Windows98→2000→XP→Windows7

■パソコン(PC)初心者


今日から私のメインマシンは新しいPC(Windows7)になります。
で、これまでWindowsの変遷をアーカイブとして残しておきます。

Windows98
Windows98
1999年の5月に会社を起業した時、Windows98のデスクトップ2台ノート1台でパソコン生活が始まりました。それまで、パソコンに触ったこともなかったので、キーボードはワープロで慣れていたので苦労はなかったのですがソフトの使い方がわからず、ワードでA4用紙1枚の原稿を書くのに丸1日かかったように記憶しています(苦笑)
とりあえずパソコンの初歩みたいな本を購入して参考にしていましたが、そのうち、パソコンの知識・使い方・Q&Aはネット上のお助けサイトの方がずっと効率的で役に立つと学習しました。

Windows2000
Windows2000
2001年9月に新PCを1台増やしました。これが9年間私のメインPCでした。
当時担当だった事務機屋の営業君が9月に結婚し、結婚祝いの代わりに購入することになったマシンでしたが、この年の12月にこのWin2000のマシンはすぐにWindowsXPにアップグレードし、その時にソフトやデバイスの動作の不具合が連発し、何度もリカバリを繰り返し四苦八苦したので、新しいOSは2年くらい待ったほうがいいとつくづく学習しました(苦笑)

WindowsXP.jpg
WindowsXP
その後徐々にPCの台数が増えて、Win98のマシンではデータが収容しきれなくなり、WinXPのマシンを順次購入し、2003年以降はWinXP5台でずっと仕事をしてきました。
その他自宅にWinXP2台とWindows Vistaのノート1台がありますがVistaのノートは娘のマシンなので、私はWinVistaのOSはほとんど使ったことがありません。
2004年頃から、知人や得意先からパソコンの初歩の操作について尋ねられるようになり、ちょうどその頃流行はじめたブログに、それらを転載したのが中年初老のパソコン独学というブログですが、何度も改編しましたが、今ではすっかり放置ブログになっています(苦笑)

Windows7
Windows7
そして今日2010年11月1日より、私のメインPCのOSはWindows7になりました。10/22に新PCが手元に届き、設定やデータ移行がほぼ終わりました。
本当は既述のごとくまだ新しいOSのWindows7の利用はもう少し後にしようと考えていたのですが、8月中旬からそれまでのメインPCが瀕死の状態となり、1ヶ月ほどあれこれと機能復旧を試みたのですが、ついに万事休すとなり新マシン購入となった次第です。

瀕死の状態となった経緯は次記事で語るとして...
パソコンだけなくこれまで煩雑になっていたレンタルサーバーも統合してネット環境が大きく変わりました。これまで私的に作ったブログやホームページは合わせて二十は超えていますが、ほとんどが放置状態です^^; これまで、テーマごとにブログやサイトを作ってきたのですが、でも結局更新を続けられるブログやサイトは数個が限界だと感じてきました。

何度来て頂いても更新されないブログを放置するより、雑多であっても更新されいくブログの方がベターかな?

という訳で、2010年11月より、これまで放置状態だった各ブログのうちいくつかを「こちらホワイトロック」に集約していきます。2007年くらいから、なんとなく自転車ブログとなってきた拙ブログですが、おそらく今後もそのカテゴリ(自転車・ポタリング)の記事が一番多くなるとは思いますが、それ以外の趣味や仕事に関する記事も混じった本当に雑多なブログになってしまうと思います。

まぁ、そんな感じなのですが
どうか後とも、「こちらホワイトロック」を覗いて頂ければ幸甚ですm(_ _)m


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タグ:Windows

2010年11月01日

posted by たすけ at 12:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | ■パソコン(PC)初心者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

突然青い画面(ブルースクリーン)が頻繁に発生

■パソコン(PC)初心者


2001年9月にWindows2000のマシンを購入し、12月にXPにアップグレードしたら、そりゃまぁエラーのオンパレードでした。下のような青い画面(通称ブルースクリーン)が何十回も発生し、当初はどう対処したら良いのかわからず、やみくもにリカバリをかけましたね。たぶん、2ヶ月間に15回以上リカバリをかけたと思います。おかげでパソコンにはトラブルがつきもので、同時に滅多に壊れるようなものではない..という事もわかりました(苦笑) 周辺機器やアプリが安定して使えるようになったのは翌年3月ぐらいになってからでしょうか。

ま、結局メーカー保障で本体交換をした後の9年間は、このWindows2000→XPのマシンで、滅多にブルースクリーンが表示されることはなかったのですが、2010年の8月にまた突然、頻繁に青い画面(ブルースクリーン)が発生しました。

ブルースクリーン

まぁこの文中のほとんどは決まり文句で...ざっくり言えば
「最近変更したハードウェアかソフトウェアかあるいは何かが悪いのでF8押してセーフモードでも試してみたら?」つまり、「何かが悪いけど何かはわからないから自分で探してね」...という事です。(苦笑)もし幸運にも?今まで自分のパソコンでブルースクリーンを見たことがなく、ある日「突然ブルースクリーンが表示されて困った」という方のために1文ごとに訳してみると...

A problem has been detected and Windows has been shut down to prevent damage to your computer.
問題が検出されあなたのコンピュータへのダメージを防ぐ為にウインドウズは強制終了されました。

PAGE-FAULT-IN-NONPAGED-AREA.←この部分が需要(後述)

If this is the first time you’ve seen this stop error screen, restart your computer.
もしこのストップ・エラー・スクリーン(ブルースクリーン)を初めて見た場合は、コンピュータを再起動してみてください。

If this screen appears again, follow these steps:
もしこの画面がもう一度出るようなら、以下の手順にしたがって下さい。

Check to make sure any new hardware or software is properly installed.
新しいハードウエアーやソフトウエアーが正しくインストールされているかを確認してください。

If this is a new installation, ask your hardware or software manufacturer for any Windows update you might need.
もしそれが最近インストールされたものならば、そのハードウエアーまたはソフトウエアーの製造元に、ウインドウズのアップデートが必要かどうか尋ねてください。

If problems continue, disable or remove any newly installed hardware or software.
もし問題が解決しない場合は、新たにインストールされたハードウエアーやソフトウエアーを使用不能状態に設定するか、取り外してください。

Disable BIOS memory options such as caching or shadowing.
キャッシュイングやシャドウイングなどのBIOSメモリー・オプションを使用不能状態にしてください。

If you need to use safe mode to remove or disable components, restart your computer, press F8 to select advanced startup options, and then select safe mode.
もしコンポーネントを削除したり不能にしたりする為にセーフ・モードを使う必要がある場合は、アドバンス・スタートアップを選択する為にF8キーを押しながらコンピュータを再起動し、セーフ・モードを選択してください。

Technical inormation:技術情報
***STOP:0x00000050(xxxxxxxxx,xxxxxxxxx,xxxxxxxx)←xxxxxxxxx状況により違う
Beginning dump of physical memory
物理メモリのダンプ(ハードディスク上にコピー)を開始
Dumping physical memory to disk: →進行状況 0〜100%

大部分の英文は覚える必要はないのですが、今回の場合では
PAGE_FAULT_IN_NONPAGED_AREA と ***STOP:0x00000050
の部分がどういう意味?が重要なんですね。
セーフモードを選択.gif

PAGE_FAULT_IN_NONPAGED_AREA や STOP:0x00000050を検索キーワードして探せば、ネット上のたくさんの「おたすけサイト」が意味や対処法を教示してくれています。

パソコンのトラブルに遭遇した場合、パソコントラブルを解決するための消費者同士の掲示板があります。パソコン修理・PCトラブル解決などの出張サービス企業のブログとか、ブルースクリーン解決集を特集しているブログなども参考になりますよ。


長くなりそうなので、今回発生した私のPAGE_FAULT_IN_NONPAGED_AREA & STOP:0x00000050の具体的な原因については次記事にて^^;


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2010年11月02日

posted by たすけ at 17:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | ■パソコン(PC)初心者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

メモリ増設のトラブル ?それとも寿命?

■パソコン(PC)初心者


通常の家電(テレビ・冷蔵庫・エアコン)ならば製造メーカーにお客様相談室に問い合わせれば、だいたい問題は解決したり、すぐに修理や交換という事になるのですが...
パソコンの場合には、トラブル(故障?)の原因が、ハードウエア(機械的な原因)なのか、ソフトウエア(アプリケーションやドライバー)なのかがはっきりせず、結局それを検証するのが、使用者自身になってしまうのでパソコンは苦手という利用者が多くなりますよね。

パソコン初心者の頃は、右も左もわからないので、ハード&ソフトのそれぞれの製造メーカーのサポセンに問い合わせることが多かったのですが...なんだかいつも最終的に
「どうやら相性が悪いようです」との一言で終息宣言されて。
「男と女じゃあるまいし!なんだよ?相性が合わないっていうのは!」
「んじゃ、自分で調べて解決すりゃいいんでしょ!」

パソコントラブル検索の鬼となっていった私です。しかし、パソコン生活も12年となると
「なるほど、相性ってあるな」と納得するようになってきました(苦笑)

また、得意先のお客様や知り合いから
「いや、別に何も変わったことをしていないんだけど、突然パソコンの調子が悪くって・・・・」
と相談される事も多々あったのですが
「何もしないで突然調子悪くなることなんてあり得ない、なにか余計な操作したんだろうな」
と疑いながら話を聞くことも多かったのですが、例えば床に近い場所に長年に渡って本体(筐体)を置いていた場合や、ペットを飼っている家庭などは、筐体を開けてみたら、ほこりやペットの毛くずがいっぱいで、それを慎重に掃除しただけで、通常に戻ったことなんてあったりして^^;
まぁパソコントラブルはハードウエアやソフトウエアの相性だけなく、原因は千差万別ですね(苦笑)

前置きが長くなりましたが、9年間使っていた私の旧マシンWindows2000→XPは仕事上で使うので結構なソフトを積んいました。なにせメモリ(RAM)が256MBしかなく、仮想メモリを上げて使っていたのですが、もうそろそろ限界かなぁ〜とは思いつつ、まだWindows7のOSの新マシンはまだ時期早尚と、旧マシンでスワップでモタモタしながらもそのまま使っていました。
...が。やっと重い腰を上げて7月の末に、64MBx4枚=256MBから256MBx4枚=1Gにメモリを増設しました。

メモリ増設256BM→1G

結果、これまで表示できなかった自転車仲間のブログも全部見ることができるようになり、画像加工や動画制作でもかなりスムーズに捗るようになりました♪
「おぉ〜、カリっと、サクっと、おいしいスコーン♪」←古いCM^^;

...ところが。メモリ増設して1週間くらい経った頃から例の ブルースクリーン
PAGE_FAULT_IN_NONPAGED_AREA & STOP:0x00000050が頻繁に発生し...

ブルースクリーン

この表示が多発します「え〜!?なんで??」
ブルースクリーンにPAGE_FAULT_IN_NONPAGED_AREAやSTOP:0x00000050が出たら、まず疑うべきはハードウエアで特にメモリの不具合です。
メモリの相性にはすごく気を使い、あちこちいろいろ検索して旧メモリと同メーカーを探し出し、増設後メモリのエラーチェックをしても問題なかったのに(T_T)

とりあえず、これはきっとメモリ以外に原因があると、1ヶ月、時間を見つけてはさまざまに原因を探りましたが結局わかりません。仕方なく、もう捨ててしまおうと思っていた旧メモリを道具箱から見つけ出し刺し直したら...

「え!?全然起動もしない(T_T)」
どうやら、新メモリはすごく慎重に扱ったのですが、旧メモリは抜いた後に、ぞんざいに扱ってしまったので静電気かあるいは何かの衝撃で4枚のうち全部か一部を使い物にできない状態にしてしまったようです(大泣)
もう、新たにメモリをネットで見つけるのもあきらめて...不具合あり?のメモリのまま

システムは深刻なエラーから回復しました

Microsoft Windows
システムは深刻なエラーから回復しました。このエラーのログが作成されました。
この問題をマイクロソフトに報告してください。
Microsoft Windows のエラー報告が作成されました。
マイクロソフトでは、この報告を製品の改善に役立てると共に、匿名の機密情報として扱います。
エラー報告に含まれるデータの参照 : ここをクリックしてください。


の画面が頻発し再起動の繰り返しになりますが...それでも時々正常に使えるので、少しずつ必要なデータをバックアップしていきました。この深刻なエラーで突然ブルースクリーンになってパソコンが落ちるタイミングはランダムですが、重いデータを読み込もうとすると直ぐに落ちるようになり、そのだんだん頻度が高くなってきました。

特にWin7の新マシンが届いてから、フラッシュメモリ(USBメモリ)でなくネットワークを通じてデータをコピペしようとすると、その頻度はいっそう高くなりました。
(必要なデータ移行は終わっていたので、Win7とのネットワーク検証が主体だったんですけね)
でもなぜ、PAGE_FAULT_IN_NONPAGED_AREAやSTOP:0x00000050でエラーになるんだ??
と不思議で仕方なかったのですが、推測なのですが....

メモリ64MB 256MB

上が64MBの旧メモリで、下が256MBの新メモリ(中古品ですが)です。
画像ではわかりづらいですが、256MBの厚さが64MBの倍以上あります。64MB用のメモリスロットルの幅に、分厚い256MBを刺すと隣同士の2枚組が、まさに「おしくらまんじゅう」状態で接近しすぎています。これが原因でいわゆる「熱暴走」だったのでょうか??


さて、強制終了を繰り返すうちに...ブルースクリーン(青い画面)ではなく
水色のチェックディスク画面(Checking file sistem on〜)でフリーズしてしまいました。
(試しに丸1日そのままにしていましたが、もう再起動すらしなくなりました^^;)
もう使うことはないと思われる旧マシンですが、最後に9年ぶりにリカバリをかけたらWindows2000でちゃんと立ち上がりました(苦笑)
データ専用のDドライブにはしっかりデータが残っているし、ブルースクリーンのエラーにもなりません。

ちなみに、起動したWindows2000でタスクマネージャを開いてみたら
PF使用量(win20000メモリ使用量)がたったの約68MB。(アプリなしですが^^;)
社内にある別のWinXPのPF使用量がだいたい約400〜500MB。
今こうして使っているWin7のPF使用量が約1Gです。


やっぱり、さすがにWindowsXPのSP2以降では、256MBのメモリではトロすぎて駄目でしょうねぇ。
俗に、パソコンの買い替えは3〜4年が理想といいますが、そうは言っても私のように動かなくなるまで(=天寿全うまで)使い倒す...という方が多いはず(笑)
もうそろそろ使っているXPのマシンは重いし寿命近いし、Windows7の使い勝手ってどうよ?
と考えている方も多いと思いますので、今後はWindows7の機能や使い方で、時々気がついた事があれば記事にしていこうと思いま〜す。


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2010年11月03日

posted by たすけ at 22:43 | Comment(4) | TrackBack(0) | ■パソコン(PC)初心者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大人の遠足(下妻&石下探訪)と渡辺篤史

ちばらきチャンネル


最近すっかり有名になった、戦場カメラマン渡部陽一さんですが、あの独特な語り口調、耳に残りますねー。いつも早口でしゃべりがちな私は、落ち着いてゆっくり語る口調に憧れます。
例えば城達也、江守徹、細川俊之、谷村新司、田口トモロヲ、、そして渡辺篤史


かねてより関東鉄道常総線のサイクルトレインを利用して自転車仲間と黒竜とんこつラーメン(下妻)とクロサワの若鶏の丸焼き(石下)を食べに行こうと企画しておりました。なかなか全員の日程や天候が合わずに、最後の予定日10/31は、台風が関東地方を直撃との天気予報。
それならいっそ、大人の遠足ということで、台風とラーメンと鳥肉を楽しもう!と企画に変更し、しゃあさんに車を出して頂き、大人の遠足(by台風クラブ)という事で、ワゴン車でのグルメ紀行とあいなりました(笑)

黒竜とんこつラーメン

早速ですが、黒竜とんこつラーメン♪私のおすすめは替え玉じゃなくてラーメン+半ライスです。ライスをレンゲですくって黒竜の極上スープに浸して食べる。
最近のクノールスープのCMで...
トーストをちぎってスープにつけて食べるのが「つけパン派」by三浦春馬
サイコロ状のトーストをスープに浸して食べるのが「ひたパン派」by北川景子
こんなイケメン俳優や可愛い女優さんがやると、なんかお洒落な食べ方に錯覚してしまうけれどラーメンの世界ではとっくの昔から「つけライス」「ひたライス」は常識ですよね(笑)

クロサワのローストチキンをしゃぶりつく

こちらが、道の駅しもつまの休憩所で、クロサワのローストチキン(若鶏の丸焼き)にかぶりつく台風クラブのメンバー(笑)
くろさわの若鶏の丸焼きは、豪快に手でかぶりつくいので、濡れおしぼりは必須です^^;
でもテーブル上に広げれらたティッシュの山の中に、下妻地ビールの小瓶がお洒落な雰囲気を醸し出して...いませんか?(爆)
この日3名がチョイスした銘柄は季節限定の下妻エール(麦芽は100%下妻産麦芽を使用。すっきりした味わいと上質な苦みが特徴...らしいです^^;)


この日の行程は
坂東市総合文化ホール"ベルフォーレ"〜石井営所〜国王神社〜クロサワ西原店〜とんこつラーメン黒竜〜ビアスパークしもつま〜下妻ふるさと博物館〜大宝神社〜騰波ノ江駅〜関城跡〜道の駅しもつま〜平将門公本拠豊田館跡(向石下城跡)
の順で巡ってきましたが、そのうち4ヶ所の画像を添えておきます。(自転車が写っているのは過去画像です)

大宝城跡

周囲の田んぼはかつては大宝沼と呼ばれた泥湿地で、大宝沼に囲まれた丘の上に大宝城がありました。今は大宝神社が中心ですが、今でも境内のあちこちに、一目で中世の城の土塁とわかる名残が見られます。
画像に大宝神社の神官さんたちが写っていますが、この日は皇族の方が大宝神社をご訪問ということで、○○婦人会というたすきをかけた大勢のおばちゃんたちもお出迎えに集まっていました。
いずれの"宮様"がお越しになるか?私たちは"宮様"到着前に騰波ノ江に向かってしまったので、わかりませんでしたが、もしそこに留まっていたら、日の丸の小旗でも渡されたのかな?

ビアスパークしもつま

下妻の地ビールは「道の駅しもつま」でも購入できますが、造っているのはビアスパークしもつま内にあるビール工房「しもつまブルワリー」。でも「しもつまブルワリー」とはレストラン内の一角に設けられた、ほんとに可愛い醸造所です。 ビア+スパ=ビアスパークですが、間口は小さいですが中に入ると温泉施設の他に会議室、バーベキュー広場、遊具広場、農産直売所などかなり広大な施設です。


下妻ふるさと博物館

ビアスパークしもつまに隣接するのが、郷土資料館と横瀬夜雨(よこせやう)記念館を組み合わせ、事業費12億円をかけた、下妻ふるさと博物館です。入館料200円、とてもきれいでしたが、ガラガラでしたね。
どういう訳だか、この下妻ふるさと博物館に横綱朝青龍の化粧廻しが飾ってありました。なんで??

さて、館内のビデオのナレーションのほとんどが、下妻市出身でテレ朝の「建もの探訪」でお馴染みの渡辺篤史さんでしたがやはり渡辺篤史のナレーションや詩の朗読は染み入りますねー。館内の展示物そのものより、私は渡辺篤史さんの声に聞き惚れていました。「いやぁ〜、すばらしい!」

関城坑道跡

さてさて、大人の遠足(台風クラブ)のメンバーが感動したのは、総事業費12億円をかけた立派な施設ではなく。畑の一角にひっそり残された南北朝(戦国)時代の、城攻め坑道跡でした。家内や娘を連れてきても「だからなに?」と一蹴されてしまう遺構に、共に感動してもらえる人が居ることが、何より一番嬉しい瞬間ですね。


PS.最近、「渡辺篤史の建もの探訪」観てないなぁ...と思っていたら
2009年10月からは毎週金曜の早朝5時から
2010年10月からは毎週金曜の早朝4:30からになったんですか!?
ありゃりゃ...それは観なくなった筈だ...
「ん〜、なるほどぉ、そうですかぁ、わかりましたぁ」


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2010年11月04日

posted by たすけ at 19:32 | Comment(7) | TrackBack(0) | ちばらきチャンネル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

郷土資料館とショッピングモールのコラボ

常総市(石下町)地域交流センター

旧石下町(現常総市)のシンボルは...
なんと言っても、常総市(石下町)地域交流センター【通称:豊田城】でしょう。
平坦な田園風景の中に遠くからでも目立ち、天気の良い日は7F展望台(天守閣)からの眺めは絶景なのですが、大人の遠足時に、この文化複合施設を行程に入れるのを躊躇しました。下妻市ふるさと博物館の事業費は12億円ということですが、こちらの豊田城はそれ以上の事業費&維持費がかかっていると思われです。

千葉市郷土資料館

郷土資料館を模擬天守閣で造ってしまうのは、石下町に限ったことではなく
千葉市郷土資料館も千葉氏の居城:亥鼻城の再建ではありません。
ただ千葉市は人口96万人の百万人都市。
豊田城を建設した石下町の人口は2万5千人。水海道市と合併して常総市となっても6万5千人。
この財政規模の差が、千葉郷土資料館(千葉城):入館料60円 
常総市(石下町)地域交流センター(豊田城):入館料400円
 でしょう。

下妻市ふるさと博物館
下妻市ふるさと博物館

千葉県立関宿博物館
千葉県立関宿博物館

ちなみに、下妻市ふるさと博物館や関宿城(千葉県立関宿博物館)の入館料が200円。
やっぱり入館料400円では豊田城の資料館へのリピーターは期待できないでしょう。

下妻市ふるさと博物館が実質、横瀬夜雨記念館
常総市地域交流センターが実質、長塚節記念館
この2名とも生家が現存しています。私が個人的に思うのは、来館者も少なく維持費に税金を費やす箱物を造るよりは、こうした生家の恒久的な保存に予算をまわしたほうがいいと思うのですけどねぇ。

だいたいどこも農具や昔の生活用品の展示とかやってますが、どこも変わり映えしないし、郷土の歴史なら、いっそ古代や中世くらいの行政区域で、近隣の自治体が共同で資料館造ったほうが、無駄がないと思うし、展示物も来館者も集約できると思うのです。

三井アウトレットパーク 入間(センタープラザ)

全国各地の郷土資料館は閑古鳥で、かたやアウトレットモールや大型ショッピングセンターが建設されて買い物客で溢れています。常々思うことは、こういう集客力のあるショッピングセンターと郷土資料館を一体化した施設がないのだろう?
資料館は文化教育施設であるから赤字当然という考えは理解できますが、もし今後、郷土資料館を建設する際は、多くの人たちに見てもらえるような、利便性や建設・維持費用の効率性を官民一体で考えたほうがいいのではないでしょうかねぇ。

三井アウトレットパーク 入間(東西北ゲート)

実は先日、家族の買い物アッシーで三井アウレットパーク入間に行ったのですが、買い物に興味がない私は、モールをぐるっと一回りしただけで、後は一人車で多摩湖サイクリングロードや周辺の神社仏閣を見学してきました。

「狭山不動尊??あれ?ここはユネスコ村じゃなかったの??」
いつぶりだか記憶の彼方でしたが、散策して吃驚仰天!
全国各地の重要文化財がゴロゴロあることあること。
「なんで?なんで?」
狭山不動尊の由緒を見たら、開創:1975年 開基:西武グループ
「あ〜なるほど。」

わざわざ都内や京都や奈良に行かなくても、貴重な文化財が見れたのでラッキー♪と感じるか
文化財は郷土の歴史遺産でしょ、なんでもかんでも集めればいいというもんじゃない!と感じるか
私は後者だったので、なんだか興ざめしてしまって、狭山不動尊では一枚も写真を撮ってきませんでした。郷土資料を官(行政)だけに任せると効率が悪いし、民(企業)だけに頼ると単なる寄せ集めになっちゃうし。なんかこう、官民一体で、もっとうまい具合に郷土資料館って造れないものですかねぇ....



PS.しゃあさん

多摩湖の横田トンネル

これが、多摩湖を造った時のトロッコ線路(坑道)跡を利用した自転車用トンネルです。

野山北公園自転車道シャッター開閉時間.

横田トンネル・赤堀トンネル・御岳トンネルと3連荘ですよ。
どうです?穴の魔力に引き寄せられませんか?(笑)


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2010年11月06日

posted by たすけ at 21:53 | Comment(4) | TrackBack(0) | 日記(言いたい放題) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

平将門(へいしょうもん)ではありません / 「風と雲と虹と」

日記(うんちく放題)


いつだったか、テレビのクイズバラエティ番組で平将門に関する問題が出て。

平将門...へいじょうもん?...「あ!わかった!焼肉屋さん!!」と若い男性タレントさん

平城苑(焼肉)

それって、平城苑でしょ?


平将門...へいしょうもん?...「あ!わかった!横浜中華街!!」と若い女性タレントさん

延平門(横浜中華街)

それは、延平門でしょ?


下総で生まれ育った私にとっては、平将門(たいらのまさかど)は身近な存在で、特に高校生の時(1976年)に放送された加藤剛が主演の「風と雲と虹と」は最も印象に残っているNHK大河ドラマです。平将門は誰でも知っていると思っていたんですが、案外マイナー人物になっちゃったのかなぁ?


まずは、源平藤橘の話。
源,平,藤,橘の四大姓氏で源氏、平氏、橘氏は天皇家の血筋をひく家系。藤原氏は、鎌足の子不比等以降代々皇室の外戚となり四大四姓に並称されています。
そしてこの場合、氏(うじ)と名(諱)の間に「の」を入れて読むのが慣わしです。
源 頼朝...みなもと の よりとも
平 清盛...たいら の きよもり
藤原 道長...ふじわら の みちなが
橘 諸兄...たちばな の もろえ


次に、姓(かばね)の話。
姓とは古代日本において、大王(天皇)から与えられた地位を示す称号で、さらに天武天皇が684年に八色の姓(やくさのかばね)を制定し、臣(おみ)よりも格上の、朝臣(あそみ・あそん)という最上位の称号が作られました。

うぐいす鳴くよ(794年)平安京。
の平安京遷都で有名な、桓武天皇の孫にあたる高望王は、寛平元年(889年)に宇多天皇の勅命により平朝臣を賜与され臣籍降下(皇籍離脱)し、平高望を名乗るようになりました。
平 高望...たいら の たかもち  平=平安京が由来という説が有力です、まぁ現代で言えば東京の高望=東 高望という感じでしょう。

平将門像(坂東市)
平将門像(坂東市総合文化ホール:ベルフォーレにて)

以下、かなりフランクに平将門(たいらのまさかど)について...
祖父(平高望) 父(平良将) 伯父(平国香 平良兼)を含めてお話します。
                  叔父(平良文 平良茂)等は割愛します。


桓武天皇には大勢の孫がいましたから
「まぁ〜天皇に即位するチャンスは、ほとんどないだろうから
それならいっそ役人(官僚)になっちゃったようがよくなくない?」

ということで高望王は臣籍降下して平高望となった訳ですね。

「高望さん!千葉県(上総国)に知事(上総介)の就職口があるけど、どうする?」
「うん!なるなる!やるやる!」

と、平高望は平安時代の千葉県知事に就任しました。
当時は都(京都)に居たまま、遠国知事になり(遥任国司)給料をもらえましたが、平高望は、長男国香、次男良兼、三男良将を伴って実際に任地(上総)に赴きました。
平高望は最終的には西海道(九州)の国司となり大宰府で亡くなっていますが...

長男の国香は前常陸大掾の源護の娘を妻とし、常陸国(茨城県)に勢力を固め。
次男の良兼は(正室は不明、側室に源護の娘)、上総国(千葉県)に勢力を固め。
三男の良将は下総国相馬郡の犬養氏の娘を妻とし、下総国(千葉+茨城県)に勢力を固めました。


まぁ〜天皇家の末裔ですから、お嫁さんはそれなりの豪族の娘でなければ身分が合わないし、平氏としては、地元に強い豪族と地縁を結んで勢力を安定させる意図があり、地元豪族にしても平氏と姻戚関係になることには、そなりの箔がつくわけですね。

しかし、それぞれの地縁(婚姻)を結んだ先の豪族同士や、都から派遣される役人も、互いに領地をめぐる争いをしていた訳で、この婚姻関係が後々騒乱(平将門の乱)の要因になる訳です。

さて、三男良将の子供...つまり平高望の孫であり、桓武天皇から5代目にあたるのが平将門です。

将門は少年期を父と共に東北で過ごし、父良将の他界後、15歳〜28歳の青年期は平安京で滝口の衛士(宮中護衛官)として過ごしています。
将門の就職希望(夢)は、検非違使(=現在の検察官&裁判官)だったのですが、桓武天皇の血筋とはいえ、おじいちゃんの高望は、臣籍降下(皇籍離脱)しているし、当時藤原氏の政権下では出世(検非違使への就職)の見込みもなく、夢破れて故郷の下総国に帰って来ました。
ところが故郷に帰ってみたら、父(良将)の領地であった筈の下総国の領地は、伯父や従兄弟たちに分割統治されていました。

将門は、一族や親戚同士の争いや、都から派遣された新任国司と地方豪族との絶えない争いに
「もぅ、いい加減にしてよ!」
と積極的に調停や撃退を繰り返します。(検非違使志望が役く立つ?)
そんな中、武蔵国(東京・埼玉)の新任国司として赴任してきた、興世王(おきよおう)が
「将門さん!あなたは天皇として、この関東地方を治める運命にあるのです!」
と進言し、巫女からの蔭位のお告げも用意して
【蔭位=皇親・五世王の子までは、臣籍降下以後でも天皇即位の復活ありですよ】

周囲の期待を背負った将門は、遂に939年(天慶2年)に「新皇」を名乗り、将門の勢いに恐れをなした国司らは皆とっと逃げ出し、あっという間に関東全域を制圧しました。しかし「出る杭は打たれる」のごとく、「新皇」即位後、わずか2ヶ月たらずで藤原秀郷、平貞盛らにより討伐され、斬首されてしまいます。この一連の騒乱を含めて平将門の乱と言います。
まぁ早い話が「将門や首謀者を捕らえたら、官位と領地をあげるよ♪」と言うが討伐の現実でありますから、そりゃ追討軍も張り切る訳です。
【青年期に真面目に京で勤務しながら出世できなかった将門が、結局は他人の出世の為の逆賊になってしまった。】というところが、何とも皮肉なお話です。

因みに、成田山新勝寺は平将門の乱の平定祈願をきっかけとするお寺なんですが、940年(天慶3年)に、平定祈願の儀式を起源としています。つまり、成田山新勝寺は今年開山1070周年ですが、イコール平将門の乱(将門の死)から1070年経っている訳です。

平将門像(常総市 将門公苑)
平将門像(常総市 将門公苑にて)

加藤剛主演の「風と雲と虹と」を観ている私にとって、平将門は自ら農具を取り荒地を開墾し、圧制に苦しむ民を解放し、そして何より規律を重んじた真っ直ぐな性格の人間とインプットされています。

果たして、平将門の本当の人間性を知る由はないのですが...
でも平将門縁(ゆかり)の地、(坂東市、常総市、取手市、我孫子市、市川市)に古くから住む人々が、すでに千年以上経っていても、いまだに成田山に参拝しないという慣習は、将門の人望や正義を信じる証ではないのかなぁ...と。将門縁の地を訪ねる度に感じています。


今記事を書きながら、ふと思ったこと...
今、尖閣諸島沖での中国漁船と海上保安庁の衝突ビデオがYouTubeに流れされたことで、国家公務員法違反だ騒いでいますが。そりゃ、確かに規律を破ったことはゆゆしき事かもしれません。でも、市民感情から言わせてもらえば、上(政権)がだらしないからこんなことになるのだと。

現代風に言えば...
「事件は会議室で起こっているんじゃない!現場で起こっているんだ!」
青島刑事に台詞に拍手喝采という思いです。


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2010年11月07日

posted by たすけ at 01:37 | Comment(4) | TrackBack(0) | 日記(うんちく放題) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

常総市(旧石下町)に残る平将門史跡

ちばらきチャンネル


ちばらき(千葉県北西部&茨城南西部)の各地に将門伝説や将門史跡が残っています。
どうも後世の後付けで由緒が怪しい史跡も多数あるのですが、でもそれだけこの地域では将門に対する信望が篤い証拠だと思います。

将門の郷 坂東市

ちばらき各地で、最も将門縁(ゆかり)に力を入れているのが、平将門終焉の地となった坂東市(ばんどうし)で、毎年11月の第2日曜日に将門まつりを開催しています。2010年は11月14日ですね。
拙ブログではこれまで何度も坂東市の将門史跡【神田山、将門胴塚(=延命院)、国王神社、島の薬師(=延命寺)、石井営所etc】には触れていますので、今回は常総市(旧石下町)に残る平将門一族の史跡に関して綴りたいと思います。

常総市(石下町)に残る将門縁の史跡に関しては、将門の父=良将に関する史跡が多いが特徴で、『将門記』などでは「良将」を「良持」と記しており、以下の写真資料に出てくる平良持とは、将門の父=良将のことです。

常総市(石下町)市地域交流センターと豊田城跡
この写真は、前記事に出てきた、常総市(石下町)地域交流センター【通称:豊田城】と小貝川の土手上にある、豊田城址ですが。石下地区を歴史散歩(歴史ポタ)する場合、石下(石毛)城、向石毛城、豊田城、豊田館など、混同しやすい名称が多いのでご注意をば。

石毛城跡
石毛城と向石毛城関係図

今記事では、旧石下町に残る平将門縁の史跡をご案内しますが、石下周辺に残る平将門一族の史跡は非常に地味です。畑や土手の上に説明書きの看板が立っているだけ、というものがほとんどです。

主に鬼怒川サイクリングで石下大橋手前や石下橋付近に見られる史跡について触れますが、石下駅から徒歩でも十分回れる範囲です。でも逆にロードバイクの巡航スピードで走ってしまうと、ほとんど気づかず通り過ぎてしまうと思います。

鬼怒川左岸21km 篠山水門
先ずは、おそらくここなら絶対気づくであろう、鬼怒川右岸21km地点の篠山水門について。地図

将門(しょうもん)川
この水門は、将門川(しょうもんがわ)が鬼怒川に合流する地点です。

平親王将門一族の墳墓
この篠山水門のすぐ手前の土手下に、平親王将門一族墳墓の地の案内板があります。


六所塚
さらにこの平親王将門一族墳墓の地の案内板から、真西方向に六所塚古墳。地図
ただ、六所塚に舗装道で行くには土手を250m下流に戻って、下りる道を行くしかありません。


向石毛城跡 豊田館跡
平将門像(常総市 将門公苑)
篠山水門(将門川河口)を過ぎて、石下大橋のアンダーパスを過ぎると次が石下橋です。
その石下橋の西に法輪寺(将門公苑=向石毛城跡=豊田館跡)があります。地図
NHK大河ドラマ「風と雲と虹と」で、平将門は「豊田の小次郎」として活躍しますが、ここがその豊田の館跡ですね。ここは、わかりにくい場所で、いずれ石下橋も新しい橋となり、地図とは若干位置関係が変わると思いますので注意してください。
将門公苑から県道24号線に戻り、ママの店の正面から入る路地があります。すぐにY字になりますが、右に道なりに進むと...

香取大明神
香取大明神に辿りつきます。 地図

さらに香取大明神を右手にみながら約1.5km、たんぼと畑の中を道を進むと....

下総国亭(庁)跡.jpg
下総国亭(下総国庁)跡 地図

農道国生(こっちょう)
途中に農道国生という看板が見えます。国生=こっちょうと読み。ここに下総国の国庁(こくちょう)があった名残ですね。


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2010年11月08日

posted by たすけ at 14:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | ちばらきチャンネル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

常総市の平将門史跡 / 石下駅と将門川

ちばらきチャンネル


前記事で常総市の将門史跡特集を書いたのですが、個別に地図を表示しても位置関係がわかりづらいので、常総市石下駅の周辺地図としてまとめ直しました。特に将門川(しょうもんがわ)の流れを覚えておくとわかりやすいと思います。

石下駅周辺の将門史跡
↑上記↑の地図はクリックで拡大します。1.2.3.7は将門史跡ではありません。

1-1と1-2.豊田城跡。
1-1の説明板はかすれて読めないので、土手を下りて鉄塔そばの1-2の新しい豊田城跡の説明版の方が良いです。

2.常総市地域交流センター【現代の豊田城】

3.石毛城跡 筑波銀行石下支店の裏手にあります。

4.向石毛城跡&豊田館跡 同じ将門公苑内にあります。

5.香取大明神 『下記の写真で道順説明』

6.下総国亭(庁)跡 『下記の写真で道順説明』

7.長塚節生家

8.平親王将門一族の墳墓

9.六所塚古墳


以下は鬼怒川サイクリングロード(右岸)の20km地点から
9.六所塚古墳→8.平親王将門一族墳墓→4.将門公苑→5.香取大明神→6.下総国亭(庁)跡
に進んだ場合のロケーションです。

ちなみに、上記の地図の範囲で...
小貝川は左右両岸とも豊田城跡までは自転車で走りやすい道です。(右岸はその先もOK)
鬼怒川の左岸はダートや、車道のみで自転車には適しません。(右岸は石下橋から途切れる)
将門川の両岸はとても自転車で走れる道ではありません。

A.鬼怒川右岸20km地点
A.鬼怒川右岸20km地点の「つくば下総広域農道橋」工事中

B.六所塚古墳に下りる道
B.鬼怒川サイクリングロードから六所塚古墳に下りる道

C.鬼怒川右岸20.5kmから見える豊田城
C.鬼怒川右岸20.5km 常総市地域交流センターが近くに見えてきます。

D.平親王将門一族の墳墓
D.平親王将門一族の墳墓 ここを過ぎるとすぐに篠山水門です。

F.鬼怒川右岸21km地点(篠山水門)
F.鬼怒川右岸21km地点 篠山水門=「将門川河口」

E.将門川(しょうもんがわ)
E.将門川 将門縁の史跡は、ほぼ将門川沿いに分布しています。

G.石下大橋と豊田城
G.石下大橋と常総市地域交流センター 常総市地域交流センターに行くならこの橋を渡ります。

H.向石毛城跡
I.豊田館跡
H.I. 向石毛城跡と豊田館跡と将門公苑は、すべて同じ場所です。

J.香取大明神入り口
J.石下橋を通る県道24号線、ママの店正面の路地を入りY字を右に進むと香取大明神。

K.香取大明神
K.香取大明神の前を左折し、すぐ右折すると下総国亭(庁)跡への農道です。

L.下総国(亭)庁へ
M.下総国(亭)庁へ.jpg
L.M. わかりづらい場合は、鉄塔を目標に進むと良いです。

N.下総国亭(庁)跡
N.下総国亭(庁)跡の周囲は、一面の畑です。

O.長塚節生家(国生)
O.下総国亭(庁)跡の前の道は、長塚節生家に続いています。

おそらく、(下総国の国庁跡)が一番わかりにくい場所だと思いますので、歩きの場合は将門川に沿って歩くか、あるいは先に長塚節の生家を訪問し、その道を鬼怒川に向かってまっすぐ走った方が見つかりやすいと思います。地図


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タグ:平将門

2010年11月10日

posted by たすけ at 21:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | ちばらきチャンネル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

尖閣ビデオ流出問題 / 中国人の僕が尖閣について発言する

日記(言いたい放題)


「猿を棒で叩くと、叩いた人にではなく、棒に怒りをぶつけると言う」
をタイトルにしている棒に怒る日本人は、私のお気に入りブログです。
耐震偽装事件でイーホームズの藤田東吾氏に対する、政府やマスコミの対応に納得がいかなかった頃をきっかけに、愛読し始めた社会派ブログですが、いつも気になる事件が起きた時に、我が意を得たり!と溜飲が下がるブログなのです。

昨日、神戸海上保安部の保安官(43)が「尖閣ビデオ流出は自分がやった」と名乗り出て、国会やニュースがまた騒がしくなってきました。
私は「この問題はそもそも論点がおかしい。問題の第一義が違うだろ?」
思っているのですが、これを、棒に怒る日本人では以下のように綴っています。

---ここから引用開始
尖閣ビデオ問題、ついに行きつくところまで行きついたようだ。この問題、根っこが狂っているのに枝葉ばかり取りざたされるから迷走するのだ。何が根っこの問題かと言えば、「領海侵犯」それを「(表向きは)司法を預かる一地方行政庁の独断でもみ消した事」であり、「ぶつけたか否か」「ビデオの流出の責任論」は2次的な話なのだ。

例によって根っこを見ないで、枝葉の議論に皆さん終始しているように思う。ビデオがユーチューブに流出したことで、国会もマスコミも大騒ぎだ。情報管理がなって無い?そのとーりだ。情報漏えいした犯人はケシカラン、そのとーりだ。否定はしない。だが問題にする優先順位が狂ってないか?

領海侵犯した漁船を、(表向き?)那覇地検が勝手に釈放した。この事は一見、けが人も出ていないから大ごとに捉えない向きもあるかも知れないが、内容的には国家の危機そのものだから重大事件だ。事件の構図を整理してみよう。
・ 第1の犯罪(重罪/領海侵犯)=犯人Aは、領海侵犯し、現行犯逮捕された。
・ 第2の犯罪(共犯/逃亡幇助)=検事Bは、犯人を釈放し事件をもみ消した。
・ 第3の犯罪(内部告発/機密漏えい)=Cは、第一の犯罪の証拠ビデオを開示し、事件をもみ消した第2の犯罪を明らかにした。
・ マスコミや野党は、第1、第2の犯罪には目を向けず、それを告発した手続きばかりを問題にしている。
引用ここまで---
私もこの考えに全く同意ですね。

日本政府は、中国人船長を釈放したのは那覇地検の独自判断であると、仙谷官房長官や菅総理も明言しています。
仙谷官房長官
「刑事訴訟法の意を体して判断に到達したという報告を受けており、那覇地検の判断を了としている。」
菅総理大臣
「検察当局が事件の性質を総合的に考慮して、国内法に基づいて判断した結果だ」。

那覇地検が独自判断で中国人船長を処分保留(=無罪放免)で釈放したなんて、誰も思っちゃいない。それをハナから「政府は一切、介入や指示もしていない。」なんてあり得ない事を言うから、どんどん辻褄が合わなくなってくるのです。

政府がそこまで言うなら、ちゃんと辻褄合わせましょうよ。
尖閣ビデオを国家機密扱いにしたのは、上記の仙谷官房長官や官総理ですが
じゃあ今度も政府は一切の介入や指示をせずに検察の独自判断に任せましょうよ。

・ 第3の犯罪(機密漏えい)=犯人Dらは、国家公務員法違反を犯し出頭した。
・ 第4(結論)=検事Eは、事件の性質を総合的に考慮して、国内法に基づいて粛々と判断し釈放した

日本政府は、尖閣ビデオを流出・投稿した男性海上保安官ら関係者を釈放したのは、東京地検の独自判断であると明言した。

仙谷官房長官
「国家公務違法の意を体して判断に到達したという報告を受けており、東京地検の判断を了としている。
菅総理大臣
「検察当局が事件の性質を総合的に考慮して、国内法に基づいて判断した結果だ。」

政府がビデオを機密扱いと宣言しても、検察官(公益の代表者)が、「これが機密扱いになるのが、そもそもおかしい、事件の性質を総合的に考慮して、逮捕拘留することは、公益に反する」と判断すれば、神戸海上保安部の保安官が不起訴になっても、なんら問題はないと思いますがねぇ。


さて、今回の尖閣問題について、ホントのところ、一般中国人はいったいどう考えているのだろう?
という疑問から、今回の事件は和訳付きの中国人ブログなどを読んでいましたが、尖閣ビデオがYouTubeにアップされてから「中国人の僕が尖閣について発言する」と題して、在カナダ中国人(17歳)の日本語メッセージがニコニコ動画にアップされ、YouTubeにもコピーがアップされました。

http://www.youtube.com/watch?v=uQCSWT8Pc9s

http://www.youtube.com/watch?v=_M4O8HTJ3hI


この動画に寄せられたコメントを読むと「勇気ある投稿だ」「これすら中国の日本懐柔工作だ」「結局尖閣を半分寄こせと言っている」と様々ですが...
まぁ私の知人の中国人青年も、ほぼ同じような考えを語っていたので、この「中国人の僕が尖閣について発言する」はほぼ素直に受け取っていいのではないかと思っています。


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タグ:尖閣問題

2010年11月11日

posted by たすけ at 05:52 | Comment(4) | TrackBack(0) | 日記(言いたい放題) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

せんごく放題 / こたつ城

お気に入りサイト


尖閣問題で、起訴便宜主義(=起訴・不起訴を検察官の裁量に任せる)によって
那覇地検の裁量(=中国人船長を釈放)を「了」した仙谷官房長官。
ビデオ流出に関しては「日本国民のほとんどが海上保安官を処分して欲しいと思ってる」
丸山議員との電話に関しては「最近、健忘症にかかっているのか分からない・・・」
その後仙谷健忘房長官は丸山議員の発言を「いい加減な人のいい加減な発言だから」

いや〜まさに、仙谷(せんごく)言いたい放題。
「いい加減な人のいい加減な発言だから」にキレた丸山議員は、健忘長官を名誉毀損で告訴するとからしいですが、こんな時期にそんな案件はスルーしちゃってもらいですね。中国では海保の船から漁船にぶつかってきたと「いい加減な報道?」もあったようですが、まぁ〜史実と事実が真逆なんて当たり前で、み〜んな自分に都合のいい「いい加減な話」や「たわごと」ばかりです(苦笑)

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枕が長くなりましたが、ここからが今記事の本題ですf(^、^;

スーパーナイスラビットここしばらく「平将門」やNHK大河ドラマ「風と雲と虹と」の記事を書いていましたが、ネットサーフィンで辿りつき、新しくお気に入りの登録したのが「戦国放題 こたつ城」というサイトです。管理人(城主)は松戸市在住で生粋の歴女の方で、歴史造詣の深さと飽きの来ない文体が秀逸で、すっかり嵌ってしまいました。

例えば、城主のたわごと(旅行記など)
歴史話は人物の相関関係が複雑で、また史実も様々なものですから、読みやすく書くことが難しいのですが、こたつ城主さんは、観光レポを織り交ぜながら、実に楽しくわかり易い文体でガイドしています。例:2008年8月のたわごと

例えば、作品の広場の 将門雑記(風と雲と虹と)ここではNHK大河ドラマ「風と雲と虹と」の全52話のあらすじを簡略にまとめ、その後に時代考証や史実を織り交ぜながら、しっかりとした私感を記述されています。


いや〜、戦国放題 こたつ城実に感銘奉り候であります。

ナイスラビット.gif

そうそう!それからこたつ城主さんの本業はデザイナーのようで感心したのが、歴代大河ドラマの「面白かったランキング」を「色と大きさで」表現してて

■風林火山(2007年)

■■■■徳川家康(1983年)

■■■■■■新選組!(2004年)

早速この技法、私も使わせて頂こうっと(笑)


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超スーパーラビット
PS.戦国放題こたつ城さんとは無関係ですが...

「風と雲と虹と」の加藤剛や山口崇や露口茂や吉永小百合をもう一度観たいぞぉ♪
なんてお願いしていたらこんな動画集に辿りつきました。


「うわっ!このビデオ流出はありなの??」
と驚きましたが、数篇しっかり鑑賞させて頂きましたf(^、^;


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タグ:こたつ

2010年11月12日

posted by たすけ at 17:33 | Comment(6) | TrackBack(0) | お気に入りサイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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