VIPルームの活用法

日記(家族・子育て)


さて、トイレが2つになったことで、誰にも邪魔されずゆっくり朝刊を読めるようになった。
用を足す時間よりも、朝刊を読んでいる時間が圧倒的であり、これがますます朝のVIPルームに篭る時間を長くしている。

娘が幼稚園に通うようになった頃、私は当時の家のVIPルームに世界の国旗の一覧を貼った。
また自作で国旗カルタを作り、旗と国名と首都を娘に覚えさせたが、娘はあっという間に覚えてしまったものである。(今では忘れてしまったようだが)

やはり暗記したい事項は、毎朝必ず目に入るところ
に貼るといいぞ^^;>受験生諸君

今年71歳になる私の母は現在、市民大学講座で、ハングルを習っているのだが、母の住む家のVIPルームにハングルの簡単な一覧表を貼ってあるのを見つけた時
「やっぱり親子ねぇ〜(-。-)」と妻が呟いていた。

やがて私のDNAを引き継ぐ孫が生まれた時、彼(彼女)はやはりVIPルームに貼り物をしたり、そこで朝刊を読む習慣を引き継ぐのであろうか^^:



2006年02月24日

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わが家の生活習慣(1)

日記(家族・子育て)


わたしの生活習慣と言えば、朝風呂(シャワー)もある。

そうなった理由は独身時代のアパート暮らしの時

1.風呂の空焚きやつけっぱなしで寝てしまったことが 3度もあり...
 (酒を飲むと、コテっと寝てしまう特技?がある^^;)
2.当時は仕事柄帰宅は深夜0時過ぎで安アパートでは流水の音が階下に迷惑もかける。
3.相当な癖毛で、夜髪を洗っても、必ずまた朝に髪を水で濡らさないと寝ぐせがとれない。
等の理由からである。


どんなに真冬であっても、湯船に入らずシャワーだけで済ませる。もちろん、身体は冷えるが幸いなことにある意味それが寒さに強い身体になっていくのかどうか風邪などは滅多にひくことがない。
かと言って、いつも烏の行水ではなくて、ゆったり風呂に入る時は1時間半くらい入っている。

さて、私の妻の生活習慣は、毎朝の掃除・洗濯である。
家族三人なのだから、多少はまとまってから洗濯すればいいと思うのだが。
どうも掃除・洗濯から1日を始めないと気がすまないらしい。

また朝食に限らず、料理が終わって片付けを終えると、我が家の台所のシンクには水滴1滴もついておらず、生ゴミの三角籠すら我が家にはない。そして、浴室も入浴後は床はおろか、壁・天井にいたるまで水滴1つ残らず拭き取っている。完全無欠な潔癖症である^^;

しかし、これにも理由があり、以前まで住んでいた家がカビに悩まされていたので、欠陥住宅(3)参照今の新居に移ってからはとにかくカビの発生を恐れているのかもしれない。

特に冬場は妻にとっては朝の労働は凄い量になる。
掃除・洗濯・窓枠の結露取り、さらに私も入浴後は多少の水気を拭き取るが妻にとってはとても満足する結果にはならないので、夜に水気を拭き取ったばかりだというのに、2回目の風呂場の空拭き掃除を始める。

いっそのこと、浴室に乾燥装置を入れればいいのでは?と私は妻に言うのだが、そんな電気代のかかる装置は不要だと言う。

しかし、何より妻にとって毎朝の嘆きは、洗濯を終えて空っぽになった洗濯籠に、私が脱いだ服や下着がまた入る・・
このことのほうが朝の仕事の達成感を失効させるものらしく、あからさまに不機嫌な顔をされるが朝のVIPルーム読書と朝風呂は私の譲れない自分の生活習慣なので、「すまないなぁ」と思う気持ち半分、まぁお互いの価値観の違いだから、と割り切っている気持ち半分である。

              この項つづく...

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わが家の生活習慣(2)

日記(家族・子育て)


我が家の生活習慣の続き。私は、今日もそうだが帰宅せずに、職場に泊り込みのまま朝食を家でとらないことが多い。夕食にいたっては、平日に家族揃って自宅で食べるという習慣は我が家でにはない。

男3人兄弟で育った私は、冷や飯でもなんでも飯さえあればおかずはなんでもテキトーに自分たちで作って食べてきた。保温ジャーなどが出来て便利になった時代以降はとりあえず私の育った家ではいつも飯だけは台所にあった。

が、妻の実家では義父が冷や飯はもってのほか、温め直した飯さえも口にしない。
結婚前も結婚後も妻の実家でご飯をご馳走になることがあるが、妻の実家の生活習慣は、ご飯は1人1膳であり、お代わりはない。ご飯は人数分だけ炊いて、冷ご飯を余らすような事をしてはいけない、バチが当ると教わって妻は躾けられてきたのである。

妻はこの生活習慣はずっと守っている。飯さえあればいいんだから、とりあえず「多めに炊いておいてよ」とお願いしても、それは通らない望みである。炊き終えてご飯を茶碗によそった後は炊飯器は必ず空になって洗い終わっていなければならないのである。

私は本来和食党で、朝食はあったかいご飯に、生卵、味噌汁、ふりかけ、お新香の4点セットで大満足なのだが・・・
妻が朝の労働後に娘や私の弁当用も作りながら、なおかつ決まった分量を炊いたご飯を、朝食用に流用するのは申し訳なく・・・
また妻も娘も朝は、パン党なので一緒にトーストをかじっているのである。

お互いに合理的ではないなぁと思っていながらも互いの価値観や生活習慣を「諦めという認め合い」で成り立っているのが家族なのかもしれない。

もちろん、口に出しませんけど妻には充分感謝してますよ^^;


               この項終わり。

2006年02月25日

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大学全入時代

日記(言いたい放題)


今朝のニュースで2007年度はいよいよ大学全入時代に突入したと報じられた。
全入と言ってもそれは、大学の募集定員と進学希望数が同一になるという数字上のことであり、現実には有名大学に人気が集中し人気のない大学では、定員割れや最悪の場合、大学の破綻が増えると予測される。

日本全体が貧しかった時代、学力があっても、経済的なことで進学を諦める人はごまんといただろう。そういう世代が親となり
「せめて高校くらい、できれば大学まではいかせたい」
という我が子に対する親心は充分わかる。

また、今ではかなり薄らいできたが、いわゆる有名大学 → 一流企業という計算式が成り立っていた
からであろう。
しかし、私の世代あたりから、いわゆる大学レジャーランド化が進み蛍雪で勉学に励んだ世代の人達から比べると、大学=社会に出る前のモラトリアムという場に変化してしまっている。つまり、入学するのが目的で卒業するのが目的ではなくなっていた。

今後は各大学も生き残りをかけ、「入りやすいが出にくい」に変化していくだろう。いかに入学した学生に資格やその後の就職に有利になるように指導できるかが問われる時代に突入するだろう。
また、大学の経営面からみれば、進級自体もハードルを高くすれば留年学生を増やすことで、授業料の確保もできる。大学が存続の生き残りをかけた全入時代とは、決して学生や親にとって楽になる時代ではないのである。


2006年02月26日

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過去最大の選手団(238名)

■泡沫(うたかた)日記


オリンピックが終わり総括記事として、日本は
選手112名という大所帯でありながらメダル1個。
中国は選手76名でメダル11個、韓国にいたっては
選手40名でメダル11個という、まことに少数精鋭
で種目別の戦略的成果であったと報じられた。

私自身もオリンピックはメダルの獲得だけが目的
ではないと思う。

だが近代オリンピックの創始者ピエール・ド・クーベルタン
男爵(仏)の名言
『オリンピックは参加することに意義がある』
は、ただ出場することで目的が達成されたいうのではない。
(注:本来この言葉を最初に言ったのは、米・英の
 選手団の諍いを収めるためにエチェルバート・タルボット
 司教(米)の説教らしいが)
勝ち負けだけにこだわらずに、スポーツマンらしく互いに
健闘を称えようという意である。

1人1人の選手たちには、心からお疲れ様でした。
感動をありがとうございました。とエールを送りたい。

しかし、国家として考えると、あれだけの選手を送って
いきながら・・・と他国に嘲笑されても仕方ないであろう。

見過ごしてならないのは、
役員は選手より多い126名もトリノに行ってることだ。

2006年02月27日

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大学はレジャーランド?

■泡沫(うたかた)日記


今日は娘の第一志望校の高校入試である。
今朝集合場所の駅まで車で送って行ったが、桜咲く結果を望むばかりである。

さて2007年度よりいよいよ大学全入時代に突入したとカーラジオから流れてきた。私の世代あたりから、いわゆる大学レジャーランド化時代だと云われた。私自身も奨学金資格の為に、そこそこはいい成績を残さなければならなかったが、すべての講義に真面目に出席していた訳ではない。

また目的資格を得るために、主要単位は力を注いだが、単位によっては試験前日まで教本を買っていなかった教科もある。つまり、主要単位以外は先輩にいかに単位の甘い教授の講義を選択するかを伝授してもらうのが卒業のためのポイントだったのである。

学生時代にたまに教場で一緒になるタイ人の留学生に
「日本の大学についてどう思う?」と質問したところ
「ほとんど学生の年齢が一緒なんで、まるで小学校みたいだ」
と返答があった。なるほど、言い得て妙である。
『学問を志すと言うより、みんなが行くから来ているんでしょ?』
という言葉の裏返しだ。

はからずも
大学全入時代とオリンピック大選手団!238名で金1個の報道を同時に聞き、車中で娘に

「ところで近代オリンピックの創始者と現IOC会長は誰か知ってるか?」

「え?そんなの知らない...習ってないもん」

と返答が返って来た時に、親としてまた日本国民の大人としてこの国の教育レベルの低下と甘さを憂い、やはり国力を上げるためには、厳しい競争社会の復活が必要なんだろうなぁと感じた今朝であった。

2006年02月28日

posted by たすけ at 10:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | ■泡沫(うたかた)日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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