
奈良時代の直前、701年の大宝律令(法令)で、国・郡・里の行政区分が始まります。
平沢官衙は、常陸の国・筑波郡の郡衙。
金田官衙は、常陸の国・河内郡の郡衙。

奈良時代になって、715年から里が郷に変わり、740年には里が完全消滅しました。
故郷という言葉や、今でも三郷や八郷などの地名をつけるの、その名残りですね。
通常、郷は郡の支配下に置かれるのですが、単独で郷が郡に昇格する特別区もあり、筑波山神社の参道に位置する神郡(かんごおり)は、この地区が筑波神領だった事に由来。



この日、小田城址から北条に向かう時。
「なんで、こんな細い道を行くの!」
「いや、自転車でいつもここを通るから」
「あれ?本日車両侵入禁止??」


平成24年11月3日(土)〜11月11日(日)筑波山麓秋祭り2012
期間中は筑波山麓5地区(筑波・田井の里・北条・平沢・小田)で様々なイベントをやってました。
平沢官衙はキックオフイベントで盛り上がっていました。
5月6日の竜巻の直撃を受けた北条地区も、まだブルーシートが目立つものの
「北条ふれあい館」は田村呉服店に拠点を移して再開していました(^^)

筑波山麓秋祭りというイベント開催中だった事もあり、11月3日〜4日は辺鄙なつくばの麓は観光客で溢れ、国登録有形文化財(古民家)を活用した蔵日和も予約客で埋まっていました。それにひきかえ、常陸国府で歴史ある石岡の市街地は閑古鳥状態で、シャッターを下ろしている店も多くて...(寂)

■つくば市北条の、穀倉から音蔵へ【宮清大蔵コンサートホール】
■つくば市金田(こんだ)の、米蔵を活用したベーカリーカフェ 蔵日和
■同じく古民家を活用した遊食伊太利庵 藤右ェ門 栄

う〜ん、こーゆーのが登録有形文化財の活用成功事例なんだなぁ。
これらの情報は、流山のブロガーさんから教えて頂いた情報です。
大変貴重な情報を教えて頂いて、ありがとうございました!(^^)/




そんな訳で、私も里山好き&坂道嫌いなサイクリストに情報をば(笑)

朝日トンネル(筑波山)

いよいよ来週の月曜2012年11月12日に朝日トンネルが開通です(^^)
土浦側の入り口は、つくばりんりんロード藤沢休憩所から北に向かって6〜7km
これで峠越えをせずに八郷の里(茅葺き民家スポット)に行く事ができます♪

でも、この朝日トンネルは自転車通行可能なのかしら?
きっと、近々に自転車仲間が報告してくれる事でしょう(^^;)

...って。最後は結局、他力本願かい!(自爆)

2012年11月07日

posted by たすけ at 19:00 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記(うんちく放題) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ダイダラボッチとまほらに吹く風に乗って

お気に入りサイト

ダイダラボッチと言えば
今は【もののけ姫】に登場したダイダラボッチのイメージが一番メジャーでしょうか?

もののけ姫のダイダラボッチ

ウルトラマンA(エース)には、ダイダラホーシという怪獣が登場したことがあるそうです。
⇒参照:ウルトラマンA 第46話「タイムマシンを乗り越えろ!」
けど、私はこの番組は見ていなかったので、ダイダラホーシはピンときません。

ダイダラボッチとは?については⇒Wikipedia
この中に『常陸国風土記』那賀略記の一節がありますが。現在でも、常陸国の国府(現石岡市)の港として栄えた「高浜」近辺の集落(旧関川村)で、それとはちょっとイメージの違う
ダイダラボッチを道端に飾っているそうです。
そのダイラダボッチが、ナニコレ珍百景に出てきそうなインパクトでした。
...って。もうすでにこのダイダラボッチはナニコレ珍百景に投稿&紹介されているのかな?

ダイダラボッチとガラモン

これです!私には、まるでガラモンのルーツのように見えました。
■ガラモン
特撮テレビ番組『ウルトラQ』第13話「ガラダマ」、第16話「ガラモンの逆襲」に登場
「ガラモン」は「ガラダマモンスター」の略
■名前のルーツ
信州地方では隕石の事を「ガラダマ」と呼ぶ。
その話をヒントに金城哲夫さんがストーリを作ったそうです。⇒参照:お笑いと怪獣

ダイダラボッチとムック

こっちのダイダラボッチはムックに見えるかな?
ムック⇒北極の近くの島で生まれた雪男の子どもで、ガチャピン(恐竜の子)の相棒。




実は11月3日と4日。2日連続して石岡に向かいました。
それは、旧関川村の「代田」「梶和崎」「古酒(ふるさき)」「長者峰」の路傍に飾られているという、このダイダラボッチの実物を見てみたいという目的もあったのですが・・・

11月3日は、到着が遅くなり日没サスペンデッド(悲) 4日は、自治会のゴミゼロ作戦のため出発が遅くなり、ちょっとは旧関川村あたりを周回したのですが・・・・

家内「どうして、同じところをぐるぐる回っているの?」
私 「え?そう?ナビがおかしいのかな??」
だって、ダイダラボッチを探している...なんてとても家内には言えません(^^;)
...という訳で、石岡のレトロ街並みを撮る事を優先に諦めてしまいました(残念)

もし、これが同好の士(輪友)と一緒だったら
「面白い!絶対見つけよう!」...になると思うんですけどf(^、^;




さて、私にとってこのダイダラボッチよりインパクトが強かったのは
この石岡市(関川地区)のダイダラボッチを紹介していたRomanさんが運営する
【まほらに吹く風に乗って】というブログや
【1300年の歴史の里<石岡ロマン紀行>】というHPです。

10月21日に輪友のテガさんのお誘いで、百里基地航空祭見学をした後、一人離脱して小美玉市・行方市・石岡市の里山ポタをして帰ってきたのですが。いつものように、写真に収めた名所旧跡や神社などの由緒の確認を検索しはじめて・・・

「フムフム・・なるほど」「へぇ〜、そうだったんだぁ」
...と、知らなかった事を知って、ドーパミンが出はじめてきたのですが。

「あれ?この書き方、このスキン(背景)」
「さっきから、同じブログやサイトを見てる??」

...なんと、私が知りたかった事のほとんどが、上記の
【まほらに吹く風に乗って】と【1300年の歴史の里<石岡ロマン紀行>】に掲載されていたのです(驚)

だいたい、自分が知りたいキーワードを入力すると、冒頭のWikipediaや地元の観光協会のようなサイトが検索にかかって参照することが多いですが....まぁ、知識が増える事は確かなのですが、無味乾燥というか、読んでいて面白みがないです。

ところが、【まほらに吹く風に乗って】...コレ面白い!ドーパミン出まくり^^;
それに、すべての記事に貫かれている郷土愛というか...
なんと表現して良いかわかりませんが、とにかくどんどん惹きこまれていってしまいました。

私の文章はつらつら長いだけの退屈な文章になりがちで、気の置けない友人からは
「おまえの文章はくどい!もっと簡潔に書け!」とよく忠告を受けるですが(苦笑)

Romanさんの書き方は適度に内容を分け、わかりやすい上に読み応えがあり
「嗚呼、こういう記事の書き方を真似したいなぁ」
というインパクトを与えてくださいました。
ま、でも、だからと言って、たぶん同じようには書けないと思いますが^^;

いずれにしても、楽しみなお気に入りサイトが増えました♪
...って。また仕事中に没頭して読まないように、気をつけなければ(苦笑)

2012年11月11日

posted by たすけ at 21:32 | Comment(6) | TrackBack(0) | お気に入りサイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いにはのに吹く風に乗って

自転車(ポタリング)

2012年11月11日。「北総線の駅前を駆け抜けて、知る人ぞ知る割烹店でご馳走を。」と名づけられたフリーさん主催のポタリングだったのですが...
前記事の「まほらに吹く風に乗って」のオマージュで「いにはのに吹く風に乗って」というタイトルにさせて頂きましたf(^、^;

いにはのに吹く風に乗って

まほら=真秀ら とは真にすぐれた所を意味する万葉の言葉だそうです。
いには=印波郡 現在の印旛郡は万葉集の歌ではこう書かれたそうです。

2000年(平成12年)に街開きが行われた千葉ニュータウン「いには野」地区。
印波郡(いにはのこほり)が由来でカタカナ混じりで書けば「イニワ野」です。
1200年以上の時を経て、印波郡(いにはのこおり)の名称が復活した訳ですね。

すぐそばに「いには野小学校」がありましたが
こちらも「"イニワノ"小学校」でいいのかしら?
まさに、知る人ぞ知る学校名ですねf(^、^;

いには野まつり

今回のポタリング途中で立ち寄った「いには野まつり」の会場(松虫姫公園)です。
ここで、はるかぜさんがお祭りを盛り上げる音響(PA)のお仕事をなさっていました。
・・・って。ここまでが、いにはのに吹く"風"タイトルのこじつけ説明です(^^;)

印波郡ポタ

当日のルートは、参加者のemoさんがルートラボでアップされていますが。
こんな長閑な谷津道を過ぎると、ドクターヘリのロケ地、日医大北総病院を過ぎ、聖武天皇の皇女「松虫姫」や「舞姫」の地名があるのですから、印波(印旛)郡のポタリングは、壮大な歴史を妄想するポタでした。



torimi_munakata_map.gif

この地区のポタで欠かせないのが、この地図。参照⇒香取海と古墳と神社と
古代は常陸国府の石岡(高浜)と、印波郡は広大な香取海&香澄流海(霞ヶ浦)でつながっていた訳で、この地区にも西より来た人々の繁栄の跡(神話)がよく残っている訳です。

小林の鳥見神社(印西市)

ここは、小林の鳥見神社。紀元前93年創建!?...古っ!



この動画は、そのすぐ隣の平岡の鳥見神社の獅子舞 《巫女舞》
この舞は、元来大森の鳥見神社(小林の鳥見神社と同期創建)に伝わるもので、南北朝時代(中世封建時代)に始まったと言われていますが、上代(万葉)を感じさせる舞です。
でもね...こちらの舞《東国風流系の獅子舞》を見ていると。私の妄想では西より来た人々が、征服していった蝦夷(元の住人)の暗黒の祟を鎮めるために、もっと以前からこのような風流系の獅子舞を奉納していたんじゃないか?なんて思う訳です。 え?もののけ姫の見すぎですか?

もっとも、泉の鳥見神社の獅子舞《いなざき獅子舞》のユーモラスな舞は、五穀豊穣&子孫繁栄祈願に見受けられるので...

まったく思い違いをしているのか?...それとも
いつの間にか舞の意味合いが変わってしまったのか?
そのどちらも考えられると思う訳です。

別所地蔵尊と熊野神社(印西市)

こちらは、印西市別所にある熊野神社と金龍山地蔵尊...別当寺?
よりによって、こんなに近くにお寺と神社を建てなくたって...という感じですが。

右の熊野神社の銅葺き屋根はきれいな緑青色になっていて、左の地蔵尊の屋根はまだ緑青(銅の錆)が出ていません。そんな話題が出たところで、誰もが知っている有名な文化財の修復や保護について、めちゃめちゃ詳しい専門家のナルさんから、色々と秘話を教えて頂きました。なるほどぉの連続でしたが、ブログには書けません^^;

別所地蔵尊(印西市)

熊野神社よりも、金龍山地蔵尊のほうが豪勢な造りです。
でも、本堂土台はコンクリートの応急措置になっていました。
...という事もナルさんから教えて頂き、まさにナルほど。

別所の獅子舞(解説)

さて、ここでも別所の獅子舞が、印西市の無形民族文化財になっています。
私、これまでてっきり熊野神社への奉納かと思っていたら、今年の正月に印西七福神巡りでお詣りした宝泉院と地蔵尊への奉納だったんですね。

案内板には村内巡回の名残である道笛に始まり・・・と書かれているので。
もうすでに神事というよりは、まさに郷土芸能の催事(イベント)ですね。

現在だって各市民祭りや地区祭りでよさこいソーランやダンスコンテストが盛んですから
「な!あっちの村に負けないような舞を、こっちでやろうぜ!」
「よっしゃ!俺が振り付け考えるから、PAはおまえに任せた!」

みたいな感じで、昔の人(中世〜近世)だって同じノリじゃないかと?(^^;)
そんな訳で、獅子舞はいつの間にかだんだんと娯楽芸能に変わっていったのだろうと。




うなぎ割烹木村(印西市)

さて、フリーさんにご案内頂いた
知る人ぞ知るうなぎ割烹木村 千葉県印西市小林63
うなぎ+割烹という看板が、一人じゃとても入る勇気のない聖域を表しています(^_^;)

うなぎ割烹木村(印旛)

写真_右のフリーさんのおかげで、いざ入店です。...あ!写真_左だ!

そんな目をして私を見ないでぇ〜

怒っちゃやーよ。そんな目をして私を見ないでぇ〜♪f(^、^;

うなぎ割烹木村(添え物)

常連のフリーさんのおかげで、メイン料理の他に
突き出し&酢の物&椀物&お新香付きでぇ〜す(´∀`*)
ところが、肝心の私が食べた海鮮かき揚げ丼がピンボケ(T_T)
なので、海鮮かき揚げ丼は、ワンチャンさんのブログをご覧くださいf(^、^;

うなぎ割烹木村(料理写真)

代わりにemoさんの鳥重とフリーさんの海鮮丼をここで掲載しておきます^^;
やっぱり、割烹店は食材と仕事が違いますね♪美味かったぁ〜〜〜(^ρ^)


最後に別所の表情豊かなお地蔵様をお借りして、左からこんな台詞でポタの締めとさせて頂きます。

ひょうきんなお地蔵様

一.ぐえ〜、また坂だぜぇ〜!
      二.頑張れ!もうちょっとで飯だ!
           三.ハイ、海鮮かき揚げ丼こっちです!
                四.いただきま〜す!
                     五.味噌汁も香りがちがう、美味い・・
                          六.腹いっぱいだ〜。眠くなっちゃった・・

幹事フリーさん&ご一緒頂いた皆さん、ありがとうございましたぁ(^O^)/

2012年11月15日

posted by たすけ at 00:44 | Comment(10) | TrackBack(0) | 自転車(ポタリング) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神仏習合と第三極

日記(言いたい放題)

神仏習合を端的に言えば、異なる信仰を折衷して一つの信仰体系として再構成すること。
え?太陽の党が一週間で解党し日本維新の会に合流。減税日本は党名変更も考えている?
つまりは、異なる信仰(マニフェスト)を折衷して、一つの政党として再構成するのね?

別所地蔵尊と熊野神社(神仏習合).jpg

これは、先日のポタで撮影した印西市別所の地蔵尊(仏教)と熊野神社(神道)
同じ敷地内っていうか、これほど近くに本堂と本殿(拝殿)がくっついているは珍しいです。
アングルの妙で、屋根が重なって合体しているようにも見えますね。
地蔵尊と熊野神社の関係ような別当寺⇒神仏習合≒本地垂迹

なんだ、昔も今も、ご都合主義は日本の伝統だったんだ!
わかるかなぁ〜??
一神教や一党独裁の国々の人に、この日本の政治倫理が(苦笑)


PS.参拝した時には、気が付かなったのですが...
この熊野神社の扁額の揮毫は、元内閣総理大臣の中曽根康弘氏だったんですね。

12月16日の総選挙後、また新しい総理大臣が誕生しますが....
安倍元首相と野田前首相の党首討論で議員定数削減は約束したのだから。
本来なら次の国会で新たな議員定数に改正し、またすぐに解散して総選挙を行うのが筋ですが。
次の与党(たぶん連立与党になると思われです)が
また、ご都合主義で解散を引き伸ばし、ダラダラ国会にならなきゃいいのですけどねぇ。。。

2012年11月19日

posted by たすけ at 08:40 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記(言いたい放題) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神道vs仏教と大和朝廷

日記(言いたい放題)

神道vs仏教と大和朝廷...ってタイトルですが、私の書く記事ですからアカデミックな事なんざ書きませんので、ご了承をばf(^、^;

神社・教会・お寺

オギャーと生まれたらお宮参り⇒神社 (神内省)
永遠の愛を誓ったウェディング⇒教会 (教内省)
だけど死んだらお経と戒名頂戴⇒お寺 (寺内省)

どないなっとるねん!日本人の宗教観?いや...話の本筋はそこじゃないんです。

今の日本では、ゆりかご〜墓場までのイベントに神社・教会・お寺と3つの宗教施設が混在していますが。
もし、これがですよ。1つの宗教に独占されたら、経済効果はどうなるか?
冒頭の3つだけじゃありません。初詣や七五三やハロウィンやXmasなどなど、日本全体でいったいどれだけ1年間に、これらのイベントに国民がお金を使っているか?

もしですよ?
上記イベントはすべて管轄省庁の許可を受けて実施し、費用の一部を税金として納めなさい...。
てなことになり、初詣税(賽銭税)・お宮参り税・七五三税・盆踊り税・結婚税・Xmas税・葬式税...
うひゃひゃ、莫大な税金が確保できるでしょう。消費税上げるよりこっちの方はいいんじゃね?

宗教法人の非課税を改正しろと?いや...話の本筋はそこじゃないんです。
それに宗教法人だって、消費税は納めなきゃいけません。消費税に神も仏もありません(^^;)

もしですよ?
各宗教を統括する省庁(神内省・教内省・寺内省)があったなら。
ゆりかご〜墓場まで、国民の一生&毎年のイベント全てを管轄する、絶大な影響力をもつ官庁になります。

一方、政権担当者(朝廷・幕府・内閣)は、特定の宗教勢力が大きくなりすぎると困ってしまいます。
だって信教のためなら命も惜しくない。一向一揆や島原の乱の如く、むしろ信じる教えのために命を捧げて権力に歯向かう訳ですから。逆を言えば、政権担当者(為政者)が特定宗教を保護したり国教とすれば、国民をコントロールしやすくなります。

江戸時代:キリシタンの増加を恐れた幕府は、寺請制度を施行しました。
明治維新:神道を国家統合の基幹にしようとした結果、廃仏毀釈が起こりました。


だから何が言いたいの?
ちょっと話が混乱しそうなので、とりあえずキリスト教は置いておきましょう^^;
仏教の伝来は、538年。6世紀前半の事です。つまり、それまでは神社(神道)しかなかった訳です。

誕生〜結婚〜葬式...ゆりかご〜墓場まで
すべて神社が取り仕切っていた訳で、そりゃあなた、神内省はうひゃうひゃもんですよ。
※例え話で神内省なんて、書いてきましたが正式には神祇官です。
⇒参照:特に律令制に注目
諸官(≒省庁)の最上位に位置し、行政を司る太政官(≒内閣)よりも上位におかれたと考えられていた。しかし、平安時代後期(12世紀)には国衙(≒県知事)と同等まで低下していたという。
そりゃそうでしょう。そんな羨まし過ぎる既得権益は、どんどん引き剥がされてしまいますよ(^^;)

神祇官と宮内省を勘違いしやすいですが、律令政治は二官八省です。
二官
神祇官...≒現在なら...どこ?
太政官...≒現在なら内閣...まぁ総理大臣や国務大臣なんかですね。

八省
中務省...宮中の政務(詔勅宣下等)
宮内省...宮中の内(皇室の庶務等)
大蔵省...大蔵(通貨/租税/貢物等)
民部省...民の部(戸籍・田畑・賦役等)
兵部省...兵の部(兵士・兵馬・兵器等)
刑部省...刑の部(罪人の刑罰・裁判等)
治部省...治の部(いろいろな事を治める)
式の部...式の部(礼式・文官人事全般)

さあ、やっと本記事の本題です...
でもこのシリーズ全体のまだ途中ですが(^^;)




仏教伝来(6世紀)や、律令制開始(8世紀)よりもさらに前。
九州から神武天皇が東征を開始して、奈良に大和朝廷ができはじめた頃(≒4世紀頃)

まだ二官八省という統治システムが整っていない時代。
大和朝廷誕生の頃は物部氏が絶大な権限を持っていたようです。
それと言うのも、神武天皇が大和に入る以前に、物部氏がこの地を統治していたらしく。
それどころか瀬戸内・東海・関東を含めかなりの範囲を一族で征していたかも?というから驚きです。

それなら、神武王朝に大和を明け渡すことないじゃんね? そこですよ!問題は。

だって、ここ数年の歴代総理を振り返ってみてください。
世襲お坊ちゃまだの、ルーピーだの、嘘つきだの、散々言われ放題。
何かには「あなたとは違うんです!」と最後に逆ギレした総理もいましたね(苦笑)

それだったら、名を捨て実を取る方が、ずっと賢いです。
物部氏...クレバーな豪族ですよ。
大和は差し上げましょう。でも神祇に関してはボクたちのやり方を踏襲してねん♪
かくして、神武王朝はその仁義を守り、神祇を守った....って駄洒落かよ!

神祇(かみづかさ)...まぁわかりやく言えば儀式イベント担当です。
今の時代に、朝廷の儀式って言ったてピンと来ないかと思いますが。

例えば、昭和天皇の大喪の礼。
例えば、皇太子殿下と雅子様の結婚の儀。
例えば、愛子様や悠仁様の賜剣の儀や着袴の儀。

あれ?朝廷のゆりかご〜墓場まで全部なの?
それだけじゃなくて、剣璽等承継の儀や大嘗祭etc
そりゃ、オイシイわ♪
その上、物部氏の本職は武器&軍事担当だったらしいので、そりゃ、豪族連合政権の大君(おおきみ)となるより、よっぽど実利はあったでしょうね(^^;)

でも、物部氏の一人勝ちのような状態を他の豪族たちがずっと黙っている訳ありません。
「ちくしょー、なんか物部氏の既得権益を覆す策はないかしら?」
そんな時に仏教が伝来して来た訳で、それに飛びついたのが蘇我氏。

「よっしゃー!天皇(すでにこの頃は天皇)にこれ信仰させよ♪」
...天皇が病気になれば仏法の法力で治して差し上げましょう。
...ところが、天皇の病が重くなると
「おんどれ!そんな外来もんに頼るから、病気重くなったじゃねぇか!」
「それどころか、疫病も流行ったのも、こんなもの建てたからだ!」
...てな訳で、せっかく造ったお寺を物部氏が焼き払ったり(^^;)
神道vs仏教は、二大豪族の政争に利用されてしまうのですね。

※物部氏と蘇我氏は互いに婚姻関係を結んでいましたが
昔も今も、政権を狙う人たちは、そんなんばっかですね^^;

まぁざっくり結果的には、物部氏が破れて・・・
奈良の都には、東大寺に巨大な大仏様を造るわ、全国に国分寺・国分尼寺を配置。

あれ?オカシクね?
だって、奈良時代の前。
大化の改新で蘇我蝦夷・入鹿親子は、中大兄皇子と中臣鎌足に暗殺されているじゃん?

そこなんですよねぇ...宗教の浸透力というのは。
大化の改新のちょっと前に、聖徳太子が発布した十七条憲法の第二条
二に曰わく、篤(あつ)く三宝を敬え。
あつく三宝を信奉しなさい。三つの宝とは仏・法・僧のことである。
それは生命ある者の最後のよりどころであり、すべての国の究極の規範である。
どんな世の中でも、いかなる人でも、この法理を尊ばないことがあろうか。
たとえ悪人であろうとも、仏法をよく教えるならば正道にしたがうものだ。
こんな憲法(法の法)が発布されていたんじゃ、憲法改正しない限り仏教を国家から排除することはできません。....憲法は偉大だ!(^^;)

まぁ、とにかく蘇我氏宗家が滅んだからといって、ハイそうですか。じゃあ仏教を日本から排除しましょう...なんてできやしません。すでに仏教に帰依した僧侶や、豪族や、民が大勢いるのですから。
まぁざっくり、蘇我氏の後に今度は中臣氏(≒藤原氏)が政権を握るようになっていく訳で。
ちょいちょい天皇自身が政権の実権を握ることはありましたが、大和朝廷発足以来、たいてい物部システムで日本の政治が行われていくのですね。

流石に現代は、天皇が直接政権を担うことはないし、神祇官もないけれど・・・
ちょっと考えてみてください。
今の日本は、内閣が行政の最高府で、政権を担っています。
でもそのトップの総理大臣は、1年単位でコロコロ首が変わります。

ところが、選挙で落ちることもなく、ずっと政治を動かすことができ
既得権益争って、税金使い放題、天下りで退職金(実利)を何度も受け取れる豪族って誰よ?
....やっぱり官僚じゃん!
今度の選挙の争点が、消費税・TPP・脱原発になることで、一番ほっとしているのは官僚なのね。


さて、ちょっとだけ...仏教と神道の大きな2点の違いは。
@教祖がいない。
自然発生的に成立した神道には、教祖は存在しません。
A教典(経文)がない。
神道は祭祀、儀礼を重視し、祝詞はあるけど、経文や聖書みたいなものはありません。

なにより神道の特徴は
「木でも岩でも山でも、森羅万象のすべてに神さまが宿るという考え方です。」
「ほら!お天道様が見てるわよ」と、何気に発するこの一言も神道なんです(^^)

ん?お天道様って、天照大神の事じゃないの?
経典とは言えないかもしれないけど、記紀とかがあるじゃん?

....えっと。これ以上は、また別項で^^;


PS.読者様にお願いがあります。
前記事から連なる関連記事は、日本の歴史を語ろうとか、宗教を語ろうとか
そういう主旨のものではありません。
先日のポタリングで、故人を偲んでいたら様々な事が心に浮かび
とても書ききれなくて、いくつかに分けて書いています。たぶん5話くらいに続くかも^^;
またすべて注釈まで書こうとすると、あまりに長文になってしまうのでリンクを多用しています。
なので、ご指摘事がある場合は、リンク先まで読んで頂ければ幸甚ですm(_ _)m

2012年11月20日

posted by たすけ at 01:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記(言いたい放題) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

太陽と日本と橋下

日記(言いたい放題)

なんだ?太陽の党と日本維新の会の政治話?
...いえ、ちゃいます(^^;)
今やPCにhashimotoと入力すると、真っ先に橋下と変換されて困っている人いませんか?
...えぇ、困ってます(^^;)

さて、橋本と橋下...どちらも読みはハシモト (ハシシタさんもいるのでしょうが)
では、日本と日下...どちらも読みはヒノモト (ひっかけ問題に気をつけてね^^;)

でも生駒山麓、現在の東大阪市近辺(旧河内郡)では、日下(クサカ)と読むでしょうし、PCにkusakaと入力すると真っ先に日下と変換されるのでは?

では、日本武尊は...日本(ヤマト)武尊(タケルノミコト)←日本書紀
でも、倭建命でも...倭(ヤマト)建命(タケルノミコト) ←古事記

もぅ!だから社会科(歴史)は大っ嫌い!
...と、かつて塾の教え子が発狂してました(苦笑)

でもさすがに難関私立中学を目指す小6生たちでしたから全員
天照大神はすんなり(アマテラスオオミカミ)と読めました。

面白かった本.jpg

さて
物部氏の祖とされる饒速日命(邇藝速日命)ニギハヤヒノミコト(以下、ニギハヤヒ)
について興味を惹かれていったのは、自転車仲間の東葛人さんに感化されたからです。
そしてもう一人「物部氏の正体」という本を私にくれた高校時代のクラスメイトです。

物部氏....複雑すぎる〜〜!!謎すぎる〜〜!!
もぅ!だから歴史は大っ嫌い!...の教え子が気持ちがよくわかりました(苦笑)
でも、謎が多ければ多いほど、古代史オタクの血が騒ぐのでしょうねf(^、^;

さて、写真にアイヌ語の幻影という本がありますが、限定300部の限定出版。
市民研究者の自費出版なので、東葛地域の図書館でしか入手不可能だと思います。
この本の事を知ったのは、故サスケさんの⇒鳥見神社に関連する「アイヌ語の幻影」の記事からです。

そして、高橋克彦著:火怨「北の燿星アテルイ」も
東葛人さんやサスケさんに感化されたのですが、火怨上下巻合わせて1049頁(>_<)
阿弖流為(アテルイ)...厚すぎる〜〜!!でも超面白い〜〜!!

そして、先月の百里基地航空祭後に、拝読するようになった、Romanさんの
歴史の里ロマン紀行(城里編・鹿島神社)にも阿弖流為(アテルイ)が!


今回のシリーズあまりに長いので記事を分断し、それに政治風刺を織り込んだら...
なんのこっちゃ?と意味不明で、脈絡が繋がらない内容になってしまいましたf(^、^;

でも、再構成面倒なので、先にネタバレしておきますと、今回のシリーズ記事は
出雲+鳥見+物部+常陸+阿弖流為+もののけ姫を、思いつつまま書いてます。
いずれも自転車(ポタリング)で繋がった因縁が、私は嬉しいのです(^^)

でもなぁ...惜しかったな。。。なにが?
いえね。石原慎太郎さん。暴走老人なんて自分で言っているけど
太陽の党を解党せずに、橋下さんを太陽の党に合流させていたら、千年後の受験問題で・・・

太陽...読みは(イシハラ)
石原...読みは(アマテラス)
という解答になったかもしれないのに(笑)

この項、まだまだ続きます^^;
posted by たすけ at 06:24 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記(言いたい放題) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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